ファミレスで将来を語り合う少年と少女

naka-motoo

ファミレスで将来を語り合う少年と少女

「頑張って、出掛けようよ」


そう言って僕は彼女を外に連れ出した。

どこへ行くあてもなかったので、家から一番近いファミレスまで連れて行った。

彼女はファミレスの出入り口でまず躊躇した。

ドアの2メートル手前で止まったまま動こうとしない。


「やだ。入りたくない」


僕は無視してカラン、とドアを開け、「2名です」と店員に告げた。


「ほら、入るよ」


泣き出しそうな顔をするけど、いつものことだと割り切ってドライに対応する。


「一人で家に帰れる自信、ある?」


彼女はふるふると首を振り、僕のシャツの端っこを右手で摘んで店内に入った。

別にお腹も空いていなかったので、ぷるぷる黒糖ゼリーとドリンクバーを二人分頼み、ほうっ、と一息ついた。


「たまには外に出るのもいいでしょ?」


彼女は返事をしない代わりに僕がとってきてあげたカプチーノの泡をちゅちゅ、っと啜った。斜め向かいのテーブルでは私服だけれども女子高生と一目で分かる年代の女の子2人が笑いながら勉強している。いいなあ、と思う。僕の目の前にいる彼女もこんな風に普通なら良かったのに。


「もやくん」


今日初めて彼女が自分から会話を振ってきた。


「なに?」

「わたしのこと、好き?」

「うん。だから一緒にいる」

「でも、いつか嫌になるでしょ」


僕は即答せずに数秒考えるふりをした。


「分からない」


彼女の期待に沿わない回答をあえてした。途端にさらに表情が曇る彼女。僕は口を緩めずに追い討ちをかける。


「もし本当に嫌いになったらどうする?」

「いなくなる」

「家から?」

「ううん。この世から」

「そりゃ無理だ」

「どうして」

「もともといないじゃない、どこにも」

「それ、本気?」

「うん」

「いや。意地悪しないで」

「意地悪じゃない。事実を言ってるだけ」

「どうしてそんなこと言うの」

「僕は嘘がつけないから」

「じゃあ、わたしももやくんのこと言うね」

「いいよ」

「もやくんはいつも寝ぐせがある」

「ああ。あるね」

「それから、語尾が上がる」

「ああ、まあそうだよね」

「わたしに優しくない」

「いや。優しいでしょ?」

「時々しか優しくない」

「優しくないのが時々で、あとはいつも優しいでしょ」

「・・・うん、ごめん。もやくんのがあってる」


結局一週間ぶりに彼女を外へ連れ出しても、家の中で2人きりでいる時と同じ会話しかしない。


彼女が表へ出ずに暮らすようになってからもう2年が経つ。最初出られなくなったのは高校受験の直前だった。単なる同級生でしかなかった僕は、不登校一週間目の彼女の家を不意に訪れたのだ。理由は彼女が美人だったから。

いや、美人というのは正確ではないかもしれない。僕にとっては美人に見える、というのが正しいだろう。

お互い中3同士の僕らが2人きりで会ったのはそれが最初だった。マンションのドアを開けた彼女の母親は僕を見て勝手に納得してくれた。


「すみませんね。一週間も休んでしまって。お届け物、ありがとうございます」


僕は届け物など何も持っていなかった。好都合なので母親にこう言った。


「来週までに志望校を決めないと願書の提出が間に合わないそうです。ご両親ではなく、せよさんの意向を直接確認してきて欲しいと武田先生に言われて来ました」


ちょっと考えれば不自然さしかない僕の話を母親はそのまま受け入れ、僕は彼女の部屋に入ることができた。


「せよさん。元気?」

「・・・わたしを名前で呼ぶの? 馴れ馴れしいね」

「せよさんも僕のこと、もや、って呼べばいい」

「それでおあいこになると思ってるの?」

「少なくとも僕ともやさんは対等でしょ? 同級生なんだから」

「そんなわけない」


予想通りだった。僕は彼女とのやりとりを楽しむ余裕があった。


「じゃあ、どっちが上?」


僕の問いに、彼女はかなり長い時間考えていた。


「・・・もやくんが上」


この瞬間に、僕は彼女のことが本当に好きになった。

できれば手放したくなかったので、さらに会話を続けた。


「ねえ、せよさん。学校にもう来ないの?」

「そう訊けって先生に言われたの?」

「いや。僕は誰の指示も受けてない。自分の意思で来ただけ」

「うそ」

「ほんと。キモい?」

「キモくはないけど、でもどうして?」

「せよさんがかわいいから」

「それは嘘」

「嘘じゃない」

「絶対、嘘だ」

「・・・どうすれば本当だとわかってくれる?」

「窓から外に向かって、せよが好きだ、って叫んだら信じる」

「いいよ」


そう言って僕は彼女が伏せっていた勉強机の脇をすっすっと歩み過ぎて窓をガラッと開けた。


「僕は・・・!」

「ごめん! やめて! 分かったから、信じるから!」


彼女が慌てて止めるのを聞いて、僕は床に腰を下ろした。


「せよさん。本当にこれからどうするの?」

「どうすればいいと思う? もやくん」

「高校は?」

「行きたくない」

「分かった」

「え?」

「僕も高校、行かない」


こうして僕の最終学歴は中卒となった。彼女も同じ。

僕は中3にして親からもう二度と顔を見せるなと怒鳴りつけられて家を出た。彼女の母親は責任を感じたのだろう。僕を自宅に下宿させてくれることになった。その代わり僕は日中はコンビニ、夜はカフェでバイトをし、生活費を入れることになった。中学を卒業した後も基本家を出ないせよさんの家の家計収入は、派遣社員の母親とフリーターの僕の給料のみだ。これでようやくマンションの家賃と食費をカバーできる。突発的な出費にはキャッシングで対応するしかないぎりぎりの状況だ。それを当然分かっているせよさんは、それでも家から出ない。


「もやくん、早く帰りたい」

「もうちょっと。もう少しせよさんを見せびらかさないと」


ずば抜けた美人ではないけれども、僕以外にも彼女の容姿ルックスの支持者はいるようで、彼女をちらちらと見ていく男性客も結構いる。


「わたしはもやくんだけでいいのに」


正直、将来とかいうものを考えることはある。今後僕が彼女の将来を担うことのできる男になれるかどうか、極めて怪しい。いやそれどころか自活するだけの収入をえることができるかすら分からない。今は一応住む場所も食事もシェアできているだけの話だ。自分の甲斐性ははっきり言って、ない。

鬱々としてきたので、伝票を指でつまみあげた。


「帰ろう」


彼女がほんの少しだけ微笑んだ。笑ったのは3日ぶりだ。


店を出ると、もう陽がかたむいていた。夕日に射られ、飽きがきていた近所の風景がやたらと新鮮に目に映った。僕はちょっとだけ彼女の顔を引き寄せ、ほおにちろっ、と口をつけた。


「え? これ何?」


彼女の頓狂な反応がいつもかわいいと僕は感じる。

事実を見れば、かわいいなどと言っていられる状況でないのは明らかなんだけれども。


「あ、もやくん、あれ」


いつもよりも大きく見える夕陽を真っ黒なシルエットが横切っていくのが見えた。


「なんだろ。カラスかな?」


こういう時だけ真っ当なレスポンスをする彼女に僕は事実を告げた。


「あれ、多分弾道ミサイルだよ」

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