その5 とりあえず地球防衛団

 

 

「――なるほど、な」

 対アグネスの戦闘記録映像を見終えた "チーム・ラッキー・ストリーク・ロバーツ" 監督、"キング" ケント・ロバーツは、感嘆の声を漏らす。

「辺境の未開惑星に、これほどの戦闘兵器があるとは……。これだからGPサーカスは止められん」

 腰かけていたディレクターズチェアを反転させ、見やっていたディスプレイに背を向ける。

「これからが楽しくなるな……」

 深々とかぶったチームキャップのひさしが作る影に隠して、唇の端をあげ小さな笑みを作る。

「――にしてもマンディ、ふがいないな」

 笑みを消し、抑えた声音で叱責した先には、身体のあちらこちらに絆創膏を張り、包帯をまいた姿でメディカルチェアに深く腰を沈めたマンディ・ラモラが。

「メーカーセカンドチームとして供与されたワークスマシンを駆って、明らかに下部カテゴリーのマシンに負かされるなど……」

 首を振りつつ投げかけられるロバーツの言葉に、

「ソーリー、ボス。……だが次は必ず」

 ラモラは言い訳もせず、自らの落ち度を認め、そのうえでリターンマッチの機会を与えて欲しいと、眼差しで訴える。

「マンディ、今は傷を癒す事に専念しろ」

 ラモラの意を汲みながらも、治療に専念するように念を押すロバーツ。

「ライバルメーカーの"ロスマン・フォンダ" には"天才" スペーサーや、"ブルーサンダー" ガードラー。同盟 "マールボ" のディフェンディング・チャンピオン、エーソンやマッケルナ。"ソノート" のサルーンと、手強い連中が待ち構えている……」

 何か言いたげなラモラを鋭い眼光で制し、ロバーツは続ける。 

「ファーストライダー無しでこの先の連戦を切り抜けていくのは、さすがに厳しい……。侵略ワールドGPはまだ始まったばかり、焦らずとも時は来る」

 噛んで含めるようなロバーツの言葉に、

「……イエス、ボス……」

 暴れん坊ラモラも力なく応じざるを得なかった。

「そうとも、次は僕に任せろよマンディ。他のチームの奴らなんかにゃ負けないぜ」

 メディカルチェアの介助員のように傍らに立っていた、明るい金髪をチームキャップに押し込んだ背高ノッポが、ラモラの顔を覗き込ようにして言い放つ。

「マイケル! ――頼むっ」

 痛々しく差し出されたギブスに覆われたラモラの右腕を、セカンドライダー、マイケル・ボールドウィンが、がっちりと握りしめた。

 そんなふたりの姿を、チーム監督のロバーツは頼もしそうに見つめる。


 月の裏側に浮かぶ、"チーム・ラッキー・ストリーク・ロバーツ" の巨大侵略母船モーターホームの中で、ケント・ロバーツは楽し気な笑みを浮かべていた。



「――ほぅ、"ロバーツ" がしくじったか」

 赤白ツートンのチームカラーのシャツをまとった、初老の伊達男が不敵に笑う。

「チャンスだ、ボス」

 冷静という言葉を体現したかのような雰囲気を身にまとった青年が、抑えた声音で口にする。

「今回はラモラに先を越されたが……ロディ、君ならやれるね?」

「任せて欲しい。あんなプライベーターに、僕は後れを取ったりしない」

 老ダンディの言葉に、クールに答える青年。

「ふ、頼んだぞディフェンディングチャンピオン。ロディ・エーソン」

 "チーム・マールボ" 監督、ジャンゴ・デアゴスチーニは、満足げにうなづき、口元を緩めた。


 月の裏側の宇宙空間に集う、各侵略チームのモーターホーム内で、似たような会話が繰り広げられたのは、言うまでもないだろう。 

 

 

 

「かん、ぱぁいっ」

 西尾麻里にしおまりの音頭で、祝勝会の幕が上がる。

 皆の無事と、アグネスの初勝利を祝うパーティの始まり。

 十分に広いとは言えない、地下管制室にて宴は行われていた。

 中央に置かれたテーブルに、ユーサク自慢のパーティフーズがズラリと並び、家人それぞれが思い思いの飲み物を手にして、ワイワイと楽しく談笑したり、飲み食いしたり。

 妙な高揚感に包まれ、皆、何か浮かれていた。


「なぁ~にが侵略者よっ、恐るるに足りず!」

「ほーんと、弱かったですねー」

 景気良く吠える麻里に、傷つくアグネスに涙していた鈴木美恵すずきみえが、そんな事なかったように調子を合わせる。

「どーんと来いっ。アタシたちには、アグネスがいる!……なぁ~んてねー」

 未成年ゆえアルコール類の摂取はしていないはずなのに、しっかりと雰囲気に酔っぱらっている麻里である。美恵も同様だ。

 いつも眉をしかめたような顔をしている家長・加賀見隆太郎かがみりゅうたろうの表情も、どこかほころんでいた。

 いつも大人な態度を崩さないユーサクも大いに笑い、麻里と美恵に付き合って羽目を外している。


 大塚知華おおつかちかはひとり場の喧騒から離れ、管制室の窓際に身体をもたれさせて、格納庫側から部屋の中を覗き込むようにしているアグネスの傍らにいた。

 キラキラした笑顔で、騒ぐ家族たちを見つめるアグネス。

「楽しい、アグネス?」

「はい、大塚さん。とってもっ」

 ひとりサイズか違うために、蚊帳の外となっているアグネスが寂しくないのかと思っての問いかけだったのだが、これ以上はないって笑顔で応える様を見たら、とんだ思い過ごしのようである。

「大塚さん、私は皆さんが楽しそうな顔をしているの、見ているだけで幸せなんです」

 とても嬉しそうに語るアグネスに、

「――あたしもだよ。あたしもアグネスが嬉しそうにしてると、ここんところが温かくなる」

 知華も微笑みながら、薄い胸を指し示して応える。

 そんな知華の仕草にアグネスが、眉を下げ目を細める。


「……もしかしたらね、また侵略者の相手、してもらう事が、あるかもしれない」

 麻里たちのノリを見て感じていた事を、ためらいながら口にする知華。

「望むところです」

 遠慮がちな知華に、アグネスはキッパリとした口調で答えた。

「皆さんが私に闘う事を望むのなら、私は喜んで応えます。皆さんの願いを叶える事が、私の使命ですから」

 力強く言い切るアグネスだったが、

「――そんな事、言っちゃダメだよ」

 間髪入れず、知華が叱るように言う。

「あたしたちのために戦ってくれるのは嬉しいよ。だけどね、行き過ぎた言いつけには逆らったっていいんだよ」

 わからないという顔をするアグネスに、知華は顔を目いっぱい近づけて、

「あたしたちは家族で、主従関係じゃない。お願いを聞くのはいいよ、けど命令されちゃダメ」

 年長者が下の者に説くように、知華はアグネスに言葉を告げる。

「嫌な事は嫌って言おう。自分を大切にして。……アグネスが傷つくの、気分良くないからね」

「……大塚、さぁん」

 知華の言葉を受けたアグネスの瞳から、大量の水分が流れ出す。

 感極まったアグネスが泣き出したのだ。

「え? ア、アグネス?」

 突然涙したアグネスに狼狽する知華。

「嬉しいです。私、皆さんにそんなに思ってもらえているんですね……。本当に嬉しいです」

 震える声で告げるアグネス。器用に涙を拭いながら、


「私、生まれてきて良かった。皆さんの家族になれて、本当に良かった!」


 それはそれは嬉しそうな声で、思いのたけを口にする。

「……、アグネス」

 自身も瞳を潤ませながら、アグネスのほほへと手を伸ばす知華。


「あー、大塚さんがアグネス泣かしてますよぉっ」

「いーけないんだ、いけないだ♪」

 そこへ美恵と麻里が、はやし立てながら乱入してくる。

「ふたりっきりでこそこそするなんて、ダメだぞぉー」

「アグネスの独り占めは、許されませんよぉ」 

 知華に絡み始める麻里と美恵を、じっと見つめるアグネス。


 彼女の人工知能が、蓄積し推測したデータから、今感じている想いの名を浮かび上がらせる。

 それは、愛情。他者を愛おしく思う気持ち。


「私、皆さんの事、大好きです!」


 アグネスの言葉に、同じ気持ちだよと、全開の笑顔で応える三人娘であった。




 健康優良トラブルメーカー、西尾麻里。

 涙もろくて世渡り上手、鈴木美恵。

 一歩踏み出せない常識人、大塚知華。

 シニカルハウスキーパー、ユーサク。

 優しく強い巨大美少女、アグネス。

 

 そして、正体不明な天才科学者、加賀見隆太郎。


 彼女彼らのドラマは、始まったばかりである。 

 

 

 

 

    

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