番外編 あたしメリーさん。いまキツネ狩りをしているの……。(その②)

【真シンデレラ】


 魔法使いのオリーヴがかけた魔法によって、ボロ服がドレスに、カボチャがなかったので代わりの西瓜が馬車に、二匹のクマネズミがジョセフォアルチガシア(史上最大・体長3m、体重1tの超巨大ネズミ)に、通りかかった馬と鹿(なぜかシンデレラの傍に従う)を御者と従者へと変えてもらい、王子様が主催する『愛妾パートナー選抜ダンスパーティー』へと参加することができたシンデレラ。


「どうせなら魔法で金塊とか出してもらった方が手っ取り早いの……」

「身も蓋もないわね! つーか、時間制限があるのよ、この魔法。12時になったら切れるから、それまでに王子を誑かしてなんとかモノにしなさい!」

「実態は王妃は王妃でどっかの政略結婚でもらって、それとは別に愛人囲うための、『ブサイクと結婚するの嫌だから未来変えたろ』っていう、の○太並みのカスな理由の愛人検定グランプリなの……」

「うっ……!」

「メリーさん――じゃなくて、シンデレラ的にポリコレに配慮し過ぎた、ミスユニバース以上にどうでもいいの。ぶっちゃけ、災害の時に小学生が無理やり折らせられる千羽鶴並みの徒労イベントかつ、王子なんて潰しの効かないボンボンなんて、貰った方もゴミでしかない誰の得にもならない催しだから、ぶっちゃけ興味ないの……」

「いいから、タダ飯食いにいくだけでも行きなさい!」


 つーことで、お城の大広間で開かれていた舞踏会場へと乗り込んだ。

 ちなみに一子相伝の暗殺拳のような継承をしているイギリスと違って、フランスは子供全員に爵位を継がせるので、ほぼ佃煮状態(その分、領地と財産は分割されて減る)。おおよそ66人に1人の割合で貴族がいたので、貴族といっても国から生活費給付されている『ちょっち金持ち』程度で、ぜんぜんありがたみがありません。


 良い服着て『貴族です』と言えばほぼフリーパスでお城へ入ることができました。


「あたしシンデレラさん。いまお城にいるの……」

「おおおおっ! なんという美しい幼女だっ!!」

 現れたシンデレラに王子の目は釘付けです。


 なお死体の白雪姫(7歳)に興奮して連れ帰った王子(18歳)の事例があるように、王子は等しく幼女に欲情するものと相場が決まっているのであった。

 まだしも死体フェチでないだけ、ここの王子はマトモな部類と言えよう。

 なお、ぶっちゃけ本人自身が思っているほど、王子は女子からモテてない。


 しかし楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。

 時計の針が12時を示し、

『ね~っこねっこどうが♪ ネコネコ動画が12時をお知らせします』

 定時の時報を知らせるネコネコ割り込みが、シンデレラの頭から冷や水を浴びせかけました。


「「「「「時報しね」」」」」

 なぜかシンデレラと周りにいたヲタクっぽい連中が一斉に不満の声を張り上げます。


「――もはやこれまでっ。では、諸君、さらばなの……!」

 とりあえず目についた金目のモノと、ご馳走を袋に詰められるだけ詰めて、シンデレラはその場から逃げ出しました。


 慌てて取り押さえようとする、フルアーマーで完全武装をしたフランス国家警察特別介入部隊『RAID』。

 だが、シンデレラの手から放たれた出刃包丁が、訓練された警察の特殊部隊を蹴散らし、あっという間に城からの逃亡を果たすのだった。

「鉄の鎧を叩いて壊す。メリーさん――じゃなくて、シンデレラがやらねば誰がやるの……!」


「……なんという素晴らしい幼女だ」

 カーペットに転がっている出刃包丁を手にして、王子は闇に消えたシンデレラ幼女を想って、陶然と呟く。

「決めた。余はあの幼女を妻とするぞ!」


「「「「「「「「「「「えっ!?!」」」」」」」」」」

 決然とした王子の宣言に、その場に集まっていた全員から驚愕の声が放たれた。


 その頃、お城の駐車場にツッコんでいた馬車を動かすのに苦労しながら――シンデレラに喉元に出刃包丁を突きつけられ、周りの馬車を蹴散らせつつ――無理やり出発させる御者。

「真正面からツッコむか普通? 自宅の車庫に前から突っ込むやつとかおらんだろう。普通一旦止まってバックでケツからいれるよね? アッーーーー!」

 いろいろと難儀な幼女である。


❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ 


「へい、ラメーンおまちアル!」

 ドイツ人を綿棒で叩いて伸ばして調理場に消えたチャイナ料理人は、慣れた手際でカウンターで待っていた客に謎の麵料理を提供する。


 なお他のテーブルでは、レンゲでスープを一口飲んだ紳士が、

「これは本当にウミガメのスープなのかね?」

 再三店員に確認して肯定されたところで、

「うわあああああっ!!! あの肉は――私が長年追い求めていたあの絶品の肉の正体は、アレだったのかあああああっっっ!」

 いきなり錯乱して、料金を置くや否や店にあった中華包丁を掴み、Bダッシュで外に飛び出して通りがかりの人間に襲いかかのだった。


「包丁の使い方がなっていないの。包丁だったらメリーさんが一番上手く使えるの……!」

『アホロレイやめろ』

 そんなメリーさんと交信していた平和ひろかずがうんざりとツッコミを入れた。


「チャーハンはまだかね?」

 そんな騒ぎもどこ吹く風で、壁際のテーブルに座っていた、タキシードにシルクハットの紳士が注文を催促する。


「「「「……この店はダメ(です)ね」」」」

「?????」


 一瞬で見切りをつけたメリーさん以外の四人が、そっと扉を閉じて店を後にする。


 とりあえず次の飯屋を探して港町をうろつくメリーさんたち。

 改めて見渡すと、心なしか通行人のほとんど八割方が、完全武装した兵士や騎士、傭兵、冒険者たちといった面々といった物々しさで、心なしか鉄火場のようなピリピリした雰囲気が漂っているのだった。


「つかさ屋」

「焼きまんじゅうだるま」

「マルセ……『まるまつ』なの」

「ツルヤ」

「焼肉おはる」

「る!? る……ル・パティスリー・ヒデ!」

「で、で、田園でんえんなの……!」

「それチェーン店の名前ですか? 本当に?」

「和風レストランなの。地元では半田屋や東一屋、ときわ亭、味太助、アンカーコーヒーなんかと並んで鉄板のチェーン店なの……!!」

「う~~ん、まあ確かに地元民以外にスーペルメルカドとか、キオスケ・シブラジル、登利平、シャンゴ、今万人珈琲、朝鮮飯店、いっちょう、おおぎやラーメンとか言っても通じないかも知れませんけど」

「『おおぎやラーメン』はマイナーメジャーなの。さしずめ、こっちで言う『牛たん炭焼 利久』みたいなもの……」


 思わず息を殺すオリーヴやローラ、スズカの緊迫感を無視して、歩きながら暇つぶしに(ある特定の条件しばりで)しりとりをしている、メリーさんとエマの能天気二人組。

『てゆーか、「田園」って『ん』が付いたからメリーさんの負けだろう』

 メリーさんの脳裏にツッコミが入ったが、当然のようにスルーした。


 と――。

 裏通りへ抜ける細道で、なぜかバニーガールの衣装をまとった青年ヘンタイが屈みこんで、ひとりの少年に真剣な――命を賭けたひたむきな――眼差しで語り掛けている様子が、否応いやおうなしに目に留まる。

「アルス、いいかい。よく聞いてくれ。この包みの中には、俺がいままで体を張って盗んだ手に入れた、えっちな品が入っている。もし、俺が戻って来なかったらこれを憲兵に届けてくれ。大人がこれを見たら、多分興奮すると思う」

 その足元には鞭や蝋燭、ピンク色の表紙の本が隙間から覗い見える風呂敷包が置いてあった。

 さらに少年に向かってこんこんと言い聞かせる青年。

「俺が直接、憲兵に自首しようかと思ったんだが、なんていうか、そうするのは逃げるみたいに思えて、ここで戦うのをやめると、自分が自分でなくなるような……。女騎士がエロいとか、領主夫人の下着を盗もうとして捕まった隊長達の仇を討ちたいとか、そういうんじゃないんだ。うまく言えないけど、手薄なこの機会に俺も領主の御令嬢の下着を盗んでみたくなったんだ」

 さらに熱を持ってかき口説く。

「俺が変態だからなのか、理由は自分でもよく分からない。アルス、俺は多分捕まるだろうが、そのことで、町の憲兵や、領主の御令嬢を恨んだりしないでくれ。みんなだって俺と同じで、自分がやるべきだと思ったことを、やってるだけなんだ。無理かもしれないけど、他人を恨んだり、自分のことを責めたりしないでくれ。これは俺の最後の頼みだ。――これでお別れだ。じゃあな、アルス。元気で暮らせよ」


 立ち上がって振り返らずに自分の信じた道を真っ直ぐに向かって行く、そんな青年に向かって少年の悲痛な叫びが追いすがる。

「嘘だと言ってよ、バニィ!!」


 そうかと思えば、槍を持ってビキニアーマーを来た冒険者風の男が、

「ボクは必死にマーニャの内臓をかき集めたんだ。だけど左足首が見当たらないんだ……猫の死骸はゴロゴロしているんだが」

 PTSDによる記憶障害で何やら意味不明なことを呟いていた。


「あたしメリーさん。女がみんな水着を着ている『コ○゛ラ』みたいな世界観ならともかく、下着泥棒がバニーガールの格好をしていたり、オッサン冒険者もビキニアーマーを着るこの異世界っておかしいと思うの……」

((((だからメリーさんご主人様も許容されてるんだろうな~))))

 一斉にそう思うメリーさん以外の一同であった。


 ともあれ、そんな愁嘆場がそこかしこで繰り広げられている光景を眺めながら、

「なんだかいまから戦争でも始まりそうな剣呑な雰囲気ね」

「ああ、その感想は正解だす。まんず、その通りでして……」


 オリーヴが小首を傾げると、なぜかさっき(主にメリーさんから)石を投げられていた、着物姿に市女笠いちめがさ(『むし垂衣たれぎぬ』という薄いベールみたいなのが垂れてる笠)をかぶった娘が、なぜか一行についてきて訳知り顔で解説してくれた。

「「「「誰っ!?」」」」

 陰キャが集まって身内ネタで盛り上がっているところに、「なになに?」と空気読まない陽キャが乱入してきたかのように、またはL○NEに勝手に友達追加されていた見知らぬ他人のように、レズのカップルの間に入って来るウザい男のように、露骨に邪険にするのもアレだし……と良識と警戒感の板挟みで、微妙な雰囲気になるメリーさん以外の一同。


「そーしゃるでぃすたんすなの……」

 その遮蔽物越しに16~17歳くらいの色白の美少女であった彼女の顔を見上げながら、そう時事に則った感想を口にするメリーさん。

『たぶん違う』

 即座に平和のツッコミが入る。


「「「「だす? まんず??」」」」

 一方、彼女の言葉遣いの方に首をひねるオリーヴ、ローラ、エマ、スズカ。

「ベタベタのズーズー弁なの……」

 対照的に、メリーさんだけが娘の喋る言葉を理解する。


「あ、やっぱしお嬢ぢゃん微妙さ東北訛りがあるで思ってだんだども、やっぱしそっちの出身だべ? んで、話ば戻すど、この沖合に〝鬼ヶ島ランド”ど呼ばれるオーク住み着いでら島があるんだけんじょ、オーク征伐するだめに『桃がら生まれだ勇者ピーチ=タロー』で領主様のおい兵団『チーム・ケルベロス』、凄腕傭兵団『ブラックエイプ』、そしてベテラン冒険者集団『雉撃ぢにえぐ男だぢ』だぢが共同で攻めるごどになって。いま町は大わらわなのさ。――あ、おいの名前は〝小町コマチ”っていうす」

 最後に下半身はがに股、両手は指先までまっすぐ。両手を股間のやや下に持って行き、ハイレグの角度にセットし、「コマチ!」と言いながら、両手を斜め上に引き上げる一発ギャグをかました。


 ああ、あれかぁ……と微妙な表情になるオリーヴとスズカ。

 無言になるふたりの頭の上を潮風と、少女漫画に出てくるようなダレたデザインの猫の身体に、カモメの翼を持ったがミャアミャア騒ぎながら飛んでいる。


「なるほどオーガ討伐ですか。指揮が桃から生まれた勇者っていうのも変わってますね」

 対照的に異世界ならではの純朴さで話の内容に感心するローラ。

「聞いだ話では、勇者でいうだげあって、身体能力だげだばバイオ4のレオンぐれぁあるらしいんだわ、ピーチ=タローは」

「凄いんだか凄くないんだか。オーガが相手でどこまでできるのか微妙な線じゃないの?」

 勇者に対する評価に対して、微妙に懐疑的な口調でオリーヴが呟いた。


「まあいずれにしても領主も含めて町の皆から信頼を集めているようですから、それだけ人望があるということでしょう」

 比較的好意的な意見のローラ。

「あたしメリーさん。ぶっちゃけ桃から生まれた時点で〝勇者ピーチ=タローそいつ”って人間じゃないの。おおかた化け物には化け物をぶつけろ理論で、いいように利用されているだけなの」

 そして身も蓋もないことを口にするメリーさんであった。


「――で、お姉さんなんで町の人間に石投げられていたわけ?」

 エマが遠慮なく尋ねる。

「おいだば補給部隊のためさ米たがいでぎだんだども、この通り余所者だでいうごどで、怪しまれだ上にありもしね冤罪かげられでおい刑にされでだんだす」

 聞くも涙語るも涙という感じで語る彼女の背中には、『あやしいコメです。放射能塗れのセシウムさん』という落書きが描かれていた。


「東海岸地方の連中は鬼だす。特さナゴヤ人ど名乗る連中の陰湿な事ったらね!」

 憤怒に燃えるコマチ。

「えー、いやー、そーいうのは一部というか、誤解というか……」

 視線を彷徨わせながらしどろもどろにスズカが弁明していた。


「メリーさん、よくわかるの……!」

「やっぱしわがってくれるすか!」

 ガシっと両手で握手をするメリーさんとコマチ。妙な連帯感が生まれた瞬間である。


 そんなこんなでなぜかコマチも並んで目についた店に入ることになった。

『……ウヤムヤのうちにメンバーに加算されるんじゃないのか、えーと……秋田=小町?』

 平和の懸念に対して、シレっと答えるメリーさん。

「世の中には100人の彼女がいる奴もいるから、いまさら2~3人増えても問題ないの。てゆーか、あなたの周りにいる女どもの方が問題なの。そっちに帰ったら、先に目障りなハーレムメンバーを始末するの。伝説の〝正妻戦争”なの。メリーさんは金髪だし、だからなぜか全員同じ顔をしている剣士セイバーの位を得て現界するの……」

『お前はどっちかというと暗殺者アサシンだろう。まあアホ毛はあるが……』


 ちなみに『アサシン』の語源は『薬物依存症ヤクチュウになって頭おかしい連中』である。


「まあいざとなればオリーヴがいなかったことにして、代わりに入会させればいいだけだし……」

「さらっと心友しんゆうを裏切るんじゃないわよ!」

 こっそりと聞き耳を立てていたオリーヴが、血相を変えて異議を申し立てる。


「あたしメリーさん。自分から心の友とかいう奴はジャイアンと同じで親友でも何でもないの。山○隆夫が脱退した後のずう○るび、国生○ゆり、高井○巳子が脱退した後のおニャ○子クラブなら問題山済みだけど、オリーヴがいなくなっても、荒○注が抜けたドリ○ターズみたいに、まったく影響がないの……」

 臆面もなく答えるメリーさんの返答の内容に首をひねるオリーヴと、

「たとえが古いなぁ」

 昭和とかいう畜生の時代に苦笑するスズカであった。


 そんな馬鹿なやり取りをしていたメリーさんたち。ほどなく数軒先に、

【TAKE屋】

 と看板に竹のマークが描かれたこじんまりした食堂が見えた。


「あたしメリーさん。いま牛丼屋にいるの……」

「牛丼だけじゃなくて定食とかドンぶりものを提供する定食屋チェーンなんだけどね」

 メリーさんの持ちネタを即座に訂正するオリーヴ。


「オリーヴの好きな飯屋なの……」


「そう、私が飯屋メシヤ

「「「「お呼びじゃないので、店で中華鍋振っていなさいよいてくださいっ!」」」」

 なぜか変な隈取りをした中華料理屋のオヤジが、シレっと会話に混ざったのをメリーさん以外の四人が慌てて追い払う。


「てゆーか、飯屋じゃなくて救世主メシア! てか漫画版のネタ引っ張るのやめようよ。読者も混乱するし、会話が首尾一貫しないし、佐保先生も気を使うから止めようよ!」

 そう力説するオリーヴに対して、メリーさんはポンと小さな掌を叩いた。


「なるほどなの。より過激なギャグを並べて漫画のインパクトを打ち消す……。二日酔いは迎え酒で止める理論なの……」

「なんで毒を以て毒を制する理論の綱渡りするわけ、いつも!?」

「メリーさん基本的に〝エレベーターが落下しても着地する瞬間にジャンプすればノーダメージ理論”で生きているの……」

「あんたはいいけど、周りを巻き込まないでよ!!」

 やいのやいの騒ぎながら、先頭で【TAKE屋】のドアを開けるオリーヴ。


「わ~。あたしこーいういかにもジャンクで、底辺労働者御用達って感じのお店に入るの初めてです!」

 エマが弾んだ声で、おもいっこそ失礼極まりない声を張り上げる。自重を知らない少女の声は、確実に店内全域を木霊して殺伐とした空気を作り出した。


 それなりに賑わっていた店内が途端に水を打ったように静まり返る。

 一瞬殺意を抱いたが、入ってきたのが年端も行かない幼女と少女たちということで、どうにか怒りを堪えて、額に青筋を浮かべながら、思いっきり仏頂面で飯をかき込む客たち。


「ああなるほど。西日本で見かける『まいど○おきに食堂』チェーンみたいなものですね。私は『は○海老』とか『朝○屋』とか『まる○食堂』とかならともかく、ここには入ったことないですけど」

 納得した風のスズカに向かって、

「あからさまな出鱈目なのっ。いくら大阪だからって、そんな突っ込みどころが多すぎてチュピチュパァ状態必至な名前の食堂があるわけないの……!」

 割と真っ当なメリーさんのツッコミが炸裂する。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「――それがあるんだなぁ」

 ちょうど似たような名前の定食屋で『牛めし(特盛)』の持ち帰りを注文した俺は、スマホから聞こえてくるメリーさんの疑心暗鬼に冷静に返答をした。 


 牛丼チェーンでもコスパが違う。

 吉牛は味はいいけどコスパは一番低い。

 す○屋は並みがコスパが良いので、特盛なら並盛二個食う方がお得である。

 だが一番コスパ的に最強なのは、松○の特盛。す○屋の並盛二個よりもさらにお得なので、俺はもっぱらこれを持ち帰って昼食にしていた。


 そんなわけでテイクアウトの牛めしを手にアパートに帰ったところ、猫の額ほどの庭で管理人さんがぽつねんと所在無げに佇んでいるのが窺えた。隣では毎回異なる「ゴジ○の顔」のように定期的にポーズが変わる二宮金次郎の像が、本の代わりにスマホを手に操作している。


「こんにちは、管理人さん。何かお困りですか?」

「あら、学生さん。お帰りですか、実はゴミを捨てるのに『ディメンション・パイルバンカー』で地面に穴を開けたのですけれど、座標が微妙に狂って地獄――じゃなかった。位相空間を貫通する穴を開けてしまったようで、どうしようかと悩んでいるところですの」


 見れば管理人さんの足元にはでっかい杭打機と、1.5mほどの真っ黒な穴が開いていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 異世界の空を木魚顔の謎の白いロボット――ゴーレムが、物理学的にあり得ない二本のロケット噴射で飛び回っていた。

「行くぞ、ベイ・フォックス! 今日こそ兵拾ソルジャー・テンを斃すのじゃ!!」

 内部で操縦しているのは、萌え絵を意識した巫女装束をまとったキツネ耳が象徴的な緋袴ひばかまから三本の尻尾が特徴的な、十八歳くらいのキツネ娘である。


 旋回する〝ベオ・フォックス”とやらを仰ぎ見ながら、メリーさんが忸怩たる口調で地団太を踏んだ。

「あたしメリーさん。完全に日頃からスズカにかけておいた洗脳……じゃなかった、仲間意識がなくなっているの。まさかゴーン狐近づけただけで、ぷ○ぷよみたいに[融合]フォージュンして解けるとは思わなかったの……」


「味方が敵に洗脳されて対峙するのがお約束ですけど、味方に洗脳されていたのが敵に解かれて、正気になって敵になるパターンというのも珍しいですよね」

 傍らでしみじみと感慨に耽るローラ。


「あー、あの毎晩毎晩、スズカの目の前で蚊取り線香みたいな変なクルクルを回してたの、あれ洗脳だったのか~」

 メリーさんとスズカの日課を思い出して、エマが腑に落ちた様子で膝を叩いた。

「この暗闇は怖くない。私はもっと怖いのを知っているから……って、そりゃあんな初対面な上に、いつ経験値と毛皮にされるかわからない生殺し状態で、何の危機感も抱かずにのほほーんとしている時点で、変だと思ってたわ。出会った当時からそうなると言われてた風潮はあったけれど、いまからは別々の道。でも突然のことに心の準備が出来ていないわ! でも諦めるしかない……」

 ついでにオリーヴが『当時からそうなると言われてた風潮はあったおじさん』と化して、ついでにここぞとばかりに厨二病セリフを爆発させるのだった。


「うおおおおおおおおおおおっ!!! キツネ狩りじゃあああああああああっ!!! 喰らえ、ダムダム弾っ!!」

 一方、今回の依頼主である兵拾ソルジャー・テンは、飛び回る〝ベオ・フォックス”目掛けて、血走った目で銃を乱射していた。

「ぎゃあ!?」

 フレンドリーファイアーで、背中から撃たれた〝アキタ=コマチ”。背中に背負っていた米俵が爆発したように弾け飛んで、勢いよく地面に激突して当たり所が悪かったのか、ピクリとも動かない。


「つくづく不運な……」

 そっと涙を拭いて同情するローラであった。


「あたしメリーさん。お前らはマ○オとゼ○ダから何を学んだんだい? 諦めない心だろ、あきらめたらそれで試合終了なの――と、角替和枝も言っているの。とりあえず困った時のドラ○もん――じゃなくて彼なの。この小説って、ほとんどボケツッコミが戦場のど真ん中レベルで飛び交うのがウリなのに、異世界の連中がツッコみ不足でッ問題なの……」

 あっさりと考えることを止めたメリーさんが、異世界から毒電波を発信する。

(((このややこしい事態を相談される《彼》も気の毒に)))

 オリーヴ、ローラ、エマの思いが一つになった。


 プロアスリートの女並みに気持ちの切り替えが早いメリーさんは、躊躇なく彼に連絡を入れる。

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あたしメリーさん。いま異世界にいるの……。 佐崎 一路 @sasaki_ichiro

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