番外編 あたしメリーさん。いまキツネ狩りをしているの……。(その①)

『勝った!! 勝ちました、フジイ君の完全勝利っ! 地球侵略を宣言したおうし座α星からの“将棋星人”を相手取っての【宇宙棋戦負けたほうが全滅対局】は、地球代表フジイ・キューカンの圧勝で終わりました~~~っっっ!!! なお、フジイ君の今日の昼食は来々軒の豚キムチうどんにミニチャーハンです』


 熱のせいか朦朧もうろうとした視界の中で、つけっ放しのテレビで超有名な将棋超人と、『玉将』と書かれた将棋の駒に、細長い手足を付けたようなチープな扮装ふんそうをした人物(?)が、まるで宇宙船の中のようなメカニカルな空間で、東京ドームくらいありそうな超巨大将棋盤を挟んで対局している……というシュールな光景が放送されていた……ように見える。

 こち亀に出ていた特殊刑事の真似だろうか? いずれにしても思いのほか重症であるようだ。


 なんにしてもこんな頓智来とんちきな放送、フィクション以外のなにものでもないだろう(画面には延々と『LIVE』『これはフィクションではありません!』という表示がされているが、今時のマスコミなんぞ信用する情弱は年寄くらいなものだ)。

 案の定、お笑い番組らしく最後は爆発落ちで、勝負が決まると同時に頭らしき部分を抱えて煩悶はんもんしていた『将棋星人』のボルテージが最高潮に達したかと思うと、突如その場で弾けるように自爆するのだった。


『おおおおおーっ!! 会場に詰め掛けていた将棋星人が次々に将棋倒しになって自爆していくぞ! どうやら当初の約束通り、負けたことで自滅の道を選んだようだ!!!!』

 興奮したアナウンサーの絶叫に続いて爆発音が爆竹みたいに連鎖する。

『ここで勝利を祝して国歌斉唱です!!』


 会場に残った勝利者であるフジイ君と関係する日本人が一斉に立ち上がったのに合わせて、小学校の校歌よりも聞きなれた伴奏が流れた。

『♪消える◯行機雲 僕たちは◯送った♪』

『♪◯しくて逃げたー いつだって◯くて♪』

 ・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・

『『『『『♪あの◯はーまァだ うーーまーく◯べないけど♪』』』』』

『『『『『♪いーつーかはー◯を切って知る♪』』』』』


「――“国歌”がいろいろと間違っている~~~っ……げほ、げほげほっ!!」

 思わずつけっ放しのテレビに怒鳴り声を上げた拍子に、思いっきり咳き込む。

「駄目ですよ学生さん、調子が悪いのに無理しては」

 そう言ってテレビをリモコンで消す――気のせいか普段からかぶっている金魚鉢から変な光線が出たような気がしたが――管理人さん。

「……これで将棋星人490億人が全滅ですか。だからいまの日本を相手に将棋で戦うのは、時間や運を操作できる、DI◯や十六〇咲夜、レ◯リア・スカーレットと卓を囲むくらい無謀だと、前もって忠告しておいたのですけれど、『阪神だって日本一になれたんだから問題ない!』とか聞く耳持ちませんでしたからね~。自業自得ですわね。――ええと、計算上は地球人向けの治療薬はこれで大丈夫なはず。牛を使った動物実験では即死したけど」

 何やらブツブツ言いながらベッドの斜め上の方角に腰を下ろして、持参した水筒の中身をカップに注ぐ様子が感じ取れた。


 ちなみに現在の俺はというと季節の変わり目のせいか、はたまた都会の環境が合わないせいなのか、数年ぶりに風邪をひいてアパートの自室で寝ている。

「アッチョンブリケっ!」

「『体温39度2分、インフルエンザでも新型でもない、ただの風邪だな』とドクターPは言っているでござる」

 寝ているベッドの隣には、なぜか白衣を着た幼女が補聴器片手に診察をして、隣に立っていたこのご時世に羽織袴姿に日本刀を差し、藁で編んだ編み笠をかぶった素浪人すろうにん風の男が『ござるござる』と、どこのハットリ君だ!? と言いたくなるような口調で意訳するのだった。


 ちなみに幼女の方は近所にある無免許モグリと噂の医者で、浪人風の男性は俺も何度か見たことがあるアパートの検針員さんである。

 なんで検針員が医者の助手やっているのかと言えば、

「これもケンシンでござるよ」

 とのことであった。


 いや、『検診』と『検針』は音は一緒でも全然違う分野だと思うのだが……続く補足によれば、基本的に出来高払いなので、やる気なら複数の『ケンシン』員を兼ねることはできるらしい。

「御一新以降、拙者はこうしてあちこちの検針をして世間を渡り歩いているので、『流浪るろう検針けんしん』などとも呼ばれているでござる」

 そう身の上を明かして編み笠の下で、ふう、とため息をつく流浪の検針氏。


“いやいやいやいや! 御一新って明治維新でしょう!? 流浪の検針アナタって何歳なのよ?! そんでもって、なんで幼女医者の助手に収まってるわけ!?!”

 俺の枕元で掌を額に乗せて――冷やっとして非常に気持ちがいい――一晩中まんじりともせずに様子を見ていた幻覚女・霊子(仮名)が、今の話に猛然とツッコミを捲し立てるが、所詮は俺にしか見えない・聞こえない幻覚と幻聴。誰も相手にしない。


「しーうーのあらまんちゅ♪」

「ょぅι゛ょ……(*♡д♡*)ハァハァでござる」

 先ほどの『国歌(?)』を聞いた影響か、何やら鼻歌を歌っている闇医者のドクターP。そんな彼女を慈しむような――少なくとも《慈母星》という看板の割に慈母の要素皆無だった南斗最後の将よりか数倍――眼差しを(全身の雰囲気的に)向ける流浪の検針氏。


“ロリコンだわ”

「ロリコンですね」

「変態だわ」

「そういえば近所に『練馬変態クラブ』という、半世紀前から存在する怪しげなフィットネスクラブがあって……」

 霊子(仮名)と管理人さんの感想に続いて、俺が寝込んでいると聞いて田舎からわざわざやってきた従兄妹にして義妹である野村のむら 真季まいと、見舞いに来てくれた俺が家庭教師を請け負っている、都内在住のJC笹嘉根ささかね 万宵まよいが顔を見合わせて割かしどうでもいい世間話をしていた。


 狭い部屋にあるベッドを占有して呻いている俺の他、幼女ひとり、素浪人ひとり、未亡人ひとり、JKひとり、JCひとり、あと空中を漂っている幻覚ひとりと、やたら人口密度が過密な上に顔ぶれもバラエティセットというか、日常系アベ●ジャーズといった塩梅で、鬱陶しいことこの上ない(少しは安静に養生させろよ!)。

 だが同時に俺の本能が『この状況で寝たら悪夢どころかエライことになる!』と盛んに警報を鳴らすのだった。


 ちなみに『神々廻ししば=〈漆黒の翼バルムンクフェザリオン〉=樺音かのん』こと佐藤さとう 華子はなこ先輩は、ドロンパと一緒にカンボジアの水かけ祭り見物及び参加していま国内にいないので、俺が寝込んでいることも知らないはずである。


「……それにしてもお義兄ちゃんが風邪で寝込んだ姿なんて初めて見たわ。小学高学年の時に、寒中水泳の授業で体調を崩して以来かな? あの時はなぜかクラスでただひとり、全身火傷を負うという変わった状態で寝込んだんだけど」

 はるか昔を思い嘆息しながら、何やらジューサーミキサーで牛乳、ハチミツ、栄養ドリンク……は良いとして、行者ニンニクやらイモリの黒焼き、生のヘラクレスオオカブトの幼虫(ちなみに同じ大学の長野県人が「岐阜は生のカブトムシの幼虫を踊り食いするイカレた連中」と戦慄していた)、オットセイの金●やらを混ぜ合わせている真季。

“なにそのあり得ない経歴は!? どういうプロセスを経れば寒中水泳で全身火傷になるわけっ?!”

 必死に訴える霊子(仮名)を当たり前のように無視して、ミキサーのスイッチが押された。

「思い出すなー。死んだ実の両親も私が病気の時には、このスペシャルドリンクを作ってくれたんだ」


 しんみりとした真季の独白に、検針さんが哀悼の意を多分に含んだ口調で問いかける。

「実のご両親は……」

「私が小さい頃に、土着風土病である『BANDAIⅢ型』エイズに罹ってふたりとも――ね」

「しーうえのあらまんちゅ」

 それを聞いてドクターPが何やら考え深く言い放った。

「F県名物のAIDSエイズBANDAIバンダイさん』でござるか。残念ながらあれはいまだに効果的な治療法が見つかっていない不治の病――と、ドクターPは言っているでござる」


 どーでもいいがドサクサまぎれにあのゲテモノを飲ませられるのだろうか? 断固として拒否したいが、いまの話を聞いた後だと、それをやったら完璧に俺が冷血漢の人非人みたいじゃないか!


 高熱以外の頭の痛みで「う~んう~ん」と呻く俺に向かって、

「大丈夫ですよ、先生。我が家の先祖代々秘伝で伝わる中国茶――“龍珠茶りゅうしゅちゃ”を飲めば、風邪なんて一発で退散ですから」

 急須で何やら薫り高いお茶をいれてくれる万宵。

 中学生が一番マトモそうなのってどうなんだ?(※なお龍珠茶は別名『虫糞茶ちゅうふんちゃ』とも言い、蛾の幼虫の糞を乾燥させた中国茶の一種である。虫や葉っぱの種類で味や効能が変わる)


「それより先に私のスペシャルドリンクだよね、お義兄にいちゃん♡」

「そんな原始的な治療法よりも、宇宙の科学が作り出したナノマシーン入り人体改造薬で、一気に体の中の悪いところを直しちゃいましょう、学生さん♪」

 万宵が淹れてくれたお茶に負けじと、真季と管理人さんの謎ドリンクが差し出された。


 これを飲んだら死ぬ!! 

 そんな直感を後押しするかのように、ドクターPが全身で拒絶を示すジェスチャーをしていた。

「トンデモデレデのテッチョーブクロっ!!」

 意味は不明だが、絶対に飲んじゃダメと言っているのは伝わってくる。


 とはいえ困り果てていたその時、空気を読まずにメリーさんからの電話が入って、これまでで初めてメリーさんに心の底から感謝するのだった。


【夜明け前・ビーチネーム湖湖岸】


 そのときERDL迷彩――通称リーフパターンとかジャングル迷彩と呼ばれる、緑色を基調とした森林に溶け込む戦闘服を着こみ、じっと息を潜めていた一見するとただの猟師にして、コードネーム《ソルジャーツェーン10》(なお潜伏している村では「へーじゅう」と愛称)で呼ばれている青年は、怪しげな気配を感じてふと顔を上げました。


「♪渦巻くババアの腹の闇 やってきたのはウナギマン ウナーギマン♪」

 見れば全身真っ黒でヌメヌメした見かけの鰻魚人ウナギマンが、鼻歌を歌いつつ湖から上がってきたではありませんか。

「♪ゴーリキーゴリオシー アーヤメゴリオシー♪」

 音もなく愛銃を構えるコードネーム《ソルジャーツェーン10》。

「♪ウナギマンから ナマズマン!」

 勝手に自慢の喉を披露しつつ、その場で「ギフのポーズ!」と謎のポーズを取るウナギマン。


 なんでウナギが変身してナマズになるんだ? という素朴な疑問が頭の隅に湧いましたが、鰻魚人ウナギマンの存在に比べれば些細な問題だと棚に上げして、

「そのテカテカのキレイなハゲ頭を吹っ飛ばしてやる!!」

 引き金を引こうとしたその瞬間、どこからともなくドングリが飛んできて、咄嗟に身をよじったせいで僅かに《ソルジャーツェーン10》の狙いが逸れたのです。


 明後日の方角に放たれる銃弾。

「ぎゃあああああああああああああっ!?!」

「どこのどいつだ、いきなり誤射しやがって!!」

 その拍子に離れた場所にいた他の猟師にあたったらしく、怒りに燃えた猟師たちが時◯沢◯一が銃を乱射するレベルで怒り狂って、《ソルジャーツェーン10》がいると思しき方角へ応戦する。


 銃弾の雨に慌てて川に取って返すウナギマン。

 一方、寸前のところで邪魔をされた《ソルジャーツェーン10》は、即座にその場から離脱すると、目の端に映った怨敵の姿をとらえて歯噛みするのでした。


 ――こないだ鰻を盗みやがった、あのゴン狐め。また悪戯をしに来たな!


「クソ狐め。ここで会ったが百年目。死ねさらせ、狐狩りだ~~~~っ!!!」

 兵10は愛用のM16アサルトライフルの代わりに、しまっていたAO-18機関砲(R国から密輸品)を設置して、弾帯が途切れるまでゴン狐目掛けて全力で放ちます。


 跳弾で他の連中もバタバタ倒れますが、正義の為なら多少の犠牲は仕方ないのはハ◯ス相手に病院やら一般住宅やらを爆撃している、『力が正義』であるイス◯エルとア◯リカが言っているので正しいのだ。


「ひゃっほ~~~~っ!!!!」

 完全にトリガーハッピーと化した兵10は、弾切れになった機関砲の代わりに、地面に置いたM16アサルトライフルを、半ば焦土と化した岸辺目掛けて連射します。


 さすがに息の根が止まっただろう。

 そう留飲を下げた兵10でしたが、その油断した刹那、密かに丸太を身代わりにした空蝉うつせみの術で、狐穴に退避していたゴン狐が、

「ヒト族が……潰すぞ……」

 怨嗟の声とともに地面から上半身を出すと、AK-47でヘッドショットを決めたのでした。


 ❖ ❖ ❖ ❖ ❖


 ということがあってから二週間後の病気明け正月休み中。

『間一髪、ゴン狐こと本名カルロス・リベラ・ゴンは胸ポケットに入っていたドングリのお陰で、《ソルジャーツェーン10》は防弾アデ◯ンスのお陰で、致命傷は避けたみたいなんだけど、いまでは姿を見ると挨拶代わりにショットガンで撃ち合いをする関係になったの。銃がない時には、取り合えず目の前にあるものを掴んで全力でぶん殴ればいい精神で、バナナで殴り合っている姿も目撃されて、両方とも重度のパンチドランカーでパーになっている説も流布しているくらいで、後はもうどっちが死ぬかの生命のやり取りしか残らないの……』


「後先考えずにからんでくる神室町のチンピラか!?」

『あたしメリーさん。ともあれ暴力はいけないの! 力に頼る人は最低なの……!!』

「まずは鏡見ろや! ……つーか、おかしいな。途中までは『あ、これ進◯ゼミで見たやつだ!』というくらい既視感があったのに、後半、殺伐とした話に落とし込まれてるんだが? あと何で兵=ソルジャーと英語なのに、10だけドイツ語なんだ?」

『レッド◯ラージュがツァ◯トウストラ・アプ◯ーブリンガーになったようなもので、とりあえずドイツ語つけとけばカッコいい理論なの。ドラゴンだってドイツのリントヴルムの方が洒落てるし……そういえば昔、人工芝が出た頃って中日ドラゴン◯ズが負けまくって、「ドラゴンなら人工芝に弱い」というデバフ効果がさんざんネタにされたらしいの……』

「どいつだ、ここのアホな幼女に、んな忘れられた黒歴史を吹き込んだのは!? つーか、FSSは『神は死んだ』で有名な『ツァラトウストラはかく語りき』を踏襲したネーミングだろう。――あ、いや。正月からそういう攻めの姿勢がなくて、現実的な角度でちゃんと説明が欲しいんだけど……まあメリーさんおまえには無理だろうなぁ」


 正月ということで実家でゴロゴロしながら、家族や新年の挨拶に来た親戚たちと鍋(じゃっぱ汁魚のアラ汁)を囲み、正月伝統の子持ちナメタガレイナメタエゾイソアイナメどんこの煮つけ、いかにんじん、豆腐カステラ、雑煮代わりのホタテ出汁のこづゆ、ハタハタの飯寿司、からかい煮といった東北ならではの郷土料理を肴に、特製の米ジュース・麦ジュース・芋ジュースなどで一杯やっていたところに、メリーさんからの電話がかかってきたところである。


 ちなみに異世界では、今年も餅スライム(亜種で納豆スライム、ずんだスライム、海苔醤油スライム、小豆スライム、きなこスライムなどもいる)が大量発生して、無理やり気管に入ってきて大量の犠牲者を出している(という設定)らしい。

『とりあえず消化に良い大根おろしで対抗すべく、冒険者はみんな大根とおろし金を常備してスライム狩りしているの……』

「シュールな正月の恒例行事だな」


『メリーさんは寒いし面倒だからコタツでぬくぬくしながらミカン食べてるけど、そっちのお正月料理って、聞いた限り東北全部の郷土料理が一堂に会した欲張りセットなの。そっちって宮城じゃなかったの……?』

「それは漫画版の設定だろう。原作版こっちでは「東北」だけで特に明言してないぞ。だいたい漫画版だって『あたしメリーさん。いま仙台駅にいるの……』から始まっているだけで、仙台在住って一言もないし」

『あたしメリーさん。勝手に記憶を捏造するななの! 最初は「あたしメリーさん。いまゴミ捨て場にいるの……」だったの。捨てられた哀愁から始まったの……!』

「嘘こけ。お前に悲しき過去とか一切ねーだろう! あ、ちょっと待て、いま確認するから。――お袋~、俺の麦わら帽子…じゃなくて、漫画の本ってどこにいったん?」

「エッチな漫画や本だら、とっくに真季まいお爺さんずんつぁんのいる山に持ってたがいで行って焚火にして芋焼いだよ」

「なに勝手なことしてるんだ、このアホ!」


 あっさりと言い切られて、俺は思わず振り袖姿で親戚からチヤホヤされ、

「真季ちゃんは将来何かなりたいいぎなりたい仕事とかあるのがい?」

「当然、お義兄ちゃんとの永久就職ですけど、それ以外ならY◯utuberかプロゲーマー。漫画家やラノベ作家みたいな“ラクして好きなことだけやって儲かる”仕事がいいですね」

 お年玉をもらいつつ、小学生の『将来なりたい職業』みたいな、仕事を舐めまくっている義妹の真季を怒鳴りつけた。


「え? どうしたのお義兄ちゃん?」

「俺の漫画とか勝手に処分するとかどーいうつもりだ!?」

卑猥エッチな本は良くないと、爺ちゃんにも確認してもらって焼いたんだけど?」

 ぐう、さすがにいまだに俺よりも強い爺ちゃんを引き合いに出されては、文句を言い辛い。親戚一同の前だし。


「いや、別に卑猥な内容じゃないだろう。竹◯房のメリーさん……」

「竹◯房の――っていうと『メリーさんとコ●ルさんと』?」

「それは違うメリーさんだ!!」

 そもそも持ってないわ!


「メリーの話なんてだいたい同じじゃないの? ほら、『ジェッター◯ルス』と『鉄腕◯トム』。『氷河の戦士ガイ◯ラッガー』と『サイボーグ0◯9』みたいなもんよ」

 思いっきり暴論を吐く真季。

『“さん”を付けるの、このスベタ……!』

 すかさずメリーさんから、今時珍しい表現での罵倒の声が響いた。

 メリーさんの他、金田とフグ◯サザエとキ◯ィと並んで、『さん』付けしないと許せない風潮だからな。


「いや、それは作者が同じで、いろいろ背景があってそうなっただけだ。こっちは作者も芸風も何もかも違うわ!」

「違う作者で似たようなキャラが出るって割とあるわよね~。『ガンダム◯GE』のユリンと『W◯RKING!!』の山田とか、『学園◯リス』の佐倉蜜柑と『こども◯おもちゃ』の倉田紗南。『Re:ゼ◯から始める異世界生活』のナツキ・スバルと『聲◯形』の石田将也とか。これも「メリーさん」っていう共通点があるから、ほぼ同じじゃないの?」

「カップ焼きそば現象に無理やり収斂させようとするんじゃない!」


 無理やり話を誤魔化そうとする真季を俺は一喝した。 


*****************


『♪ゆ~きや こんこん は~いよる こんとん♪』

「物騒な歌を歌うんじゃない!!」

『じゃ……しゃーぼんだまとーんだー 屋根まで吹き飛んだ~♪』

「……まて、なんか飛んじゃいけないものがついでに飛んでるぞ?!」

『やねまでとんでー ぶっこわれて きーえーたー♪』


*****************


 混沌とした里帰りから戻って、久々に大学に顔を出したら、有耶無耶のうちに『超常現象研究会』の会員になっていた(なぜだ?)友人一同(ヤマザキ、ドロンパ、ワタナベ)と、研究会会長である『神々廻ししば=〈漆黒の翼バルムンクフェザリオン〉=樺音かのん』先輩こと佐藤さとう 華子はなこさんが、勝手に部室として占有した【地域伝承研究会】のプレハブ小屋の前にある、猫の額ほどの更地に集まっていた。


 扉前に勢ぞろいして、なぜか水の入った薬缶やかんを前にソーラン節を踊っている。


 ちなみに実績のあるメジャーな部室はそれなりの外見をした部室棟が割り当てられ、こっちのプレハブ長屋群はマイナーというか、ニッチというか、ある意味バカ田大学として名高いウチの大学を象徴するかのような、いろいろと混ぜちゃダメな連中がたむろしている混沌の魔界都市みたいな一角であり――。


 いまもプロレス研が設置したリング上で、謎の覆面レスラー『ストロング・ZERO』とプロレス研会長の『猪ノ木いのき 元気げんき(本名)』が、マイクを持ったアナウンサーとレフリーをおともに60分一本勝負をしていた。

『おおおっ、猪ノ木ピンチ! 強いぞ謎の怪人レスター〝ストロング・ゼロ”。キャッチコピーである「マイナス196℃の怪人」の異名は伊達ではない! 肥満体型にもかかわらず体脂肪率9%を維持しているとの事前情報は真実のようだが――あ、なぜかなぜか徐々に動きが鈍くなってきたぞ!?

 もしや「序盤は勢いに任せて強さを見せるが徐々に睡魔に襲われて動きが鈍くなる」。ついでに「試合してる時の記憶がない」という噂は本当か!?!  ああああっ! 対戦相手を見失って自らリングから転がり落ちた! ここで医者からドクターストップがかかりました!!』


 グダグダのうちにゴングが鳴らされた――かと思えば。


『諸君 私はアリスが好きだ。諸君 私はロリータが好きだ。諸君 私は一桁代の幼女が大好きだ。

 未就学児が好きだ。小学生が好きだ。ツンデレが好きだ。魔法少女が好きだ。合法幼女が好きだ。異世界奴隷少女が好きだ。ちっぱいが好きだ。ケモ耳が好きだ。スク水幼女が好きだ。

 アニメで、マンガで、特撮で、ゲームで、小説で、舞台で、リアルで、SNSで、イラストで、動画で、二次創作で、同人誌で。この地上で行われるありとあらゆるロリ活動が大好きだ!!』

 いまも老けた大学生(?)がスピーカーで、自衛隊に決起クーデターを呼びかける三島由紀夫みたいに、己の名指し難き性癖というか冒涜的な歪んだエゴを主張している。


 普通なら通報案件だが、ここは大学構内――そして大きな声では言えないが、だいたいが変人認定されている『W大学の学生』という錦の御旗(?)――であるため、通り過ぎる学生も大学関係者もチラリ一瞥するにとどまっている。


『あたしメリーさん。まだ主張だけで行動に移していないだけマシなの。異世界こっちでは合法ロリとか言って、定番の草原妖精とかドワーフの、見た目幼女種族を嫁にする変態が一定数いるの。そのくせロリコンとは自分を認めずに「ただ好きになった相手がこーいう種族だっただけで、他意はない」とか言い訳するの……』

「ん? 種族名『ハー◯リング』とか『グラ◯ランナー』『◯ビット』じゃないのか?」

 微妙に大雑把な括りに、俺は若干引っ掛かりを覚えてメリーさんに聞き直した。

『版権問題が面倒なので、細かく分けずに十把一絡じっぱひとからげで全部〝名もなき修羅”でいいの……』


「お前、異世界設定をぶん投げてるなぁ」

 思わずそうぼやくと、心外だとばかりメリーさんが言い返す。


『そんなことないの、いま流行りのエルフの長寿少子化問題も、異世界こっちでは話題になってるの。――てことで、隷従れいじゅにおいて命ずる〝オリーヴ自害しろ”なの……』

『なんであたしが自害しなきゃならないのよ!』

 すかさずオリーヴの反駁の声が上がった。

『あたしメリーさん。なんか漫画版のオリーヴが邪魔しまくりで頭に来ているの。オリーヴが足手まといだったから、オークキング相手に一発受けたけど、あれ〝AN◯THER”だったら死んでたとこなの。DBだったら岩にめり込んでたの……!』

『そういえばメリーさんだけに「メリィ……」って壁にめり込む最後あったわね。都市伝説で』


 オタク特有の余計な口を叩くオリーヴであった。

 なお、華子先輩いわく、

「それ以外だと確か、好きと告白するのもあれば、普通に懐いてしまったパターンとかもあったような気がするわね。どっちにしても選択肢とかより、メリーさん次第で変わってくるみたいだけど」

 ということでメリーさんガチャが当たりか外れかでラストが変わるらしい。


『あと「飯屋めしやがどーのこーの」と、わけわかんない戯言ばかり言って、着地点が見えないのでいっそいない方がいいような気がするの……』

『なんか全然関係ない角度から非難された!?』

 ショックを受けているオリーヴ。


「いや、でもあれだぞ。台湾版も発売されたし、オリーヴもあれだ……たぶん重要な存在であり、外せないファクターなんじゃないのか?」


 見えないところで何かに貢献しているかも知れないだろう?

 ちょっと前にも、

「怪獣を討つ光の巨人すごいですね。ところで、隊員の中に怪獣が出たらいつもいない人がいるそうですが。いらない子では?」

 その光の巨人当人である隊員がそんなバッシング記事に傷つけられ「もう変身するのやめようかな」という精神状態にまで追い詰められた例があることだし。


『ぶっちゃけオリーヴの存在意義って、メンバーにあえてブスを混ぜておくことで、相対的に他の参加者を美男美女に見せる合コンの定石みたいなもので、常識人枠に変人を混ぜておいて引き立て役にするつもりだったけど、メリーさん最近気が付いたの。うちのメンバーって全員おかしいって……』

 いまになってド正論を口に出すメリーさん。

『正論過ぎてなにも言えませんねぇ』

 しみじみと同意するローラの相槌が聞こえた。


「ようやく気づいたか……オマエラ、頭、おかしいんだよ」

 俺も頭おかしい集団と同列に見られたくないので、こっそりと踵を返してそそくさと部室前から撤退する。


『え? おかしいと思ってても、もうここから逃げられないと思うよ?』

 そこへ、あっけらかんとしたエマの諦観が響く。


『なの。よーするにいまとなってはオリーヴは、☆矢で重要な存在っぽい城戸沙織アテナが、実質的に制限時間を知らせるためのタイマーだったり、Ⅱでは伝説のアイテムだったのにⅣではカジノの景品扱いと一気にその重要性が暴落。2500コインで入手可能なった〝ラー◯鏡”みたいなものなの……!』

『フィーリングで仲間を殺そうとしないでよ! 他者の気持ちを理解したり、物事を社会の中で考えたりする本質的な思考力や共感力に乏しいZ世代戦士か、メリーさんアンタは!?』

『言っている意味が、星の並びで星座思いつくレベルでわかないの……?』

 ルサンチマンの発露なのか、猛然とメリーさんに反論するオリーヴ。


「要するにあれだ。自分はおでんに入っているウインナーみたいなものって言いたいんだろ。最初は抵抗があるが、実際に喰ってみみれば、おでんとウインナーの概念と価値を認めざるを得ない」

 噛み砕いた俺の適当な説明にメリーさんが頷く気配がした。

『メリーさんわかったの。牛すじは期待外れなことあるけど、確かにウインナーは裏切らないの……』


 一段落ついたところで俺は無理やり話を戻す。


「つーか、お前らゴーン狐を退治する依頼を受けたんじゃなかったのか? DB並みに助けにいかないな」

『あたしメリーさん。いま魚臭い港町にいるの。現場までちょっと距離があったから、船での移動に時間がかかったの……』


 言われてみればメリーさんの背後から潮騒と、『みゃあみゃあ』という鳴き声が盛んに響いていた。


『名古屋人が集団で喋っている声なの……』

『違います! ウミネコの声ですよ、ウミネコ!』

 すかさずスズカが否定する。

『メリーさん、なぜかウミネコやヒグラシの声を聴くと包丁振り回してテンション上がるの。なぜかしら……?』

 電話の向こうでメリーさんが出刃包丁を振り回している音がした。

 まあ港町には似合いではあるのかも知れないが……。


『こういう港町だとご主人様と初めてお会いした時を思い出しますね』

 そんなメリーさんを前にしみじみと思い出にふけるローラ。この娘もこの娘で変な感性をしている。

『――そうなんですか?』

 当時はメンバーでなかったスズカに聞かれて、メリーさんは大きく頷いた。

『そうなの。あれは日本がイルカに支配されていた時代……』

「いきなり嘘をつくな! そんな時代はないっ!」

『ちゃんと日本史を勉強しないと駄目なの。昔はイルカに朝廷が支配されていた時代もあったの。ソガ・イルカって奴が権力を握って、投資と偽ってイルカの絵を買わせていたの……』

『『「イルカ違いだ(よ)(です)」』』

 すかさず俺とオリーヴとスズカの声がハモる。


『――はあ。何でもいいけど、どこかでお昼ご飯を食べてから依頼主のとこへ行かない? 船の中でおやつに今川焼を食べたけど、ちょっと物足りないし』

 オリーヴの提案に各自が同意した。

『そうですね。あとオリーヴさん、あれは〝文化饅頭”です』

 そうしながらも素早く訂正するローラ。

『え? あたしは〝カステラまんじゅう”って聞いたけど?』

 心外だという風にエマがさらに言い直し、

『あたしメリーさん。〝西武まんじゅう”が正式名称なの。メリーさん以前に岐阜出身の口裂け女に聞いたから間違いないの……!』

『なに言ってるんですか、皆さん。あれは〝丸物まんじゅう”です。付け焼刃の知識を、さも当然という顔で語らないでください』

 メリーさんとスズカがさらに燃料を投下する。


『『『『『…………』』』』』

 無言のまま五人が五人とも足元に落ちていた石――海沿いなのでなんぼでもある――を拾った。


 そして戦争が始まったのである!!!

 しかしそこはへっぽこ連中。お互いに投げた石が明後日の方へ飛び、無関係の通行人や血の気の多い漁師、謎の麦わら帽子の一味などにクリティカルヒットをして、町の住人同士が血で血を洗う抗争へと発展するに時間はかからなかった。


 と――。

『やめなさい!』

 石が飛び交う戦場の真っただ中に、不意にどこぞのオッサンの声が響いた。

『『『『『????』』』』』

 無関係な第三者の乱入に首を捻る一同。


 そんな彼女たちを前に、オッサン(三十過ぎの貧相な男)が朗々と語るのだった。

『罪を犯した者が人を裁く権利などない。あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、石を投げなさい』

 すると年長者から始まって一人また一人と立ち去っていき、最後にメリーさんひとりが石を投げまくった。


 その石が油断していたオッサンの顔面を直撃し、血塗れになりながら白目を剥きながらその場に昏倒する。


『あのオッサンが石を投げろって言ったの……』

『後半部分だけ聞いて、残りは都合よく聞き流すんじゃないわよ!』

 言い訳するメリーさんを抱えて、オリーヴたちはとりあえず、目についた中華料理屋ラーメン屋にとんずらを決め込むことにした。


『……大丈夫ですか、ここ? 「シュウマイひと筋300年。中華を極めた男の店【感激の飯屋ケイオス】」って看板が出てるんですけど』

 玄関先でスズカが及び腰になる。

『シュウマイってグリーンピースが乗っかってる台のことでしたっけ?』

 割と暴論を口にするエマ。


『あー、まあ確かにシュウマイって微妙よね。メジャーはメジャーだけど、餃子みたいに全国ご当地グルメでもないし、ラーメンと一緒に食べるなら炒飯か餃子になるし』

 オリーヴも激しく同意するが、空腹には勝てなかったようで、微妙な不安を抱えながらも(まったく何も考えずに)メリーさんが扉を開けると、

『あたしメリーさん。いまラーメン屋にいる――辮髪にドジョウ髭のオヤジが、店の中央でドイツ軍人にキャメルクラッチをかけているの……』

 目の当たりにした光景を前に、他の四人が無言で扉をそっ閉じするのだった。

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