SS あたしメリーさん。いままだダンジョンにいるの……。

 オークキングがいるダンジョンを当てもなく彷徨っているメリーさんとオリーヴ。

 出てくるスライムとかどこぞの版権に引っかかりそうな蝙蝠のモンスターとか、スケルトンなどをあたるを幸いに包丁で切りまくって前に前にと我武者羅に進むメリーさんと、金魚の糞よろしく後をついていくオリーヴのふたり。


メリーさんアンタって脊髄反射でしか生きていないわね。普通レベル上げなら、もうちょっと効率とか、弱点属性とか、適正レベル帯とか考えながら賢く立ち回るものだけど」

 そう言って嘆息しながら、メリーさんが打ち漏らしたモンスターに水晶玉でトドメを刺すオリーヴ。


「あたしメリーさん。無能な人間って無能な癖に他人のアドバイスだけは一丁前に具体的な対策を提示してくるの。なぜかというと自分も大体同じ失敗をしてるから……」

「――うっ……!」

 メリーさんの鋭い指摘に図星を突かれたのか覿面てきめんに狼狽えるオリーヴ。


「そもそもどいつが強いとか弱いとか考えてる暇があれば、ネット上で自分の気に喰わない作品があったら、とりあえず『なろう』って言ってぶん殴ればいいと思っているナーフと同じで、細かいこと考えずにさっさと手を動かすの……!」


 その勢いに逃げ出すスライムやスケルトンを追いかけて行って、執拗にトドメを刺すメリーさん。


「いや~理屈はわかるんだけど、熊とかの野生動物じゃないんだから、なにも逃げる相手にまで追いすがって包丁刺さなくても……」

 思わずたしなめたオリーヴだが、都市伝説を思えばメリーさんに背中を見せる方が悪いのか……と自問自答するのだった。


「これがメリーさんの愛情なの! 『可愛がりバイオレンス!』訳して『KV』なのっ。あと、とりあえず無心で手当たり次第にぶっ殺していれば、知らないうちにボスとかも倒している可能性もあるの……」

「いやいや、さすがにそんなザッパな事態ありっこないから!」

「理論上不可能ではないの。よってできる。『Q.E.D.』。机上の空論がたいてい可能なのがなろうなの……」

 意味もなく自信満々なメリーさんと、どこまでも常識的(と言うより命大事)なオリーヴの意見は平行線をたどるのだった。


「てかさー。いきなりボスと戦って大幅レベルアップって、漫画やラノベならともかく、リスク高すぎるわよ。あんたメリーさんでしょう!? だったら目標に向かって、だんだんと段階を刻んで行くのが信条なんじゃないの。都市伝説じぶんの持ちネタを忘れたの?!」

 オリーヴのいつになく説得力のある言葉に、虚を突かれた表情でポンと手を叩くメリーさん。

「一理あるの。“ヴィーガンは野菜ばっかり食べることで肉の美味しさを再確認するための思想”って世間では言われているけど、メリーさんも先に雑魚狩りをしマズいモノ食べて、メインディッシュのオークキングは最後に残しておくの! ということで、とりあえずオリーヴのヘボ占い通りに進むの……」

「誰がヘボよ!! まあ、なんにせよ納得してくれて助かったけど」


 心から安堵の吐息を放つオリーヴに、メリーさんが手当たり次第に雑魚を蹴散らしながら(やっていることは同じ)、心なしか鷹揚な態度で言い放った。


「メリーさん陳健一並みに物わかりがいいの……」

「アンタの自己評価と周りの意見は、神絵師が自称する『底辺イラストレーター』程も信用できないけどね」


 そして15分後――。


 ボス部屋に悠然と仁王立ちする巨大な直立した豚を指さし、

「なんで適当に占った場所に、ピンポイントでオークキングがいるわけよ!?!」

 物陰からささやき声で絶叫するという器用な真似をオリーヴがしていた。

「あたしメリーさん。牛丼屋やラーメンのチェーン店で一席飛ばしで座っているときに、間にデブが座る確率は異常なの……」


 したり顔で解説するメリーさん。要するにろくでもないことは高確率で起こると言いたいのだろう。


 弱い敵が居そうな場所を選んだつもりが、思いっきりババを引いたオリーヴは即座に回れ右をしたいのだが、いまにも飛び出していこうと出刃包丁構えてうずうずしてメリーさんを前にして、制止する言葉や行為の無力さを悟るのだった。

 それから改めて2メートルを優に超えるオークキングのサイズを見て、

「でっか!」

「確かに無駄にでかくて、将来確実に垂れそうなオリーヴのおっぱいくらいあるの……」

「いやいや、うちの愚姉に比べたら私なんて――じゃなくて、いくらなんでもあんなにはないわよ!」

 感心しているようでおとしめるメリーさんの相槌に真面目に答えかけて、慌てて否定するオリーヴ。


 途端、きょとんとした顔で目を瞬かせるメリーさん。

「オリーヴ、姉がいるの? 初耳なの……」

「初対面の時から何度も何度も説明したわよね!?」

「メリーさん、オリーヴの話って常にうっすら聞き流していたから記憶にないの……」

「……それはそれで腹が立つわね」


 釈然としない表情のオリーヴを置いて、早速特攻しようとするメリーさんを、慌てて押さえつける。


「無理だって! アンタとは身長で倍以上、体重に至っては十倍以上は差がある相手に勝てるわけないでしょう!!」

「きっと男塾方式なの。なんかこうオーラによって大きく見せてるだけで、実際に戦ってみればいきなり弱体化するの……」


 そんなわけあるか! と思いながら、オリーヴは時間稼ぎのために水晶玉を取り出して、

「必勝のための筋道を占ってみるわ」

 そうほざきながら朗々と言葉を紡ぎ出した。

「『影が静かに伸びる 始まりの時 始まりの戦いの静寂に 一人の魔術師が立ち上がり 灼熱の息吹に包まれる。世界の終焉を告げる炎に抱かれ 魂、地獄の業火に焼かれながら 彼女は選ぶ 永遠の苦しみを 昇天など望まず ただ立ち向かう道を 狂気すら纏う憎しみの中 静寂など見つからず。血潮は沸騰し、復讐の炎を燃やし続け 闇の領域、暗黒の荒野を駆け巡る。汝、勇者の冠を戴き 白銀の牙で敵を蹴散らす者 その名は伝説に記される』」


 内心ビビりまくっているオリーヴがあの場に行くのを先延ばしにするため、長々と妄言を吐き続けるのを聞き飽きたメリーさん。

 暇つぶしに平和に電話をするのだった。


『――ん? メリーさんか。今日は(電話が)遅かったな?』

「あたしメリーさん。電車が遅れていま出たところなの。もうすぐあなたの後ろに着くの……」

『蕎麦屋の出前の言い訳か! 実際には何もしてなかったんだろう!?』

「そんなことないの。いまオークキングと戦うところなの……」

『オークキング……?』


 怪訝な様子の平和にメリーさんは鞄から女児限定おやつの定番、おまけが本体、お菓子売り場の宝石箱セボ◯スターを取り出して開封しつつ、カクカクしかじかと現在の状況を話し始める。


「――って、私を放置しないで電話してんじゃないわよ!」

 完璧に無視されたオリーヴがオラつく。

「問題にはキッチリ線引きしろとアドラー先生が言ってたから、メリーさんも線引きしただけなの……」

「誰が問題よ! あとおやつがあるなら私にも分けてくれてもいいでしょう。どうせアンタのことだから、おまけの85種類にシークレットも含めたコンプリート目指して複数買ってるんでしょう、セボ◯スター!」


 飢饉で追い詰められ、人間を喰うことを覚悟した農民のような目つきのオリーヴの圧に押されて、メリーさんが舌打ちしながら鞄から箱を取り出して渡した。


「――ちっ、目敏い女なの……」

「ありがとー……って、代わりにセブ◯スターを渡すとか、ベタなギャグをするんじゃないわよ!!」

 渡された煙草の箱を地面に思いっきり叩きつけるオリーヴ。


❖ ❖ ❖ ❖ ❖


「漫画版もちょうどオークキングと対峙したところで『coming soon』ってなっているから、ここで先にネタバレがてらメリーさんが強引に展開を進めるの……!」

 と言い訳を並べながら、どこからともなくバカでかい包丁を取り出すメリーさん。

「鯨包丁っ!!」


『それは包丁というにはあまりにも大きすぎた 大きく 分厚く 重く そして大雑把すぎた それは正に鉄塊だった』


「なによ、そのバカでかい包丁……は!?!」

 メリーさんの背丈よりも刀身が長く、幅も広い、どう見てもクジラを解体するための包丁と言う名の何か……。あえて言うなら絵の短い青竜せいりゅう偃月刀えんげつとうを二回り巨大化させた武器を前にして慄くオリーヴ。


「実物を初めて見る初心うぶなネンネなら、その衝撃も理解できるの。このでかくて凶悪で反り返っている代物ぶつは、鯨の頭部どたまや背骨を切断するための専用包丁ぶきなの。しかも、切れ味には定評のあるダマスカス鋼製の特注品。これなら豚の化け物でも一刀両断なの……!」

 鼻息荒く言い募るメリーさん。

「……そりゃまともの当てればそうかも知れないけどさ」

 すでに持っている段階で足元がふらついているメリーさんに一抹どころではない不安を覚えてオリーヴが呟く。


「当たらなければどうということはない」

 なぜか仮面をかぶったどこぞの三倍速い赤い人が、その場を高速で通り過ぎながらツッコミを入れて去って行った。


「メリーさん思うんだけど、『地上最大のロボット』って『地上最強のロボット』のタイトル詐欺か間違いだと思うんだけど、なんで誰も修正しないのかしら……?」

 そしてどうでもいい疑問を口にしていたメリーさんの向こうでは、走って行った赤い人がどっかの少年に捕まって、「修正してやるッ!」と修正パンチ鉄拳制裁を食らっているのだった。


「ねえ、どうでもいいけど、このクジラ包丁…? 一緒に梱包されていた説明書に『騙須ダマス カス氏謹製・ステンレス刃物鋼/製造・中華帝国』って書いてあるんだけど、もしかして安物の粗悪品を高値で買わされたんじゃ――」

 オリーヴの懸念の言葉が終わる前に、メリーさんが一気にオークキング目掛けて真っ向から切りかかる。

「食らえ、必殺――天空大鯨電光剣ファイナルソードゴッド疾風怒濤ビッカー唐竹割りしつつVの字斬りっっっ!」

 いろいろと全部盛りしたらしい必殺技を、メリーさんは全体重をかけて放った!



 メリーさんの体重約16㎏VSオークキング320㎏



「???」

 腹の皮膚にちょっとだけ食い込んだ鯨包丁を前に、蚊に刺されたような表情で小首を傾げるオークキング。

「わーーーーーっ!!! 悪気はないんです、この子、ちょっと頭おかしいだけでっ!」

 オリーヴがジャンピング土下座をするのと同時に鯨包丁が粉々に砕け散るのだった。





 ダンジョンの奥深く。オークキングが根城にしているボス部屋にジャラジャラと不規則な音が響き渡る。

 見ればオークキングを中心にメリーさん&オリーヴ+草臥くたびれた風情の中年冒険者が麻雀卓を囲んでいた。


「しょせん模造品バッタもんは駄目なの。――ここでカンなの!」

 躊躇いなく牌を飛ばすメリーさん。

「“弘法は筆を選ばず”じゃないの? ま、最初から負けフラグは見えてたけど」

 卓を挟んでオリーヴが混ぜっ返す。

「史実では弘法あいつ結構筆をえり好みしてたの……カンっ」


「さっきからカンカンカンカンうるさいぞ! ったく……他家にドラが乗るザコや、コーツやジュンツで手牌を分ける初心者ほどカンカン鳴きやがって……」

 半ギレで怒鳴り返す無精ひげのオッサン冒険者。


「初心者とはとは失礼なの。メリーさん、麻雀とエロには一家言も二家言もある、とある出版社に討ち入り……じゃなくて交渉に行った時に、とりあえず一緒に麻雀をやったら編集者が震えたほどの腕前なの……」


 ちなみにその時には初っ端3連続で發を捨て、チートイだけだと2ハン。ドラ単騎とか狙ったらしい。


「それは素人過ぎて、別な意味で震えたんだ!」

「でも、それなりに実りのある成果だったの。二巻も出たしまた行こうかしら? あ、あと麻雀用語で冷たいお茶を『ツメチャ』。冷たいおしぼりを『ツメシボ』、熱いおしぼりを『アツシボ』っていうのを教わったの……」

「それは麻雀用語じゃない。謎の雀荘用語だ! ったく……仲間の大半は『ここで生き延びたら大幅パワーアップするのが定石だから』『そうそう。無能スキルが覚醒するパターンだよ。じゃあなーっ』って言って置いてきぼりしやがって!』


 どうやらよく居る『パーティーの中でお荷物だとされて、最下層で置き去りにされた』無能冒険者らしい。

 ちなみに仲間から使えないとされた固有能力は【オッキするとちんちんの皮が剥けなくなる能力】であった。


「麻雀狂いのオークキングに捕まって、何の因果か延々と魔物と麻雀打って。最下位の泣きのもう1半荘を4人分繰り返して、結局4半荘やったかと思ったら、まさかの魔の5回戦に突入して絶望していたところで、やっと助けが来たかと思えばいきなり瞬殺されて、二抜け要員になっただけとか……」

 ぶつぶつと恨み言を暗黒の吐息のように放ちながら麻雀牌を動かすオッサン冒険者。


「あたしメリーさん。今、親は誰だっけ……?」

「風牌持ちながら聞くんじゃねえよ、ド素人!」

「メリーさん、どーでもいいけど喉が渇いたの。次負けたヤツ、ジュース買いに行くことにするの……!」

(((メリーさんコイツが負けるな)))

 刹那、暗黙の了解で麻雀をしていた全員の心がひとつになった。


 一方、オリーヴは2待ちで5切リーチしたらリーチ牌鳴かれて河で誤魔化せなくなってしまい、どうやってメンバーに思い出してもらおうか必死に考え中であった。


❖ ❖ ❖ ❖ ❖


 抵抗むなしく管理人さんの謎の薬Ⅹと、真季お手製のおぞましき液体、そして万宵まよい特製の龍珠茶りゅうしゅちゃ。そしてとどめに闇医者であるドクターPが処方してくれた薬を飲んだところで俺は意識を失った。


 と――。

 猛烈な寒さを感じてハッと我に返って周囲を見回すと、灰色の大地が広がる荒涼たる大地に俺はパジャマ姿でひとりぽつねんと立っていた。


 360度どこまでいっても草一本生えていない不毛の大地――軽く絶対零−273.15度を超えているので(つまり地球のある宇宙ではないということだ)並みの生命体では生息することは不可能だろう――が続いているが、よくよく注意して見ればオーロラのように巨大で不安定な“銀の鍵の門”が鎮座し、ついでに目にしただけで頭がおかしくなりそうな『名指し難き』『冒涜的な』デザインの修道院が一軒建っている。


「……レン高原じゃないか」

 げんなり呟いた俺は、とりあえず修道院目指して歩みを進めることにした。

 確かあそこにはナイアーラトテップを信奉するという、無茶苦茶レアな神官――確か今はまだランドルフ・カーターとかいう異端の碩学――が住み込んでいるはずである。

 ちなみに周囲にはレン高原ここから俺を出し抜いて、逃げられたと吹聴しているが、当然のことながらそんなわけはなく、偽物(と言うか俺の分体)が本物面して、そのうちここ一番という場面で「うそぴょ~ん♪」とやる予定でためている段階であった。


 途中で襲ってきたレン人とムーンビーストをジャイアントスイングやアルゼンチンバックブリーカーで仕留めつつ、修道院中に入ってみれば……。


「ほれ、ポン!」

「ロン!」

「あ、それ待った!」

「…………」

 たまにこの場に顕現する〈眠りっ放しの姫君Azathoth〉とともに、この地を守護するはずの“蕃神ばんしん”やら“カダスの大いなるもの”、そしてランドルフ・カーターが麻雀を打っていた。


「てめーらが原因かーーーっ!!!」

 異世界のカオスな状況の元凶に行き合わせた俺が、思わず“夜に吠えるもの”モードで怒鳴りつけるが、〈眠りっ放しの姫君Azathoth〉は当然のように眠りながら麻雀しているし、他の連中もこの程度でビビるような繊細な神経はしていない。


「てゆーか、お付きのお前らが止めろよローラ、エマ――いや“トゥールスチャ”」

眠りっ放しの姫君Azathoth〉の背後に侍っていた、基本的に主の無聊を慰めるために宮殿で歌って踊って余興をする外なる神(現在は形を変えてメイドをしている)に矛先を向けるも、両名とも苦笑いで首を竦めるだけであった。


「とーもーかーく、そろそろ麻雀にも飽きる頃だから、お前たちも……ついでに目くらましに何も知らないスズカも連れて救出に行くなり、どうにか早急に手を打て」

「「はい、わかりました」」

 俺の指示に両者が頷くのと同時に、俺の懐にしまってあったスマホが鳴った。


『あたしメリーさん。いままだダンジョンにいるの……』

「俺は今まさにお前の目の前にいるんだけどな……」

「『???』」


 疑問符を大量に浮かべる〈眠りっ放しの姫君Azathoth〉(とメリーさん)にため息を放ちながら、俺は再び地球に戻るべく気合を入れ直すのだった。


❖ ❖ ❖ ❖ ❖


 このダンジョン内には野良の自販機がうろついている。

 先史文明である“ウチのねこ自慢帝国”(ツルハ1000年女王国ミレニアムとの戦いで相討ちになった)で作られたオーパーツであり、ゴーレムの一種と思われるが基本的に魔石を投入すれば(A・Cアーカム・コインにも対応)、その場で商品を提供してくれるし、物理的に壊そうとするとタームネーターモードで相手が死ぬまで追いかけてくる。


「うろつきなの。18禁なの、ある意味オーク以上にメリーさんみたいな美幼女や美少女が危険なの……!」

 乾いた笑いを放ったスズカ以外、頭の上に疑問符を浮かべた他の三人だが、そういう懸念はいまのところなかった。

 そう、いままでは……。


『♪でんでんがんがん ほいでんがん がーんばれ、ロリコン でんがらがったほいでんがった♪』

 陽気な歌がダンジョン内をこだましていた。

『♪おいらーは、自販機。自販機だっけーどー。思い込んだら、命がけ~♪』

 全身が真っ赤で丸っこい自販機がダンジョン内を歌いながら徘徊している。


 ちなみにここのダンジョンは、初級【麻雀コース】と中級【エロエロコース】、そして二度と帰ってこれない超難関【上昇負荷コース】とに分かれていた。

 いま自販機が通っているのは初級【麻雀コース】の通路である。


『♪一推し 二推し 三に推し~。推してダメでも、推しまーくる♪』

 何百年何千年と無目的に活動していた彼(?)だが、先日、初めて金髪碧眼の幼女を目の当たりにする機会があった。

 このダンジョンに来る人間と来たらほとんど男でも女でも、腹筋がシックスパックかエイトパック(体質で3割ほどは8つに分かれる)に分かれている蛮人ばかりであったが、初めて見た『幼女』という存在に心奪われ。彼の本来ならあり得ない“性癖”というものに刺さりまくり、こうして訳の分からん存在へと変貌してしまっていたのだった。まさに(邪)神の悪戯であろう。


『♪どっこい負けるか ロリ根性!』

 と、そこでもう二度と聞くことがないと思われていた幼女の声が、彼方から聞こえてきた。


「――あたしメリーさん。いままだダンジョンにいるの……」

 それに合わせてオークキングの遠吠えも!


 幼女とオークキング。助けも呼べないダンジョンの奥地。何もないわけもなく……。

『!!!』

 刹那、自販機の全身をシャイニング(!)がはしった。

『緊急事態発生! ゴーッ、トランスホーム!!』

 ガッチャンガッチャンと謎の変形を遂げる自販機は、見た目あまり変わらず手足が生えて目玉が開いた形態になり、さらに――。

『♪プ~ロ~ペーラーぶるるん オー●ープーレーイーッ♪』


 プロペラを展開して、一目散にボス部屋目掛けて急行するのだった。


 しばし後、

『百馬力~♪』

「ぎゃあああああああああああああ!!!」

「ぎゃあああああああああああ!!!!」

「おっと……なの」

「ドサクサまぎれに卓をひっくり返して負けをなかったことにするんじゃないわよ、アンタ!」

 自販機のドヤ声とともに何かをブチブチと引きちぎる音と何かの液体がブチ撒かれる音、そしてオークキングの断末魔の絶叫。

 そして間近で自販機がオークキングの五体を無理やりバラバラにするという、18禁の光景を見て腰を抜かしたオッサンの悲鳴。

 さらにデカリャンピン(1000点=2000A・C)で五億点(=百万A・C)の負けという状況にあったメリーさんが麻雀牌と点棒を卓ごとひっくり返して、勝負を有耶無耶のうちになかったことにしていた。


 ちなみに一応口では咎めつつ、二億六千万点の負けだったオリーヴもあからさまに安堵の表情を浮かべて、隣でオークキングがわけのわからんロボット(?)に惨殺されている光景から目を背ける。

「ちょうど喉が渇いていたので、コーラくっださーいなー♪……なの」

「呼び寄せるんじゃないわよ!」

『おおおっ……ロリ……頑張るロリ魂……』

 まったく斟酌せずに殺人(殺豚?)ロボを呼び寄せるメリーさんに、脂汗を流しながらオリーヴがツッコミを入れた。


「あたしメリーさん。牛乳とコーラを混ぜると透明な液体が錬成できるの……」

「どーでもいい豆知識を、この場で実践しようとするんじゃないわよ!! てか、どーみても殺人ロボでしょう、自販機あれッ。よくよく考えてから行動しなさい!」

 指先から『牛乳魔術』でミルクを絞り出しつつ、脳天気に答えるメリーさんに言い聞かせるオリーヴ。

「メリーさん了解なの。――おっちゃん、コーラくっださいな~……なの」

 了承した……と思った瞬間、先ほどの焼き直しをするメリーさんであった。

「躊躇なく再放送するんじゃない!!」

「メリーさん黙考したの。1ミリ秒(0.05秒)くらい……」

「どこの宇宙刑事の変身プロセスか!? そーいうのは黙考とは言わないわよ!」


 なお、この後オークキングの生首持って、血まみれの自販機が意気揚々とメリーさんに近づいてきたところで、謎の巨大な目玉の怪物が現れ、

「このロリコンどもめーーっ!!!」

 自販機との第二戦が始まったのだが、さすがに付き合いきれないと隙を見て脱出――ボス部屋なので、ボスが討伐されると外に出られる転移門エレベーターが稼働する――したオリーヴと、金目のものを抱えて火事場泥棒してきたメリーさん、ついでにオッサンであった。


 オークキングの生首もちゃっかり回収してきたので、討伐報酬も貰えたメリーさんであったが、実際に斃したわけではないのでレベルの方はほとんど上がらなかった……と、非常にお冠であったという。


 ついでにオッサンは、“置き去りにされたお荷物冒険者は生きている理論”で誰も心配していなかったらしいが、“追放された冒険者は強くなる理論”に逆らって、

「まるで成長していない」

 と白眼視されたそうである。


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