番外編 あたしメリーさん。いまオークキングが誕生したの……。
王都にある冒険者ギルドのひとつ『冒険者ギルド[アシスト
夕暮れが去り夜のとばりが落ちてきた時間帯。通りがかりにそれを眺めながら、一杯ひっかけてきた帰りらしい職人たちの一団が、タガが外れた調子で好き勝手言いまくる。
「ブラック企業の定番うたい文句だよな『アットホーム』って」
「そうそう。あれって婉曲に親族経営とか、上がワンマン体質って言ってるも同然だからぁ」
「あと『
「『
「それと社員が笑顔で肩を組んでいる写真や笑顔でガッツポーズしてたり、飛んだり跳ねたりしている奴も明らかに地雷だよな。要するに作った笑顔以外に、何もアピールすることがないってことで……」
「ぐはああああああああああああああああっ!!!!」
「手取り20~40万って話だったのに、実際は最低賃金のさらに下……」
「何が店長候補だ! 責任とノルマだけかぶせて月360時間残業で、もっと人件費減らせとか!」
「俺が組んだプラグラムじゃねえのに、なんで出先まで最低一カ月出向で、契約上旅費もホテル代も出ないとか、舐めてるのか!?!」
それを聞いていた社畜転生か転移組らしい連中が、
そんなものすごくどこにでもありそうな、ありふれた名前――他にも「アドバンス」「サンライズ」「フロンティア」「アクティブ」「ネクスト」あたりが鉄板で、名字で言えば「佐藤」「鈴木」「高橋」「田中」くらい石を投げれば確実に当たる
「僕の名はジュリー=ケイ=フジ……じゃなかった。ガ◯バロン。 ――お尻は狙われているっ!」
残っていた職員が一瞥して、即座に興味をなくした様子で日常業務に戻った。
何しろここは冒険者ギルド。おっさんもビキニアーマーを着る世界観を踏襲しているファンタジー世界。基本的に冒険者など奇人変人の巣窟なので――特に最近はとある幼女勇者のせいで感覚が麻痺している――この程度の相手は日常茶飯事なのである。
「「「「「……すみません、本日の営業は終了しましたので、また明日の営業時間にお越しください」」」」」
一斉にテンプレートの返答をしてお引き取りを願う冒険者ギルド職員たち。
ただでさえ忙しいのに、この上時間外に余計な案件抱え込んでたまるか! という笑顔とは裏腹の鬼気迫る本音が露骨に透けて見えた。
「お前、拾ってもらったんだよな? 辞めるって恩を仇で返す気か? 」
「お前の代わりはいくらでもいるんだ」
「お前なんで来てんの? 」
「ここでダメだったら勤まる職場なんてないぞ! 」
「新卒なんて使えないとわかれば半年で首にしろ。半年後にはまた新卒が入ってくる」
『アットホームな職場』とは裏腹の殺伐とした光景に、ジュリー=ケイ=フジとやらは密かに戦慄するのだった。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
『大体において異種族のおとーちゃんが違う種族のメスとやったから雑種が生まれるとか非科学的なの……』
『呪いの人形が科学を語るのもどうかと思うけど、ま、確かに生物の進化って、選択や環境に対する淘汰圧力とかが原因で、10世代くらいでガラリと変わるらしいし、交雑種は一代限りで子孫を残せないあだ花なのがほとんどだからねえ』
交雑種が子孫を残せない身近な例で言えば『三元豚』がそれにあたる。
アレはランドレース種やバークシャー種なんかの三種類以上(四種類だと四元豚になる)の純粋種の豚を掛け合わせた1代雑種で、三元豚同士を掛け合わせても三元豚は生まれずに、元になった雑種が生まれるだけだ。
『そういえばメリーさんが通っている幼稚園には、母親が鬼の姫だか天狗のお嬢様で、父親が料理ができるだけのただの人間とか吹聴している園児がいるけど、他の園児からは差別の対象になっているの……』
『『『異種族婚……!』』』
『『『獣姦だ、獣姦だっ。お前のとーちゃん変態だ!!』』』
異世界の幼稚園児は容赦ないな、おい。
『当人がハンサムで勉強ができてスポーツ万能、性格も良い出木杉君みたいな相手だから、親が貴族とか金持ちの七光りなだけで、他に何の能もない阿呆な園児のやっかみもあると思うの……』
「お前のことだな」
『メリーさん照れるの……』
「出木杉の方じゃねえ! どんだけ自己評価が高いんだ!?」
“そういえば日本じゃあまり聞かないけど、中国だと幽霊と結婚するパターンもあるのよね”
洗い物を終えた霊子(仮名)が、なぜかチラチラ俺の方を窺いながら思わせぶりに口にする。
「ほう。日本だと鶴とか亀とか蛇とか狐、雪女なんかが定番だけどな」
“
「死人が生き返るとかDB並みに命が軽いな、おい。んなことがホイホイできるのは“神”かそれに類する存在くらいなもんだろうに」
と軽口を叩きつつも、なぜだろう? 霊子(仮名)から妙な圧を感じる。
『で、何日か前にスズカと出かけたときに、冒険者ギルド前の広場でバザーがやっていたのでメリーさん覗いてみたの……』
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
● つわりバンド:腕に付けるとつわりを軽減できるマジックアイテムです。手首に吐き気を抑えるツボがあり、その部分を刺激します。
● つわ◯ン:妊娠初期のムカムカが辛い時に飲むゼリー。
● 天使の卵:ほんのりミントの香りとさっぱりとした清涼感のあるミントティーで、つわりの妊婦さんも飲みやすいです。
「あたしメリーさん。『天使の卵』って、もっとこう天◯喜孝風パッケージで、見るからに薄幸そうな少女が謎の卵を温めてるんだけど、最後勝手に卵を割られて地割れから落ちるイメージなの……」
「それは違う『天使の◯まご』です! あとこのあたりの商品はメリーさんには関係ありません!」
「ならスズカには関係あるの……?」
「ありません! コンビニのおでんに味噌がなくてカラシだけとか、定食の味噌汁が白だしだとか、トーストに餡子が塗ってないくらいあり得ません!!」
断固とした口調で、メリーさんの手を引っ張って足早にその露店から離れようとしたスズカ。
「メリーさん的にはそっちの方がないような気がするの……」
釈然としない様子のメリーさんに逆に釈然としないスズカであったが、
「ぼこぼこ……もしかして、スズカ……ぼこぼこ……」
通り過ぎかけた露店の店員から思いがけずに声をかけられた。
見ればアイドルのブロマイドやグッズを売っているらしい露店で、正体不明の――マジで全身旧式の潜水服みたいなのをまとった――人物が親し気に手を振っている。
よくよく注意して見ると、水を防ぐための潜水服ではなく、逆に内部に水をためてエラ呼吸を助ける、半魚人や水棲人必須の潜空服であった。
「……誰?」
首を捻るスズカに向かって、さもありなんとばかり頷く謎の人物。
「わたしわたし、ほら、中学の時同級生だった――」
「――では、忙しいのでこれで」
「スズカの中学ってバケモノの巣窟なの……?」
異世界転生して中学の時の同級生がいてたまるか――とばかり、失礼千万なことを聞いてくるメリーさんの手を取って、即座に踵を返すスズカ。
「いやいや、オレオレ詐欺じゃなくて……ごぼごぼ……。ほら、金パチ――三年B組の時に同級生だった」
「――っ!? 当時の担任のあだ名を知っているとは……」
慌てて追いすがる謎の人物が告げたワードにスズカは愕然とした。
「そうそう。あの金髪八重歯でパチモン臭い、略して金パチ先生」
途端にスズカの脳裏に前世――中学三年の時の担任で、国語教師であった金パチ先生の独特の授業風景がよみがえる。
「いいかお前ら! お前たちはケツの青い
『童』と黒板にチョークで書く金パチ先生。
「ちなみに『童』というのは刃物で両目をつぶした奴隷を象った文字のことで、お前らは教師の言うとおりに、よそ見をせずに奴隷のように従っていればいいんだ!!」
「……いまだったら色々とアウトな問題教師ばっかりだったわね」
ついでに家庭科教師・音楽教師・体育教師のハズレ率の高さを思い出してげんなりするスズカ。
さて、無茶苦茶を言う金パチ先生の持論に対して、そこは腐っても教師、馬鹿でも教師、非常識でも教師なので逆らうわけにもいかず――昭和の時代は教師は偉くて絶対なので、保護者も唯々諾々と――従っていた暗黒時代の思い出に付随して、ひとりの同級生だった女子生徒の顔が重なった。
「その通りです先生っ! わたしは先生のお考えに感銘を受けました! あ、地元の銘菓クラブ◯リエのバームクーヘンです。餡をくるんだ三角形の上生菓子のういろう……
立ち上がってクラスの人気者で通っている男子三人組。通称“きんたのトリオ”を引き連れて、目立たない女生徒が、明らかにバームクーヘンとは思えない、どっしりとした重量感のある菓子折りを金パチ先生に渡すのだった。
「おおぅ、わかってくれるか! うんうん。先生は猛烈に感激しているぞ!!」
どす黒い教育現場の裏側――賄賂の受け渡しを目前にして、三年B組の生徒たちは現実の過酷さと、地元名物を貶められても抗議できない自分たちの無力さを噛み締め、ある意味これを生涯の反面教師とするのだった。
ちなみに金パチは九州出身で、くだんの女子生徒は関西出身である。
そんなことを一瞬で思い出したスズカ。
「――もしかして、北川さん?」
当然ながら微妙に懐疑的に尋ねる。
「うん」
「問題1.滋賀県全体に占める琵琶湖の割合は?」
「6分の1」
「問題2.滋賀県民が持っていないと非県民扱いを受けるカードの名前は?」
「平◯堂のH◯Pカード」
「問題3.滋賀県民の殺し文句は?」
「“琵琶湖の水止めたろか”」
そこまで質疑応答を繰り返したところで、完全に納得したらしいスズカの警戒が溶けた。
「うわ~~っ、確かに北川さんだわ……」
「ごぼごぼ……そう……あの後、び◯湖放送(略称BBC)が余計なことしなければ、会社も倒産――あ、いえ、いろいろあって異世界転生をして、淡水系水棲人『
「狐よ、狐! こんこん様よ!」
やっぱ
「ええと……ジュリー? あなた見た目以外は変わらないわね……」
「スズカは狐耳とか尻尾とかであざとさが増したけど、見た目も中身も中学時代とあんまり変わってないんじゃない? 特に胸の当たりとか」
やっぱりコイツ嫌いだ。
転生前の知り合いにたまたま会うという、ある意味運命的な出会いであったが、単純に腐れ縁だったわ。そうスズカが完全に理解したところで、不意に広場前にメガホンによる大声が響いた。
反射的に見れば、中東風の頭にかぶったクゥトラとゆったりとしたトープをまとい、でっぷり太った中年男性が盛んに何やらアピールしている。
『冒険者の皆様! そして肉をこよなく愛するご家庭の皆様! 本日は私、ジャスタウェイ・ブッチャチャが皆様に素晴らしいマジックアイテムをご紹介いたします! これぞ魔法の代わりに科学技術が発達した異世界チキューの技術を再現した、未知なる英知の産物。人呼んで――』
それに応じて四姉妹らしい十代後半から前半までの、妙に所帯疲れした少女たちが、荷車に巨大な
豚を模った一見するとピンク色の陶製をした全長3mほどの置物に見えるそれは――。
「巨大蚊取り豚……?」
見たままメリーさんが口にする。
『違~~う! これぞチキューの科学が生んだ傑作。口の中に肉や生き物を詰め込むと、たちまちソーセージやハムに加工してくれる科学の
「「「「「「そんな極端にアホな科学は地球にはないっ!」」」」」」
その場にいたスズカやジェリーをはじめ、地球出身者たちから、たちまち否定の言葉が噴出した。
【豚肉の生食:食中毒になる。新鮮かどうか限らず、仮に生きた奴を生で齧りついてもE型肝炎ウイルス(HEV)に感染したり、サルモネラ菌やカンピロバクター等の食中毒のリスクがある。猪や鹿の内臓も同じなので、お肉や内臓はよく加熱して食べましょう。】
「――ということで、現在は豚やら猪やら牛やらの解体・精肉は職人の手腕にかかっている! だが現状一日に供給できる肉の量は消費を遥かに下回っているのが現状であ~る!」
冒険者ギルドの前にある広場で、《スマイル・ピッグ》とやらを前にして熱弁を振るうジャスタウェイ・ブッチャチャ。
「だが、そんな手間もこの《スマイル・ピッグ》にかかればたちまち解決です! ――ええと、冒険者の皆さん必要ない魔物の臓物や廃棄予定の部位がありましたらご提供願えますでしょうか?」
それくらい自分で用意しとけよ、手際悪いな~……という
「くっ……! この《スマイル・ピッグ》開発のために有り金を使い、借りられるところからは借りまくり、子供たちの食費にも事欠くありさまでなければ……」
忸怩たる思いで唇を噛むジャスタウェイ。
「「「「おとっつあん!」」」」
娘たちも父の無念を知ってか文句も言わずに労わりの目を向けるのだった。
「あたしメリーさん。その割にはオヤジ肥え太っているの……」
「……そーいえばそうですねー」
目の前で繰り広げられる浪花節に半分ほだされかけていたスズカが、メリーさんの無遠慮な一言で我に返った。
その間にも情にもろい冒険者たちが、使い道のないワイルドボアの生首とか、糊工房(馬を素材にした膠は昔は◯ーロッパでよく見られた)で潰したスカシ馬の臓物とかをもらってきて、せっせとと《スマイル・ピッグ》の大きく開かれた口の中へと放り込む。
ついでに何か勘違いしているのか、通行人がいらなくなったホモ雑誌の束を、ドサクサまぎれに処分していた。
その様子を眺めながら、ジャスタウェイは口惜し気に吐き捨てた。
「おのれ……せめて、せめて、かき集めた最後の生活費を一点に張り込んだ、今日のレースで大穴のファビュラスブラザーが一着になっていれば、娘たちにこんな苦しい思いをさせなかったものを!」
「「「「競馬で生活費を使い果たしてんじゃねえええええ!」」」」
刹那、四姉妹の鉄拳がオヤジの肥え太った腹にさく裂する。
「げほっ――!?! ま、待て。父さんはもう絶対にギャンブルなんかしない。賭けてもいいぞ」
「「「「そう言っている時点で信用なんてあるわきゃないだろう!!!」」」」
激昂した四姉妹は
周囲がドン引きしている中、《スマイル・ピッグ》が目を点滅させながら起動。
全身を震わせながら何やら作動していたが、15分ほどしたところでピタリと動きが止まり――。
「わははははははははははははっ! ホモはいいぞ~! やはり娘よりも美少年だな!!」
ジャスタウェイ・ブッチャチャ――ではなく、豚の顔に牛の角とか、馬の尻尾、鶏の翼などいろいろいろいろ混じった謎の二足歩行をする怪物が、《スマイル・ピッグ》本体をぶち破って現れ、いきなり高笑いを放った。
「あ、やっぱり失敗か」
長女らしいジャスタウェイの娘が、ため息とともに独り言ちる。
それを皮切りに姉妹たちが口々に愚痴りはじめた。
「安く上げようと材料をケチって半分ハリボテだったもんね」
「肉抜きは効果ないって言われただろうに」
「肉作るマシンだけになおさら……ね」
そして最後、四姉妹で一斉にため息をつく。
「「「「はあ~~」」」」
それはそれとして――。
「……なにあれ……?」
唖然としたスズカの呟きに応えるかのように、豚男はポーズを作って自己紹介を始めるのだった。
「我こそはオークキング。その名も……えーと……むう、記憶にないな」
「いや、あの……記憶以前にいま誕生したばかりだから、何もないんだけど」
「ジャスタウェイ・ブッチャチャなの……!」
スズカとメリーさんのツッコミに、腕組みをして考え込むオークキング。
「名前がくどいな。もうちょっとピンとくる名前が欲しいところだ。あと“ブッチャチャ”というふざけた響きの名字はいらん」
「「「「ブッチャチャで悪かったわね!」」」」
いきなり名字をDISられた四姉妹が一斉にオークキングに食って掛かった。
しかし柳に風で完全に無視して、オークキングは思案していたが、何か思いついたのかポンと手を叩く。
「ジャ……気楽に“ジャニー”と呼んでくれ」
呼べるかそんなもん、という無言の抗議も何のその。半壊した《スマイル・ピッグ》を両手で掴んだオークキング・ジャニーは、
「修理すればまだ使えるな。よし、これでオーク軍団を作り上げ、この地上に生きるすべての美少年を我が軍門へ菊門ごと下らせてみせよう。――では、諸君さらばだ!!」
そう捨て台詞を残して、背中の翼を広げて《スマイル・ピッグ》を抱え、高笑いを放ちながらこの場を飛び去って行くのだった。
「あたしメリーさん。犠牲になるのが美少年限定なら特に問題ないの……」
完全に他人事というスタンスで、小さくなっていくジャニーの後姿を見送るメリーさん。
「いや、どーなんでしょう。う~~ん……?」
考え込むスズカに向かって、
「いやいや、大問題だって! ごぼごぼ……トチ狂ったオークキングがオーク軍団を量産して……ごぼっ……攻めてくるんだよ! きちんと警告しないと!」
意外な熱心さでジュリーが正論を口に出した。
「金一封もらえるかも知れないし、あと現場にいたけど、わたしは無関係だと表明しないと!」
結局のところ金と自己保身が原動力だったらしい。
「いや、まあいいけどさ」
どこまでも無関係を貫こうと、そう決意を新たにしたスズカであった。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
『思った以上にくだらない話だったわ。聞いて損した。無茶苦茶後悔してるわ、いま』
心底辟易した口調で盛大に吐き捨てるオリーヴ。
『メリーさんもそう思うの……異世界転生する社畜やいじめられっ子と同じで、死ぬ前にショボそうな走馬灯しか見られなそうな、うだつの上がらないオヤジが、なにもない人生に何とか凹凸を生み出すために、ない頭を必氏に振り回して余計な事をやらかしたってだけの話なの……』
しみじみと同意するメリーさんの声を聴きながら、俺は現在無料視聴が可能な『幽霊VS火星人』という、タイトルだけでもB級の臭いがプンプンする映画を見ていた。
“前に『幽霊VSエイリアン』『幽霊VS忍者』『幽霊VS鮫』って変なシリーズの映画も見たことあるけど、幽霊をなんだと思ってるのかしら……てゆーか、ちょくちょく
隣で相変わらず妄言を吐く妄想。
つーか
『あとここでオリーヴに残念なお知らせがあるの……』
『アンタが沈痛な顔で「残念なお知らせ」とか言うと、マジで手に負えない仮面ライダーアバドーンが終焉を奏でるカタストロフィーか、虚無なる幻影のフロクシノーシナイヒリピリフィケイションかのどちらかなので、マジで聞きたくないんだけど……』
エンガチョと言いたげな口調でオリーヴがせめてもの抵抗とばかりに、やたら迂遠な表現で愚痴った。
『神代、宇宙
幽霊の語り口に呼応するようにして、映画の中では地球上に蔓延している『厨二病』に罹った火星人たちが取り憑かれたかのように、
『自由ってのは眩しいものだな……』
『これだから人間ってやつは侮れない』
『例えそれが火星神の選択だって言うのだとしても……! 俺がそれを変えてみせる……!』
『間違っていたのは俺じゃない、世界の方だ』
『全て無に還るがいい……必殺・ヘブンズフォースセイクリッドテンペストフレア!』
火星軍から続々と離反して同士討ちを始めるのだった。
げに恐ろしきは "厨二病"。
「怖いな "厨二病"。免疫のない相手には
そういえば
《某日、学食にて》
俺が無料の天かすを大量に乗せた『かけうどん(税込275円)』と『大盛りライス(税込143円)』でワンコイン以内に収めたのに対して、
とは言え先輩が大食いであるとかではなく、向かい合わせの席に座った俺に、ほとんどのおかずをシェアしてくれるから――いつもながら面倒見の良い、親切な先輩である――である。
で、その日もいつものように飯を食べながら駄弁っていた。
なお、ドロンパは「朝はコンビニのサンドイッチ。お昼はハンバーガーを食べないと調子でないデス」とのことで、たいがい近場にあるハンバーガーチェーン店に行っている。
あとヤマザキは午前中講義がないのと、一時間ほど前に、
『うおおおおおおおおおっ! 電車内で痴漢にあっている女性を助けたら一緒に食事を誘われたでござる! これから彼女と出かけるので、めしどこかたのむでござる!!』
劇的な出会いがあったらしいので、「下手に背伸びしないで普段行ってるところにしておけ」と返事をしてそれっきりなので、楽しくデート中だろう。羨ましい限りだ。
「――そういえば、前から思ってるんですけど
「そ、そぅ……? うふうふふ……」
面食らった様子で一瞬息を止めてから、きちんと茶碗と箸を置いて口元に手を当てて照れる様子の
実際、食事の様子を見ればその人間の教養や性格、家庭環境など丸わかりになるので、日常生活の中では一番無防備な素が透けて見える行為だと思うんだよね。
そんなわけで普段の素っ頓狂な言動とは違って、すでに完成されている――明らかに幼少の頃からの積み重ねを感じられる――一朝一夕の付け焼刃ではない育ちの良さに感嘆するとともに、
「あと眼帯付けた片目でよく距離感が掴めますね」
そっちの方にも感心するのだった。
「ふっ、我がインフィニティたる霊眼は封印されしいまも、咲き拡がる泡沫のごとく七彩をスペクトラムするからね」
眼帯を押さえて
「……つまり、一見して見えなそうで実は視界は確保されているという意味ですね」
「…………。」
そう意訳すると
そこへなぜかかかってくるメリーさんからの電話と、ヤマザキからのコミュニケーションアプリ『
「ちょっと失礼。――なんだメリーさん?」
『
「知らん! オリーヴかスズカに聞いてくれ。あと友人からのSOSが
藪から棒に訳の分からん質問をしてきたメリーさんを放置して、ヤマザキからの
【いま
なぜ『
だがツッコミを入れる前に、肝心のSOSの中身が来た。
【彼女の年齢が29歳だったのでござるが、どうしよう?】
あー、一回り近く上か。ちょっと年の差があるが、まあこれまで女っ気がまったくなかったヤマザキのことだし、リードしてくれるような相手の方がいいかも知れん。
〖大丈夫だ。ギリ20代ならまだいける。頑張れ〗
【そ、そうでござるか? 確かに見た目は20歳そこそこの美女でござるが】
〖そうそう。肝心なのは人間性だからな。きちんとお礼をしてくれるなんてできた人じゃないか〗
【そうでござるな。頑張るでござる!】
そこへまたかかってくるメリーさんからの電話。
『あたしメリーさん。オリーヴに聞いたら「五十過ぎては
頭の弱い幼女になんつーこと吹き込んどるんだ、周りの連中は!?
「生活の大変さを謳ったもんだろう。実際、うちのアパートも
そう言い捨てて電話を切ったところで、いつの間にか再起動していた
「ということで、昔から里緒はロクでもない心霊現象に遭遇したり、上の姉曰く『ちょくちょく
「“里緒”っていうと、確か家出して異世界に行ったとか、インドに自分探しに行ったとかいう高校生の妹さんでしたっけ?」
異世界とかさすがに眉唾なので、せいぜいインドの山奥で修行して
「いや、インドは関係ないと思うんだけど。とにかく子供の頃からほとんどべったりだったの。私は私で懐いている妹が可愛いのが半分。一緒にいれば超常現象に遭遇できるかも知れないと期待感があったのが半分だったけど、なんでか私が居ない時を見繕うようにして、その手の
◇
同時刻、異世界で――。
「「へくしょ(ん)!!!!」」
猛烈な鼻の奥のかゆみを感じて、メリーさんとオリーヴが同時に盛大なクシャミを放った。
「風邪ですか、ご主人様? オリーヴさんも。最近流行っているようなので、早めに治療院へ行かれた方がよろしいのではないでしょうか?」
通りがかりにローラが心配するも、
「平気なの。自慢じゃないけど、メリーさんは風邪なんてひいたことないの……」
胸を張って言い張るメリーさん。
確かに自慢にはならないなーと思うエマ。
それと同時に鼻紙で鼻をかみながら、メリーさんの言い分をオリーヴが否定した。
「どうせツッコミが入ると思うから先に行っておくけど。――いや、アンタ前に狼魔将ディーンのところに行った帰りに、思いっきり風邪ひいて寝込んだじゃない!? 私にうつして治したけど」
「あれは単にクシャミと鼻水と咳が止まらなくなっただけで、別に風邪を引いたわけではないの。その証拠にメリーさんぜんぜん元気だったし……」
「そーいうのを風邪というのでは?」
スズカの素朴な疑問に、オリーヴが肩を竦めて投げやりに返答する。
「“バカは風邪ひかない”って言うけど、実際には“ひいても
◇
「夜出歩くのが怖いけど、ペルセウス座流星群を観たいって言うから、一緒に天文台まで星を見に行ったり、眠りつかれた
「千葉に一般開放している天文台ってありましたっけ?」
俺の質問をスルーして追憶にふける
「で、その
残念ながら重度の厨二病に罹患したまま、挙句に『古書店でナコト写本の断片を見つけて、お小遣いはたいて買ってきたので、一緒に異世界に行こう!』とか阿呆なことを言い出した挙句、行方不明になってしまったらしい。
「う~~っ、失敗したわ。免疫ないとあそこまで重篤になるとは思わなかったわ。どこかで歯止めをかけていれば……」
と激しく自責の念に駆られていた先輩であったが、その直後にヤマザキからの
【彼女が元男と告白されたんだが、どうしたものでござろう?】
「「…………」」
切羽詰まった事態に思わず黙り込む俺と
さらに続けて、
【気分が悪いのでちょっと休ませてと言って、ものすごい力でホテル街に連れ込まれているのでござるが】
「「……う~~む……」」
どうするどうする? 応援すべきか、救助に向かうべきか? 苦悩する俺たちであった。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
さて、時間も遅いということで、いったん『帰還石』で戻って出直すことにしたメリーさんたち。
『普通、冒険者ってダンジョンの中で寝泊まりして攻略を目指すもんじゃないの?』
釈然としない様子のオリーヴの疑問を鼻で笑うメリーさん。
『職場で残業して床やソファーの上で一寝入りしてからまた翌朝から働くとか、訓練された社畜じゃないんだから、メリーさん的にあり得ないの。だいたい安全地帯だからと言っても、
『
まあ確かに日本の社畜でさえ、神経と胃に多大なダメージを受けるというのに、いつ魔物に襲われるかわからないダンジョン内部で寝起きするとかおよそあり得ない話だろう。『安全地帯』と言っても別にトーチカで守られているわけでも、地雷原が埋設されているわけでもない。他のとこよりはマシ程度の気休めにしか過ぎない。
どうしたって警戒しながら一夜を明かす……となれば精神的体力的疲労は半端ないだろう。
『メリーさん「異常状態耐性1」があるから、別に寝なくても平気なんだけど、その代わり知らずに限界を超えたら、いきなり完全に熟睡して起きないので。その時にはオリーヴ、メリーさんを背負って頑張るの……』
「あー、まあ子供っていま走り回っていたかと思うと、いきなり電源落ちたみたいに眠るからなぁ」
義妹の子供の頃を思い出して、俺もしみじみ同意する。
『それは絶対に嫌っ……あ』
猛烈に反発したオリーヴだが、不意に何かを思い出した様子でしみじみと語り出した。
『そういえば思い出したわ。私が子供の頃、流れ星を見に行って、疲れて歩けなくなった私を華姉がおんぶしてくれて、“きらきら星”の歌を英語で歌ってくれたの「♪Twinkle twinkle little star♪」って。華姉は暗闇でも、いつも私を照らしてくれる星みたいで――』
『とりあえず
「アホかっ、修学旅行じゃないんだから、どこの世界にダンジョン入るのにトランプを持ってくる阿呆がいる!」
オリーヴの話を全く聞く気がないメリーさんを、電話越しに一喝する。
『メリーさん、オリーヴの身の上話なんて『テニス部権藤県大会で準優勝』とか『バトミントン部東北大会出場!』とか、『三年F組佐々木君がWEBサイトに投稿した小説が書籍化!! タイトルは「ゴミスキルの真の使い道を発見したので復讐は100%成功すると思ったがそれは幻想だった!」とかの、意味のない学校の垂れ幕よりも興味ないの……』
まあ確かに当事者とその関係者以外には、まったくもって興味ないし、それで結果を残さなかったら単なる黒歴史だし、それなりに結果を出したら出したで新たな垂れ幕が下げられて、褒め殺しされる陵辱刑みたいな目にあうのでぶっちゃけ学校関係者の自己満足でしかないんだよな。
『悪かったわね、つまんない話で! てか、最初に言いかけた「残念なお知らせ」って結局なによ!?』
逆切れしたオリーヴにメリーさんが沈痛な口調で告げた。
『漫画版の今後の展開を見せてもらったんだけど、案の定、いまの状態と一ミリもかすっていないの……』
『あー……まあ残念と言えば残念だけど、予想していた残念さなのでさほど衝撃はないわね』
嫌な納得をするオリーヴ。
『ということで、改めて“せーぶあんどろーど”で、またここからスタートすればいいの……』
「へーっ、そういう便利な機能もある設定なのか(棒)」
ゲームじゃないんだから、異世界という設定でも、そんなご都合主義なアイテムがあってたまるか。あったらまず戦争で奇襲をしたり、敵の暗殺やテロに使われるだろう。
そんな俺の心中を頓着することなく、メリーさんは肩にかけていたバッグから『帰還石』を取り出した。
『鞄のひもがパイスラッシュなの。セクシーなの……』
「はいはいはいはい。さっさと帰って寝ろ」
軽く流すのと同時にメリーさんは『帰還石』を高く掲げて、帰還の呪文を唱えた。
『“モーアンタラトハヤットラレンワ ホナ サイナラ”』
「なんだその呪文は!?!」
身も蓋もない意表を突く台詞の羅列に、異議を唱えるのと同時に、ダンジョンの壁が開いて、
『あー、脱出ですか? じゃあこっちの非常口から出口に案内しますのでどーぞ』
STAFFの帽子をかぶった背の低い何かの妖精らしい職員が現れて、メリーさんたちを非常口から職員通路に案内する。
「……おい、ちょっと待て。『帰還石』ってSA◯に出てくる転移結晶みたいに、安全に任意の場所にワープできるゲートを開くマジックアイテムじゃないのか?」
『? 安全に出口までワープできる魔法の石なの……』
問題あるかとばかりのメリーさんの口ぶりに、
「いや、そういう物理的な脱出手段じゃなくてさあ……!」
肩透かしを食らった俺が反論しようとして、そもそもワープ
そうこうしているうちに職員(ダンジョン内の清掃をしたり、罠の整備をしたり、養殖した魔物を放したり、おまけの宝箱に適当な景品を入れたりと裏方をやっている種族らしい)の休憩所みたいなところに来たらしい。
例のヒグロ・シカワチ探検隊一行も先に来て、自動販売機のジュースやコーヒーを飲んで一服していた。
「ダンジョン内に自販機があるのか」
『最近は珍しくないの。自販機ゴーレムだから自分で勝手に動けるし、自分の身を守ることもできるから便利なの……』
最近のダンジョンは別な意味で迷宮と化しているな。
『よー、お姉ちゃんとお嬢ちゃんも帰りか? ちょっと暇つぶしに休んでいったらどうだい。娯楽も何もないけど、好きなもの奢るから』
気さくに声をかけてきたヒグロ・シカワチの『奢る』の一言で、図々しく一行の輪に加わるメリーさんとオリーヴ。
『メリーさん、この一本500ACの「山形◯極みプレミアムデザートジュース」がいいの……!』
『少しは遠慮しなさいよ! えーと……すみません。あ、私トランプ持っているので、皆でババ抜きとかしませんか?』
当然のように一番高いジュースを要求するメリーさんを窘めるオリーヴだが……。
「オリーヴ! お前はお前でなんでトランプなんて持ってるんだ!? さっきの俺の前提条件がいきなり否定されたぞ!!」
聞こえないとわかっていても、思わずこのアホを怒鳴りつけずにいられなかった。
〈追加報告〉
某ダンジョンで地上の(美少年)征服を目論んでいたオークキング(ジャニー)だが、準備期間中にあまりにも多くの若いオークを――別な意味で――食いまくっていたため、相手の腸内に潜伏していた大量のカンピロバクターやサルモネラ、エルシニア食中毒菌などを吸収しまくり、結果的に慢性の下痢や嘔吐、腹痛、頭痛、発熱、悪寒、倦怠感、関節炎などを引き起こし、最終的に免疫力が低下して胃腸炎と敗血症を併発した結果、ダンジョンの奥地で息絶えていたということであった。
併せてオーク軍団たちにも食中毒菌が濃縮・蔓延していたことから保健所の指導でこのダンジョンは一カ月の営業停止処分となり、
「うちらトバッチリなのに~~っ!」
というダンジョンマスターの訴えも虚しく、新聞沙汰になって冒険者も「あそこのダンジョンの肉は危険だ」という口コミが広がり、風評被害で営業再開後も客足は絶え、ほどなく自棄になったダンジョンマスターがダンジョンコアをぶっ壊して、四十年に渡る営業に幕を下ろしたということである。
あと一連の騒ぎの発端となった『スマイル・ピッグ』はいつの間にか何者かによって持ち去られ、いまだに行方は陽として知れないとのことであった。
いつかほとぼりが冷めたころに、また奴が稼働する日が来るかもしれない。
そうして第二第三のジャニーが産み出されたとき、果たして我々は……。
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