第6話 エピローグ

「や、やった……のか?」

 あの怨念の塊のような声が聞こえなくなった。

「私の増井くんへの愛の前には全てが塵芥に等しいわ」

「解放されて自由になったというのに、この身体の疼きは……なに?(ビクンビクン」

「我々の役割は終わった、か……世界が救われたというのに虚しいものだな」

 ウイルスたちの歓喜の声。あまりにも呆気ない幕切れすぎてイマイチ実感がわかない。そもそも殺人ウイルスが体内に侵入したなんて事実すら信じられなくなるほどに。

「御木本さん、やったみたいです。俺たち助かりましたよ」

「そうか、助かったのか……」

「……なんでそんな微妙な表情なんですか?」

 絶体絶命の危機を脱したというのに、御木本さんはどこか残念そうにも見える。

「当然だろう。世界を滅ぼしかねん殺人ウイルスの開発に成功したと思っていたのに、こうもあっさりと対抗策が見つかってしまうとはな……研究者としては素直に喜べないさ」

「いや、もう作らないでくださいよあんなの。おい、お前たちもありがとな。おかげで助かった……って、アレ?」

 ウイルスたちに礼を言うが、反応が返ってこない。そもそも、あんなにやかましい連中がさっきから黙っているというのも妙だ。

「どうした増井くん」

「いや、ウイルスたちの声が突然聞こえなくなって……」

「……そうか。あのウイルスが言っていたことが真実ならば、その声が聞こえる力も役目を失ったということかもな」

 あのウイルスの言っていたことが真実ならば、俺は世界を救うためにインフルエンザと意思疎通ができるという能力を与えられた。

 しかし、その脅威が去った今となっては。

「それって、つまり……」

 御木本さんは、俺の肩に手を置いた。

「おめでとう。念願の平穏な生活が送れるようになったということさ」

 そう。宿願だったあのうるさい声が聞こえなくなる日々を手に入れたのだ。

 ――なのに。

「……どうした? あんまり嬉しそうじゃないな」

「いや、メチャクチャ嬉しいですよ。ただ……」

「ただ?」

「もうアイツらの声が聞けないってのも、ちょっと寂しいかもしれないです」

 失って初めて気づくものがある。

 インフルエンザの声が聞こえる。だからこそ防げた奇跡。

 案外このチカラも悪くなかったのかもな。そう初めて思えた。

 

 

 

「くそっ、やっぱりインフルエンザなんか嫌いだ……」

 翌日。38度オーバーの熱に苦しむことになった俺は、やっぱりインフルエンザを好きにはなれなかった。

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かしましインフルエンザ 03 @03ossan

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