第5話 最終兵器型インフルエンザウイルス

「……御木本さん。ちょっといいですか」

「どうした、私に対する不信感が強くてウイルスの口が重いとかそんな話か?」

「いえ、そうじゃなくて。なんか、連れてきたウイルスとは別の……そう、巨人に立ち向かってそうなウイルスがいるんですけど」

「ふむ、消毒が甘かったかな? まあいい。それより、そのウイルスもなにか言ってるか?」

「実験のせいでどれだけの仲間が犠牲になったか……! 殺してやる、殺してやる……!」

「仲間が犠牲になったとか言ってます。とりあえず物騒なんでアルコールスプレー噴射しときますね」

 武器代わりに常時携帯しているアルコールスプレーを周囲に吹きかける。しかも中身はただのアルコールじゃない。世界最強と名高いスピリタスの原液だ。瓶蓋に注いで火をつけると10分ぐらい燃えてる代物で、インフルエンザウイルスはもちろんGですら瞬殺できる優れものだ。

 しかし。

「そんなもの俺には効かないぞ人間……殺された仲間たちの恨み、覚悟しろ!」

「……御木本さん、特製アルコールスプレーが効かないんですけど。どうしたらいいですかね?」

「――ッ! ま、まさかそいつは!」

 御木本さんは顔面蒼白になって取り乱し始めた。この人がこんなにテンパる様子を初めて見た。

 部屋の端に走ったかと思うと、壁に隠されていた謎のボタンを押す。

 甲高い警報音とともにシャッターが下り、ウイルス一つ入りこめない完全に隔絶した部屋の出来あがり――って、ちょっと待てえええええ!

「なにしてるんですか御木本さん!?」

「増井くん、すまない……人類を守るために犠牲になってくれ。心配するな、詫び代わりと言ってはなんだが、私も一緒に逝ってやる」

「いや意味がわからないんですけど!?」

「実は――そのインフルエンザウイルスは人工的に致死率を高めたインフルエンザウイルスなんだ」

 ――世界が闇に包まれし時、意思の通じ合う宿主現る。

 さっき連れてきたウイルスが言っていた言葉が頭をよぎる。背筋が凍る思いがした。

「まさか……コイツが世界を滅ぼすってことを指していたのか!?」

 なんてこった! ただの痛い厨二病なインフルエンザウイルスだと思っていたらマジだったなんて!

 ……と、言いたいところだが。あまりに現実離れした展開のせいで、いまひとつ真剣になりきれていない自分がいる。

「いやいや御木本さん、いつも通りのタチの悪い冗談でしょ? そんなの作れるわけないじゃないですか」

「いや、世界の科学力っていうのはもうその次元まで来ているんだよ。ウイルスのように単純な遺伝子構造を持った生物だけじゃない。その気になれば哺乳類、果ては人間のクローンだって作れるさ」

「で、でも致死性と感染力は両立しないって話を聞いたことがありますよ? 仮に致死性が高くても感染力が低いなら犠牲は俺たちだけで済む話じゃないんですか? いや、死にたくはないですけど」

「その点を克服したのがこのウイルスさ。そもそも、ウイルスによってなぜ熱が出たりするのかは説明したな。人間の免疫系がウイルスに侵入された細胞を破壊して回るからだ。ところが、このウイルスはそもそも免疫系自体を破壊してしまう。つまり、ウイルス感染による免疫系の反応ではなく、二次感染によって死に至らしめるウイルスというわけだ。聞いたことがあるだろう? ワクチンのせいで本来人間の持つ免疫系の機能は低下していると。それと同じメカニズムだよ。ちょっと効果を強力にしただけさ。まったく、医者が食いっぱぐれないようにするためとはいえ、ワクチンだなんて某ユナイテッドステイツはとんでもないものを日本に売りこんできたな」

「いや、今回はワクチンとか関係ないですよね!? なんのためにこんな代物を作ったんですか!? ただ危険なだけじゃないですか!」

「大人の事情って奴さ……核兵器を持てない国なりに導き出した結論だよ。外交カードとして強力な手札を欲した政府に頼まれて作った兵器といったところかな」

「そんな……」

「というのはウソで私の個人的研究の成果だ」

「ホント余計なことしかしないなアンタは!」

 でも、どうすればいいんだ。ウイルスと意思疎通ができるとはいえ、免疫系機能は普通の人間より少し強いぐらいだ。つまり、俺は救世主でもなんでもない。ただこのインフルエンザウイルスに殺されるだけの一般人だ。

 ――もうダメなのか。

 俺が諦めかけたその時だった。

「私の増井くんに手を出すなんて……殺してやるこの泥棒猫!」

 突然、聞き覚えのある声がした。

「なんだお前は!? 俺の邪魔をする気か!?」

「他の人間がどうなろうが知ったことじゃないけど、増井くんが関わってくるなら話は別よ!」

 この声、このテンション、間違いない。俺のことを好いているヤンデレメンヘラウイルスだ。

「お、お前もここにいたのか!」

「当たり前じゃない! 好きだって言ってたその女を特定するために増井くんの後をずっと付けていたわ!」

「完全にストーカーじゃねえか! 怖いわ!」

 なんにせよ状況に変わりはない。むしろ、より一層めんどくさくなっただけかもしれない……。

「私の存在を忘れてもらっては困るな!」

 頭の整理ができていないうちに、畳みかけるように新たな声が聞こえた。

「こ、この声は女騎士!? お前も生きていたのか!」

「なにを言う。私をこんなカラダにしておいて(ビクンビクン」

「お、おう……」

 なんか随分とヘンな趣味に目覚めている気配がするが。

「ていうか、お前らなんでこのタイミングで出てきた!? こっちは忙しいんだよ!」

「――いいや、それは違うぞ増井祐樹よ。この者たちもまた、世界を救うために生まれてきた選ばれし眷属たる存在よ」

 諭すような口調で、厨二病ウイルスの声がした。

「そういえば言っていたな。選ばれしインフルエンザウイルスが集う、って」

「うむ。狂戦士たる眷属、高潔な騎士たる眷属、そして大賢者たる我――かの英雄譚にもひけを取らぬ精鋭が3体。どれだけ敵が強大であろうと負けはせぬ!」

 オマエ賢者だったのかよ! そしてメンヘラが狂戦士とか妙にしっくりくるし!

「た、対抗できそうなのはわかった。だけど、どうやって倒すつもりだ?」

「『貪欲なる生誕祭<フーリッシュカニバリア>』だ」

「この後に及んでスタイリッシュな固有名詞使うのはやめろや!」

「……わかりやすく言えば、共食いだ」

「……は?」

 ウイルスを免疫反応や薬に頼らず殺すなんて、ましてやインフルエンザウイルスがインフルエンザウイルスを倒すなんてどんな状況だよ。

「どうした増井くん、呆けた顔をして」

 御木本さんが状況確認のために問いかけてくる。

「いや、ウイルスたちが殺人ウイルスを倒すって言ってるんですけど、共食いで倒すって……」

「――そうか! 人間の免疫機能では殺人ウイルスの除去は不可能だが、ウイルスに感染した細胞が攻撃するなら可能性はある!」

 納得したように頷く御木本さん。よくわからないが、ウイルスに詳しいこの人の賛同を得られたということはいい作戦なのだろう。

 俺は恥を忍んで頭を下げた。

「――散々お前たちを邪険にしてきた俺が言うのも都合が良すぎるってわかってる。だけど言わせてくれ」

 自分自身のため、そしてこの現状を打開するために。

「頼む。俺たちを――世界を救うために力を貸してくれ」

「増井くんの頼みなら私、人殺しだってなんだってしてあげるよ……///」

「ふっ、数奇なものだな。仇討ちのために磨きあげたこの剣、宿敵のために振るうことになろうとは」

「案ずるな。我がそなたの前に現れたのは元よりそのためよ」

 三者三様の返事。俺と御木本さんは目配せして頷くと、マスクを剥ぎとった。

「――よし、来い! 頼んだぞ、おまえら!」

 思いっきり息を吸いこむ。五感で感じられるはずもないが、ウイルスたちが体内に入ってきたという実感がある。

 ――錯覚だというのはわかっている。だが、俺はこの目でたしかに見た。

 セーラー服を着て、血痕のついた鉈を構える可愛らしいショートカットの女の子を。

 真紅の鎧で武装し、身の丈を凌駕する大剣を振りかざした凛々しい金髪の女騎士を。

 灰色のコートをはためかせながら、輝かしいオーラを纏った艶やかな黒髪の女性を。

「なんだお前たちは!?」

「長き年月によって極限まで研ぎ澄まされし我が剣、その身に受けるがいい!」

「アンタなに断りもなく増井くんの体内に侵入してんのよぉぉぉ!」

「我が宿敵、『漆黒の災悪<レジェンド・オブ・ディザスター>』! ここで決着を着けようぞ!」

「なぜだ!? なぜウイルスの身でありながら貴様らは人間の味方をする!?」

 もっともな質問だ。実を言うと俺自身もその点が気になっていた。

「人間は敵などではない。たしかに、人間は我々ウイルスを駆逐しようとしてきた歴史がある。だが、本来我々は共存すべき同胞なのだ。生きている細胞が絶滅したら、我々も宿主を失い絶滅することになる」

 できの悪い生徒に教えるような口調で、厨二病ウイルスが語った。

 そういえば聞いたことがある。宿主を失うという状況になると毒性が弱まるため、ウイルスが人類を絶滅させることはないと。

「私は増井くんさえいれば他はどうなろうが知ったことじゃないけどね」

 せっかくいい話になりかけているんだからお前は黙っててくれ。

「私だって最初は仇討ちのつもりでコイツに戦いを挑んだ……んっ……け、けれど気づいたんだ……憎しみに捉われていては…はぁ……明日はないと……あぁ……」

 お 前 は な ん の プ レ イ を し て い る 。

「我が宿敵<とも>よ……そなたの気持ちは痛いほどわかる……だが、負の連鎖は我々でもう終わりにしよう。狂戦士、女騎士、準備はいいか?」

 三人が目配せをして、武器を構え、大きく頷いた気がした。

「さらばだ、我が宿敵! 『黒い三連星<ジェットストリームアタック>』!」

 最後の最後で聞いたことある技がきたーーーーー!

「ぐおおおっ! バ、バカな……この俺がやられるだと……? ぬわーっ!」

 思わず耳を塞ぎたくなるような、大きな断末魔が響いた。

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