第4話 厨二病型インフルエンザウイルス
「選ばれし眷属、増井祐樹よ。時は来た。我とともにこの世界を混沌から救おうぞ」
最後は、今どき小学生ですらそんな恥ずかしいセリフ言わねえよとツッコミたくなるコイツだ。
「……俺は人間だから理解しがたいが、あんたが言う『混沌』という意味は、インフルエンザ界(そもそもそんなものが存在するのかという疑問は残るが)から見れば人類は共生の対象であると同時に、ウイルスを駆逐しようとしている敵である、という解釈で合っているか?」
「違う。それでも『虚空の守り人<アトモスフェアホスト>』と呼ばれし男か?」
初耳だよそんな二つ名。
「百歩譲って違うってのはわかったが、そもそも「世界を混沌から救う」ってのはなにから救うんだよ?」
「指呼の間うちに『色即是空の霧消<スペリオルシステムエラー>』が襲来する。それを止められるのは我々だけだ」
「日本語でおk?」
「……近いうちに世界滅亡の危機が訪れる」
わかりやすく表現できるなら最初からそう言えよ。てかなんでそんなバツが悪そうに言うんだよ。俺が悪いの? コイツの言葉を理解できない俺が悪いの?
「なんだそりゃ。世界が滅亡ってなると、隕石が衝突するとか、地球そのものが爆発するとかそんなんだろ? どっちにしろ俺がどうこうできるとは思えないんだが」
「いや、人智では測れないもっと恐ろしい事態が待ってる」
「……どんな事態だよ?」
「インフルエンザウイルス間にのみ伝わる伝説がある――『世界が闇に包まれし時、意思の通じ合う宿主現る。ウイルスの宿主の意思が通じ合うとき、選ばれしインフルエンザウイルスが宿主の下に集い、闇に包まれし世界に光が差し込む』と」
「うわぁ……」
なんだその中二病指数が違う次元の宇宙まで突破しそうな荒唐無稽な設定は。オリジナリティ追求しすぎて爆死する深夜アニメよりつまらなそうだ。
「我にはわかるのだ。こうしてそなたと戯れている間にも、刻一刻と邪悪なる意思が力を育み、世界の終わりが近づいていることがな」
「その原因はもしかして俺かな? イライラが募って所構わずアルコールスプレー噴射したい気分なんだが」
「なにを言ってるのだ! 一時の感情の揺らぎで世界の本質を見失うなど選ばれし眷属の振舞いか!? いいか、増井祐樹。そなたは我々インフルエンザウイルスと会話できるという稀有な力を持っている。古来よりいがみあってきた人類とインフルエンザウイルスだが、世界を救うためには手を取りあわねばならない。その垣根を取り払うのがそなたの使命よ。神が遣わした救世主としての役割をもっと自覚するがよい」
「ずいぶん都合のいい解釈だな、おい。そもそも、人類にとってインフルエンザと共生したところで俺はおろか人類は一方的に搾取されるだけでなんのメリットもないんだが」
しかも微妙に説教くさくてイラっとくる。ゲームで説教くさい老人に尻叩かれて出発するという展開はよくあるが、実際にやられると非常にムカつくということがよくわかった。いや、そもそもコイツが老人なのかすら定かではないが。
「あ、そうだ。俺の知り合いにインフルエンザウイルスLOVEの専門家がいる。俺が連絡するからその人に詳しく状況を説明してくれ。もちろん俺が通訳に入る」
こういう面倒くさい案件は御木本さんに任せよう。あの人の作るインフルエンザ擬人化した薄い本のネタにもなるだろうし丁度いいや。
「ふむ、そなたの軍師といったところかな?」
「あの人が軍師だったらそれこそ世界滅ぶわ」
御木本さんに連絡すると、例のごとくすぐ電話に出てくれた。間違いなくヒマなんだろうな。
『やあ増井くん。最近よく電話をくれるじゃないか。とうとう私とⅠ型×Ⅱ型なのかⅡ型×Ⅰ型なのかを議論する気になったかい?』
「いえ、そんなつもりはまったくありませんし意味がわからないです。それよりどうやったら世界を救えるのか教えてください」
『まったく会話のキャッチボールが成りたっていない気がするんだが気のせいかな?』
「俺はちゃんとやってますよ。御木本さんが暴投ばっかしてるんじゃないですか」
『キミも大概だと思うけどね。で、いきなり藪から棒にどうしたんだい?』
「実はかくかくしかじかで……」
俺はこれまでの経緯を説明する。
『ほほう、今までにない興味深いケースだな。是非そのウイルスにお目にかかりたいものだ』
「んじゃ連れて行きますよ。感染しても責任は取りませんけど」
「その点は心配ない。細胞内に侵入せず粘膜に貼りついた状態を保てばいいだけだ」
インフルエンザウイルスが答える。
「今からで大丈夫ですよね?」
『ああ、問題ないぞ。むしろ可及的速やかに来てくれたまえ』
「前から言おうと思ってたんですけど絶対仕事サボってますよね御木本さん」
『そんなことはない。研究職は成果さえ出せばなにやっても文句は言われないというだけさ』
「はいはい、そういうことにしておきますよ」
電話を切り、俺とウイルスは研究所に向かったのだった。
「――ふむふむ、つまり増井くんは世界の救世主としてインフルエンザと意思疎通できる能力を授けられた、と。なるほど、可能性としては面白い説だな」
研究所内、御木本さんのラボ。俺が通訳に入って御木本さんとウイルスが会話をしている。
余談だが、研究所内の消毒を掻い潜るためウイルスに一時的に俺の体内に入ってもらったせいで、今の俺はあまり気分が良くない。
「ていうか、そもそも論なんですけど御木本さんよく俺の言い分信じてくれましたよね。インフルエンザの声が聞こえるとか普通信じないでしょ」
「ウソにしろ本当にしろ、そんなことを言う人は私と同等以上にインフルエンザと深く関わる覚悟があるということだ。むしろ歓迎する以外の選択肢はなかったね」
「まあ、結果的に俺としては助かってますけど……ところで、御木本さんはなんでこんなにインフルエンザウイルスにこだわっているんですか?」
「私の成すべき仕事と関係があるからだよ。実を言うとね、昔はここまでインフルエンザに愛着は持っていなかったよ」
意外な答えが返ってきた。生まれつき頭のネジが飛んでそうなこの人なら、不可解な理由でインフルエンザを好きだと豪語すると思っていたのに。
「それがなんでこんな変人になっちゃったんですか?」
「さりげなく失礼な発言をするなキミは。インフルエンザのことを知るには愛が必要だと思ったからさ」
「なぜそこで愛なんですか……」
「脱線しすぎたな。あらためてキミの連れてきたインフルエンザの話を聞きたいんだが、ご機嫌はどうだい?」
言われてみればさっきから静かだ。
「おい、聞こえてるか? お前の話を聞くためにわざわざ連れてきたんだから、別に遠慮せずに喋っていいんだぞ?」
「――選ばれし眷属よ、気づいていないのか? 我は既に警戒しているぞ。すぐそこに迫っている、破滅への序曲を……ッ!」
歯を食いしばりながら、恐怖に抗っているような声だった。
「いや、なにを言ってんだよ? たしかに御木本さんはおかしな人だけど悪い人じゃないぞ。取って食うようなマネはしないから安心しろよ」
「違う! 我が示しているのはその女のことではない! 本当に感じないのか!? 真っ黒に澱んだような気配を!?」
切迫した声。ここまで真剣だと冗談だとは思えない。五感を研ぎ澄ませて周りに気を配る。
すると。
「……駆逐してやる……人間どもめ……一人残らず……!」
なんとも物騒な声が聞こえてきたのだった。
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