第4話
「未来に帰る方法が無い?」
「ああ。」
魔王を倒した俺はその後どうするのか。
プランからそう尋ねられ、俺は正直に答えた。
「魔王を倒した時点で、この世界は俺の居た世界とは別の可能性に切り替わった。だから戻る方法はないし、元々片道のつもりでここに来たんだ。」
「……ははぁん。ここで私の三つ目の願いが炸裂するわけね! それでハルマは元の未来に帰ってめでたしめでたし! どやぁ!」
「……………ぶふっ!」
「またそのパターン!? 笑わないでよ!」
「ああ、悪い。なんかその『ランプの魔人凄いよ!』みたいなノリが空回ってるのが面白くてな。馬鹿にするつもりはあるんだ。」
「あんのかよ!」
プランに太ももを蹴られる。痛い。
「ま、まぁさっきも言ったが俺の知ってる未来はもう無い。仮に帰れたとしても、魔王退治のために育てられた俺に家族や友人は居ない。家で待ってるのは美少女型エアコンだけさ。」
「……んん?」
「そういうわけだ。だから俺は三つ目の願いで──」
「あー、ストップ。一個ツッコミできなかった所があったわ。」
「なんだ? 確かに魔王退治のためだけにクローン培養技術を応用したバイオヒューマノイドを生み出すのは人道的に非難されてもおかしくはないが、ただ当人の俺としては何も不満なんてないぞ。家には美少女型エアコンが居るしな。」
「違うわ、最後のところよ! バイオなんとかとかどうっでもいいわ! 何よ美少女型エアコンって!! どういう概念の存在なのよ!」
「あれ、説明していなかったか? 俺がこの時代に来た目的は魔王退治の他にもう一つあって、それが美少女型エアコンの開発者である女性に会ってみたかったんだ。奇しくもこの街に在籍しているというから、ちょうどお前に会った日に行ってみたんだが、まだ構想も無かったらしく酷い目にあったよ。」
「……それって、私にエアコンになれって言ったのも、ハルマの家にあったエアコンが無くなって寂しかったからってこと……?」
「いや、別にそんなことは無い……って、おい。プラン、お前泣いてんのか……?」
ギョッとした。プランの瞳から大粒の涙がポロポロと零れていたのだ。
この一週間、笑ったり怒ったりしたことはあったが、プランが泣いたり悲しんだりしているのを見たのは一度も無かった。
「どうしたっていうんだ。」
「……わかんないわ……! ただ、私ってハルマにとって特別でもなんでも無かったのかなって、ちょっと思ったら……なんでこんな……」
「……アイスでも食うか?」
プランがふるふると頭を横に振る。
そして腕で涙を乱暴に拭うと、そのまま「今日は……寝る。」とだけ行ってそのままランプの中に引っ込んでしまった。
まさかアイスを拒否されるとは思っていなかった俺はどうして良いかわからず、ただ自分の部屋なのに居心地悪そうに見守ることしかできなかった。
* * *
朝起きると、プランはいつものようにランプから出てきて朝飯を作っていた。初日に食べさせたチャーハンが相当気に入ったらしく、そのお礼ということで朝食はプランが作ってくれているのだ。
「ごちそうさまでした。」
「ごちそうさまでした。」
食事を食べ終えた俺とプランが同時に両手を合わせる。
どうもやりにくい。やはりプランは昨晩の出来事を引きずっているらしく、最低限の会話以外はしてこない。それでもさっきはエアコンとして部屋も涼しくしてくれていた。
「………………」
沈黙が流れる。
気まずさを紛らわすために点けてあったテレビも特に面白い番組などはやっておらず話のタネにもできない。
「……ねぇ、ハルマ。」
「ん、ど、どうした?」
それまで黙っていたプランが急に口を開き、俺は思わず慌ててしまう。
「三つ目の願いを言って。」
「ずいぶんと急だな。」
「本当は昨日言うつもりだったんでしょ。魔王を倒すためのエアコンが私の役目だったみたいだし、そこで終わりだって言ってたじゃない。」
「……そうだな。プランの言うとおりだ。」
実際、プランのエアコンは昨日までのつもりだった。からかって楽しんでいたのも確かだが、普通に考えてエアコンの仕事を強要されて良い気分になるとは俺も思っていない。やはり、エアコンはエアコンに任せるのが一番なんだろう。
「ね。三つ目の願いももう決まってるんでしょう。それなら早くしましょう。お金でも、タイムスリップでも。それこそ、美少女型エアコンを作るって願いでもできるわよ。」
「わかった。」
三つ目の願いを何にするのかは、最初から決めていた。
「俺の願いは、プラン。お前が自由になることだ。」
「……やっぱりそれなのね。」
プランは薄く笑う。
「理由を聞いても良い? 前にも言ったと思うけど、そこまで不自由な生活じゃないのよ。ハルマだって自分のための願いがあるでしょう。それなのに、どうして私なんかの自由を願うの?」
「別にこの願いが俺のためにならないとは思ってない。」
「どうしてよ。別に何も良いことなんて起こらないじゃない。」
なんだ、こいつ気づいてなかったのか。
「俺は、お前がアイス食ってるのを眺めてるのが好きなんだよ。」
「はっ……はぁっ!!?」
「あ、勘違いするんじゃ待て待て蹴るな! 止まれ! 勘違いするんじゃない。別に棒状のアイスがなんたらとかそういうことじゃないぞ!」
「じゃあどういうことよ!」
「お前、パフェとかクレープとかよりもアイスが一番好きだろ。」
「えっ、そ、そうなのっ!? いや、まぁ、確かにそう……なのかな……? うん。そうね。」
自分でも気づいていなかったらしいが、プランは俺の言葉を聞いて納得したようだ。
この一週間。プランはほぼ毎日アイスを食べ続けていた。最初こそ一緒に買って来たパフェやクレープを美味しそうに食べていたが、アイスは桁が違った。毎食後毎食後、欠かさず食べる。それも、すべてを愛おしそうに眺め、愛で、味わい、食す。
そして最後には必ず笑顔になっていた。
「とても幸せそうに笑うんだ。俺はそれを、これからもずっと見たいと思った。だから、俺はお前に自由になってもらいたいんだ。」
「いや、いやいや! 繋がってないでしょ!
プランがしどろもどろになりながら叫ぶ。
「私、自由になったらこんなところに来ないわよ! そしたらアイス食べてるところなんて見えないでしょ! 残念でしたー!」
「えっ、来ないの?」
「なんで意外そうなのっ!?」
「来たらまたチャーハン作ってやるぞ。今度はハムの代わりにチャーシューを使ってやる。」
「まぁどうしてもって言うなら来てあげないこともないわね。ハルマも私が居ないと寂しいでしょうからね。」
「……お前、餌付けに負けるのはチョロすぎるぞ……」
「うっさいバーカ!!
俺は自分の顔が笑っていることに気がついた。
「ま、そういうことで決まりだな。」
ああ、楽しい。今まで二十五年生きて……いや、生かされてきて、こんなに楽しいと思ったのは初めてだ。
正直なところ、別にプランがどこかへ行って、二度と現れなくたって一向に構わないと思っている。
この一週間は本当に楽しかった。
プランには感謝してる。
「それじゃ改めて言うぞ。俺の最後の願いは、お前が自由になることだ。良いな。」
やれやれといった表情でプランはため息をつき、指を鳴らした。
彼女の表情は明るかった。
* * *
あれから一年。
元々長い間生き続ける予定が無かった俺は、金は早々に使い切ってしまい働くことを余儀なくされた。
「こらぁぁ! キビキビと働けぇぇぃ!」
「はいはい。わかってるよ。」
俺は例の電器屋で働くことになった。
どうやら美少女型エアコンについて尋ねた女性店員は間もなく仕事を辞めたらしく、それを店長が俺のせいだと言ってきたのだ。
そして、代わりということで半ば無理やり働かされることになった。
働き口を探していたのでちょうどよかったのだが、毎日この店長に怒鳴られるのは結構しんどいものがある。基本的には部下思いの優しい人間だが、業務に対しては鬼のように厳しく、たまにその殺意もとい熱意にあてられて倒れる店員も居た。
バイオヒューマノイドの俺ですら時々きつい。本当にこの店長は何者なのか。
「ただいまーっと。」
「おかえりー。アイス食べる?」
「おう。一本くれ。」
家に帰ると大体プランがアイスを食っている。
ランプの魔神から解放された最初の数カ月くらいはどこかに消えていたのだが、冬に差し掛かる頃にひょっこりと戻ってきた。
曰く、「そろそろ寒くなるしエアコン必要なんじゃない?」とのことだった。
瞬間移動なんかの凄い魔法は使えなくなっていたが、エアコン能力はなぜだか健在だった。おかげで冬も快適に過ごせた。
それ以来、なんだかんだでプランはここに住み着いている。
エアコンも特に嫌がることなくやってくれるので、電気代的に非常に助かっている。
「ねぇハルマ。明日はお休みでしょ? お昼はチャーハン作ってよ。」
「おう。具材は何がいい?」
「チャーシュー。」
「了解。」
他に入れる具材なんかも考えながらテレビを点けると、何やら発表会の様子が映し出される。
『──つまり、その時の男性の言葉によって、このエアコンを閃いたということですか。』
『はい。当時は恐怖しかありませんでしたが、その突拍子もない言葉は私に素晴らしいインスピレーションを与えてくれました。感謝はしてませんけどね。』
「あっ」
テレビに映った『美少女型エアコン発表!』のテロップと女性の顔を観て、俺は口に咥えていたアイスを床へと落とした。
当然、プランに蹴られた。
今年の夏は暑いから、ランプの魔神をエアコンにしてみた。 餅から @mochikara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます