第3話
俺とプランが出会ってから一週間が経過した。
その日の夜。
『本日、八月三日のニュースをお伝えします。連日のように最高気温が更新されていますが、本日ついに四十六度を超えました。明日も同じように気温の上昇が見込まれるため、外にお出かけになる皆様はくれぐれも水分補給を欠かさず、適度な休憩を行うようにしてください。』
そんなニュースがテレビで流れていた。
俺の家はプランによって快適に保たれているが、一歩外に出れば灼熱の暑さが襲ってくる。それは夜でも変わらない。
ここ数日は無駄に外を出歩く人も減り、企業によっては休みにしているところも出てきたようである。
「なんか凄いことになってるね。大丈夫なのかな?」
「大丈夫だ。」
「なんでわかるのよ。」
「俺にはわかるんだよ。」
「なにそれ、適当ねぇ……んー、おいしぃ!」
そう言ってプランはアイスを齧る。
二日目の夕方に、俺はプランが食べるためのクレープやパフェ、アイスなんかを大量に買い込んできた。大いに喜んでくれた様子で、最初はクレープやパフェを大事そうに食べ、無くなった後は毎日食後にアイスを食べている。
「ねぇねぇ、ところで気になったことがあるんだけどさ。」
「なんだ?」
「ハルマって仕事してないの?」
「していると言えば嘘になるが、していないと言えばしていない。」
いつか聞かれると思っていた質問だ。俺は予め用意していた答えを返す。
「ふーん…………って、してないってことじゃない!」
「バレたか。」
「当たり前でしょ! 馬鹿にしてんの?」
俺が頷くと、プランは久々に蹴りを入れてきた。今じゃすっかり威力の減衰はなく、俺の太ももがズンズンと痛む。ジンジンではない。中から響くような、ズンズンとしたあの鈍い痛みだ。
「まぁ、ちょっとした長期休暇みたいなもんだ。金はあるし別に気にしなくていいだろう。」
「ん、まぁそうだけどさ。」
「なんだ。何か気になることでもあったのか?」
尋ねると、プランはアイスの棒を口に咥えたままピコピコと動かして唸る。
「行儀悪いぞ。」
「あのさー、ハルマ。」
「なんだ。アイスもう一本食うか?」
「食べる。」
「ほれ。」
アイスを渡すと、プランはすぐさま食べ終わる。
すると今度はアイスの棒を二本口に咥えてピコピコ動かし始めた。
「ねぇー。」
「なんだよ。」
「エアコンって、いつまで続けるの?」
「……まぁ、気になるよな。」
テレビへと視線を移すと、有名らしい学者やら大学教授やらが猛暑についてあれこれ議論を交わしているのが見えた。
「勘違いしてほしくないから先に言っとくけど、別に嫌になったってわけじゃないんだよ。そこはほら、ランプの魔神としての威厳にかけて、望まれるだけエアコンっぷりを発揮してあげるわ。」
プランが表情を変えないまま続ける。
「ただ、先が見えないと不安ってーか。エアコンってことはもしかしたら冬にも暖房として使うかもしれないし……なんなら来年、再来年とか言われても、ほら。心の準備とか──」
「明日だ。」
俺はプランの言葉を途中で遮るようにして言った。プランは驚いた表情でこっちを見る。
「明日。八月四日までだ。それでもう、お前のエアコンとしての役目は必要なくなる。」
「えっ、どういうこと? あと一ヶ月は夏が続くだろうし、それに今の気温は普通じゃないよ。明日以降はもっと暑くなるかもしれないじゃない。」
「それでも、明日までで大丈夫だ。」
「……何か知ってるの?」
「まぁ、そうだな。」
「理由は? 言えない?」
「というよりも、言っても理解してもらえないな。明日を待ってもらえば一番わかりやすいる。」
「……そ。」
プランは立ち上がると、そのまま台所まで歩いていき冷凍庫を開けた。
「んじゃ、アイスもう一本食べていいよね? そしたら待つわ。」
「いい加減にしないと腹壊すぞ。」
「ハルマも食べる?」
「おう。」
結局、その日の夜、プランは三回ほどトイレに行っていた。
そして翌日。
気温は五十度を超えた。
* * *
プランのフーフーによって家の中は相変わらず快適だったが、外はそうもいかないようで誰も出歩いている人を見かけない。窓に触れると外気による熱が手の平に伝わってきて火傷しそうだ。
まぁ、それよりも、だ。
「何……アレ……」
横で一緒に窓の外を見ていたプランが怯えた表情を見せる。
視線の先は空。
現在時刻は午前十時を過ぎたばかり。それだというのに、空は真っ黒な雲によって覆われ、まるで夜のような暗さだった。
そして、さらに異様なことに、その一部分。ちょうどこの街の真上のあたりの雲だけが血のように赤く染まり渦を巻いている。テレビでもこの現象について議論が交わされているが、誰一人として説明できる者は居なかった。
「ねぇ、ハルマはこうなることがわかってたの?」
「ああ。知ってた。」
「マジで? ランプの魔神である私ですら観たことも聞いたことも無いのに。」
「マジだ。知らなくても無理はない。理由はあとで説明するが……見てみろ。上だ。」
俺は上空の、赤い雲が渦を巻いているの中心あたりを指さした。
すると、その場所から真っ赤に光る巨大な球体がゆっくりと下降してくるのが見えた。
テレビからは気温が急激に上昇し、現在は五十五度まで上がったという速報が流れた。
「……アレは一体なんなの?」
「あれは……魔王だ。」
「はぁぁ!?」
当然といえば当然だが、プランは馬鹿を見るような目で俺を睨みつけてきた。
「魔王って、あのゲームとかアニメなんかに出てくる魔王?」
「実際は何かわからないが、少なくとも俺たちはそう呼んでいた。」
「俺たち?」
「ああ。いいか、俺は今から真実しか言わない。どれだけ馬鹿らしく聞こえてもすべて本当のことを言う。良いか。」
「……めっちゃ聞きたくない……けど、わかったわ。」
俺はプランと一緒に窓から離れ、ちゃぶ台を挟んで座った。冷凍庫から出してきたアイスを互いに一本ずつ食べ始める。そろそろ無くなりそうなので買い足さないといけないな。
「さて。まず俺は、あの魔王を破壊するために三百年後の未来から来た。」
「ギャグ……ってわけじゃないんだよね。」
「そういう物分りが良いところは好きだぞ。」
「えぅ……えっと……は、破壊するって! アレってそんなにやばいの?」
「これから十分経過するごとに気温が五度ずつ上昇し、最終的に外気温は百十度になる。そしてそれがそのまま三ヶ月続く。」
「何それ、みんな死んじゃうじゃん!」
プランが激昂してちゃぶ台をバシバシ叩く。
「ああ。今出現しているのはこの街の上空だから被害もそこまでじゃないが、その後は地球上のあらゆる場所に無作為に出現して同じようなことを繰り返す。動植物への被害なんかの間接的なものも含めれば、こいつのせいで人類の八割が死ぬ。」
「……もしかしてここ数日の気温の上昇って魔王のせいなの?」
「そういうことだ。魔王さえ破壊すれば元に戻る。」
「なるほど。理解したわ。」
アイスを食べ終えたプランが立ち上がり、一度深呼吸をしてから窓の外を鋭く睨みつけた。
「つまり、二つ目の願いを使って魔王を倒すつもりだったのね。いいわ、いつでも準備はできてる。」
プランの表情を見る。どうやら決意を固めた様子で不敵な笑みを浮かべている。
「……………ぶふっ!」
俺は思わず吹き出してしまった。
「えっ、なんで笑うのっ!?」
「い、いや。すまん。魔王を倒すのに二つ目の願いを使うつもりはないんだ。」
「そうなの!!?」
詰め寄ってくるプランに対して俺は必死に笑いを堪えながら言う。
「ああ。考えてもみろ。俺が魔法のランプを見つけたのは全くの偶然だ。それなら、魔王を破壊するための方法を用意しているに決まってるだろう?」
「あ、そうか。うわー、先走ったー!!」
プランが顔を真赤にしてその場にしゃがみ込むのを見届けてから、俺は立ち上がって押し入れのふすまをあけた。中に積まれている布団をすべて出し、その奥に隠しておいたトランクを取り出した。
トランクをちゃぶ台の上に乗せて蓋を開く。
「ミサイル?」
「特殊素材で作られた高性能小型ミサイルランチャーだ。こいつで魔王を破壊する。」
「そんなことできるの!?」
「当然だ。魔王はこれから三百年の間に四回出現する。そのたびに人類は研究を重ねて、ついに俺たちの代で魔王を破壊できる武器を作り出したんだ。効果は間違いない。」
「そっか。それなら安心ね。」
プランは笑顔でそう言ったが、少ししてからハッとした表情で俺に詰め寄ってきた。
「ね、ねぇ! もしかして私って特に必要ない!? ランプの魔神なんてすっごい便利なポジションにいるのに、こんな非常時に何も出番ないのっ!? ねぇ! ねぇねぇねぇ!!」
「落ち着け。実を言うとプランにも頼みたいことがあるんだ。」
「ほんと!? いいわよ!」
「ああ、プランにしかできないことだ。」
一瞬でプランの表情が明るくなる。
「任せて! それで私は何をすればいいの?」
「ああ。それはな──」
* * *
「よし、準備はいいか?」
俺はミサイルランチャーを片手に構えながら窓に手をかけた。
「……ね、ねぇ。私って本当に必要?」
俺の後ろに控えていたプランが不安げに聞いてくる。
「当たり前だろう。実を言うとな、窓を開けるこの瞬間だけは本当に……ほんっとうにやりたくなかったんだ。憂鬱だったんだ。だが、それも他ならぬお前のおかげで解消する。大いに感謝してるぞ。」
「そ、そうなの? そこまで言われたら悪い気はしないわ!」
「それじゃ窓を開けるぞ。」
「いつでもいいわよ!」
俺は窓を勢いよく開いた。その瞬間、部屋の室温二十度の中に外気温六十五度の熱風が流れ込んできた。その熱の本流は、プランによって常に快適に保たれていた部屋でアイスを食べながら一週間ダラダラと過ごしてきた俺にとって地獄のような不快感を与えてくる。
だが、それも一瞬。
「フーフー! フーフーフー!」
プランが背後から俺に冷風を吹きかけてくれる。これなら俺の周囲の気温は下がり、すぐに快適な温度へと早変わりだ。
「いいぞ、さすがエアコンだ! お前が居なかったら俺は不快感で気が狂っていただろう!」
「エアコンって! フーフー! こういうことじゃないと思うんだけどね! フーフーフー!」
「固いことを言うんじゃない! よし、ミサイルを撃つぞ! 煙が出るから気をつけろよ!」
「はいよー!」
ボシュン、という音とともに俺の手元からミサイルが上空へ発射された。威力を追求したために反動が大きいが、魔王退治のために生み出された俺にとっては耐えられない負荷ではない。
ミサイルはそのままグングンと高度を上げていき、狙いから寸分違わずに魔王の体へど吸い込まれ、爆発した。
「やった! 魔王を倒したわ!」
喜ぶプランの横で、俺も着弾点を確認する。
どうやら魔王は間違いなく木っ端微塵になったようだ。
「ふぅ……店長の方がよっぽど恐ろしかったな。」
「誰よそれ。」
「こっちの話だ。」
窓を締めて部屋に入り、俺はテレビを確認する。
『上空に現れた謎の巨大球体は突如爆発し、それと同時に異常気象が解消されました。空は元通りの青空が広がり、気温も三十六度で安定しています。』
「これで一件落着だな。」
「そうね。お疲れ様。」
「ああ。プランもご苦労だった。だが、あともうひと頑張りしてくれないか?」
「何?」
「二つ目の願いで魔王に関する記憶を、全員から消し去ってほしいんだ。」
プランが怪訝な顔をする。
「なんでわざわざ?」
「魔王の消滅により、俺が知っている未来も無くなった。それなら、あんな異質な存在は完全に、それこそ記憶からも根こそぎ消し去ってしまったほうが良いと思ったんだ。」
「……わかったわ。それが願いだと言うなら私は従う。」
プランが指を鳴らす。
その途端、先程まで魔王についての議論を重ねていたテレビの出演者たちが自分たちが今まで何を話していたのかわからずに混乱していた。
「今までの気温のデータとか、そういうのも違和感がないように適当に変えておいたわよ。サービスね。」
「さすがだ。」
こうして過去に類を見ない猛暑は、その存在ごと終わりを迎えた。
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