第2話

「それじゃ早速やってもらおうか。」


 俺は椅子に座りながら、部屋の中央に立っているプランにそう言った。

 プランは「え? あう」と戸惑ったまま挙動不審にあたりをキョロキョロと見ている。


「ん、どうしたんだ? 暑くてたまらないんだ。早くしてくれないか。」

「いや、あのさ。」


 プランがおずおずとした様子で訪ねてくる。


「エアコン……って何をどうしたら良いのよ……」

「なんだと。俺の家には場所を知らなくてもワープさせることができるのに、エアコンについては説明しなくちゃいけないのか?」

「願い事の内容が想定外すぎんのよ! 何よエアコンって。とりあえず部屋を涼しくすればいいわけ?」


 そう言ってプランが指を一回鳴らすと、たちまち部屋の気温が下がり快適な空間へと早変わりした。


「おお、さっきまでの蒸し蒸し不快空間が嘘のようだ。エアコンの機能としては素晴らしい働きだな。」

「ふふーん! これくらいは当然よ。」

「……しかし……違う!」

「え? な、何が駄目なのよ。エアコンって言ったら部屋を涼しくする機械でしょう?」


 やれやれだ。やはりきちんと説明しなくてはいけないらしい。

 俺は椅子から立ち上がると、壊れたままのエアコンを指さした。


「いいか。エアコンっていうのは風を出さなければいけないんだ。わかるか! この風の出てくる場所……送風口は人間でいうところのマウス! 口だ!」

「なんで一回英語で言ったのよ。」

「つまり! 部屋の温度を下げるための方法として、口から風を発生させなければエアコンとは言えない! わかるか!」

「……全然わからないんだけど、嫌な予感がしてきたわ……。それで、私はどうすればいいの?」


 俺はゆっくりとプランの口に向けて指を向けた。そして、知識がなく怯えている可愛そうな少女へ、丁寧に説明を続ける。


「プラン。お前はエアコンとして、口から息をフーフーすることで部屋の気温を下げるんだ。わかったな?」

「いやよ。」

「何ぃっ!? なぜだっ!」


 まさか断られるとは思っていなかった。あまりの衝撃に膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか堪える。

 そんな俺は意に介さず、プランは腕を組んだまま憮然とした表情をしている。


「なぜって、当たり前でしょう。どうしてそんな無駄な事をしなきゃいけないのよ。部屋は涼しくなったんだからさっきの方法でいいじゃない。」

「だから、それではエアコンではないんだ。エアコンが指パッチンで部屋を涼しくするか? しないだろ! エアコンに手はついていない! エアコンは風を送ることで気温を下げているんだ! それならお前も息をフーフーしろ!」

「いやだってば! というかそのフーフーって言い方やめてよ! 変態っぽいわよ!」

「変態で悪いか!」

「開き直るなっ!」


 プランが蹴りを入れてくる。少し痛い。

 だが、こんなことで俺は折れない!


「この通りだ!」


 俺は床に頭をこすりつけて懇願した。土下座だ。


「えっ、ちょ、やめてよ……ぷ、プライドとか無いわけ……?」

「美少女にエアコンになってもらえるならこの程度のプライド投げ捨ててやるさ……」

「びしょ……って馬鹿! 馬鹿じゃないの? 馬鹿でしょ!」

「というか、そもそもだな。」


 プランが狼狽えるのを見計らい俺は顔を上げる。決めるならここだ。


「ランプの魔神っていうのは主の言うことを拒否できるもんなのか?」

「うぐっ……いや、それは……?」


 プランが露骨に目をそらした。

 これはいける!


「おい、どうなんだ? それとも、もしかしてランプの魔神プランちゃんは息でフーフーするなんて簡単なことすらできないのか?」

「う……うぅ……わ……」

「わ?」

「わかった!! わかったわよ!! わかりましたっっ!! やればいいんでしょ、この変態!!」

「勝った!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「あ、待て! どこに行くんだ!」


 プランが涙目になりながらランプの中に戻っていくのを見て慌てて声をかける。逃げられるわけにはいかない。

 だが、プランはランプから頭だけを出すと、「歯ぁ磨いてくるのよ! バーカ!!」と言い残してまたすぐに引っ込んだ。


「……朝飯に納豆でも食ったのか?」


 ランプの中からピンク色のコップが飛んできて頭に当たった。

 可愛いコップだと思ったが、これ以上言うともっと重いものが飛んできそうなのでやめておいた。


* * * 


「おー、涼しい涼しい。やっぱりエアコンってのはこうじゃないとなぁ!」


 プランが口からフーフーと息を吐くと、それが部屋中に循環して気温が下がっていく。実に申し分のないエアコンだ。


「フーフー! ランプの魔神ならこれくらい当然よ! 大いに感謝しなさいよ! フーフー!」

「ああ、感謝してるさ。ところでかれこれ20分くらいその状態だが酸欠にはならないのか?」

「遅くない!? 酸欠の心配するなら20分経ってから言うの遅くない!?」

「ほら、息が止まってるぞ。」

「しかも止めさせてくれないしフーフー! ま、さすがに人間とは作りが違うからこの程度問題ないわ。フーフー!」

「流石だな。風もミントの香りで爽やかだし……いってぇ!!」

「匂いに言及するんじゃないわよ馬鹿ぁ!!」


 褒めたつもりだったのだが、プランに思いっきり蹴り飛ばされた。というかだんだん蹴る力に容赦がなくなってきている。後で室外機や排水ホースについて提案してみようと思ったのだが、止めておいたほうが良さそうだ。


「っと、もう十三時過ぎか。そういや昼飯を食べてなかったな。」


 色々とあってすっかり忘れていた。

 俺は台所に向かって冷蔵庫の中身を確認する。卵とハムとネギと……あとは大量に炊いて冷凍したご飯があったはずだ。


「プランも食うか?」

「フーフー。私? 食べなくてもお腹は減らないし無くても大丈夫よ。」

「食えることは食えるんだな。了解。」


 フライパンに油を入れて加熱する。その間に卵を器に入れて溶いておき、ハムとネギは適当に細かく刻んでおく。ご飯もレンジで解凍する。

 フライパンが十分に温まったら卵を中に流し入れ、すぐにご飯を入れる。ここは木べらを使って切るように混ぜるのがコツだ。

 そしていい感じになったらハムとネギを投入し、適当に炒めて塩とかコショウとか醤油でいい感じに味付けしたら……。


「よし、適当チャーハンの完成!」


 別に正しい作り方なんざ必要ない。適当に炒めて適当に混ぜればチャーハンは美味しくなるんだ。

 俺は二つの皿チャーハンをよそうと、部屋へと戻り、隅に片付けてあったちゃぶ台を設置してそこに置いた。


「ほら、一緒に食うぞ。」

「えっ、私も? フーフー。別に必要なかったのに。」

「飯は一人よりも誰かと食ったほうが美味しいだろ。客に出すことなんて無いから味の保証はしないが、まぁ良ければ食ってくれ。」

「ん、わかった。フーフー。」

「息を吹いてたら食いづらくないか?」

「あんたがやらせてるんでしょうが! やめていいなら早く言ってよ!! いただきます!」

「へい、いただきます。」


 俺とプランはちゃぶ台を挟んで座りチャーハンを食べ始めた。


「あ、うまっ! 美味しい! うまっ!」

「それはよかった。」


 プランがもっくもっくとチャーハンを口に運んでいく。ずいぶん気に入ったようでこっちとしても嬉しくなる。


「ところでプラン。ちょっと気になることがあるんだが。」

「もぐもぐ……ふぁに?」

「いや、ランプの魔神ってやはり『自由になる』という願いを望んでるのか?」


 俺の知っているおとぎ話では、主人公は最後の願いで魔神を解放した。魔神からしてみれば何百年かに一度呼び出されて、三つの願いを叶えたらまた封印されるのだ。プランも自由を望んでいたとしても不思議ではない。


 俺の問いかけを聞いて、プランは少し思案した様子を見せたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「…………ふぉうね。ふぇひるふぉふぉはら」

「待て、飲み込んでから喋れ。」

「……んん……ふぅ。そうね。できることなら自由になりたいとは思ってるわ。」

「やっぱりそうなのか。」

「そりゃね。自由になったらクレープとかパフェとか好きなように食べられるじゃない? 魔神だとやっぱり制限きついのよ。原宿とか言ってみたいわー。」

「……さっき『いただきます』と言っていたし、ずいぶん日本文化に詳しいみたいだな。」

「うん。ランプの中にテレビがあるから。待ってる間はそれ見てたりするのよ。」

「テレビ!? 想像と違ってずいぶん快適そうだな。俺はてっきりずっと封印されているのかと思ってたよ。」


 俺が驚いて言うと、プランは笑った。


「ないない! そんなことしたらいざ出現して願いを聞いたときに『……えっ、何それ?』ってなっちゃうでしょ。ちゃんと現地文化とか時代に合わせて勉強してるのよ。でも食事なんかは無いから、何か食べるのなんて八百年ぶり? もっとかも。チャーハン美味しいわ。」

「なるほどな。ランプの魔神も大変なんだな。」

「そうよー。それでもエアコンにされるとは思わなかったけどね。」


 プランが再びチャーハンを食べ始めたので、俺も同じように残りを口へと運んだ。我ながら美味い。美味いチャーハンというのは無限に食べ続けられる気がする。


「ま、そういうわけだから。」

「ん?」


 俺がチャーハンを食い終わるタイミングを見計らい、すでに食べ終わってお茶を飲んでたプランが再び口を開く。


「別にそこまで不自由してないし、無理に私を自由にしなくてもいいわ。」

「ん、そうか。」

「そうそ。あ、もうお皿下げていい? 洗っちゃうわ。」

「おいおい、俺が無理に食わせたんだぞ。プランは部屋でも冷やしながらゆっくりしてればいい」

「まだしばらく涼しいのが残ってるでしょ。美味しいチャーハンのお礼ってことでいいから、やらせてよ。」


 そう言ってプランはさっさと皿や他の食器を台所に運んでいってしまい、ついでにそのままにしていた昨晩の食器も一緒に洗いだしてしまった。


(普段食事をしないなら食器を洗うこともないのか。だからこんなんでも楽しいのかね?)


 鼻歌交じりに台所でカチャカチャしているプランの後ろ姿を眺めながら、俺はそんなことを思った。

 ちなみに手際が良いということはなく、皿は一枚割れた。

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