風船紳士
安良巻祐介
ある晴れた日の午後の、都会のメーンストリートを、大きな、丸い体をした、風船紳士がやってきた。
風船紳士は、立派なハットを被って、おしゃれなステッキを持って、少しはねた白いひげと、見る人に「どんな楽しいことがあったのだろう」と思わせる笑顔で、ぴょんぴょんと飛ぶように、踊るように、道をやってくる。
往来の人たちは、少しびっくりしながら、この愉快な紳士を見つめたが、あんまり風船紳士が楽しそうなので、くすくすと笑ったり、指さしたりしながらも、道を空けて、快く通してあげた。
ポン、ポン、ポン、と、風船紳士は笑いながら、心底幸せそうな顔で、道を跳ねていく。
街頭ラジオから流れている、テンポのよい、愉快な音楽が、風船紳士の歩みとピッタリ合って、そこらに色とりどりの泡がはじけるような塩梅である。
と、風船紳士のステッキが、クルリと回って、花屋の看板にキスをした。
きいきいと音を立て、看板は恥ずかしがって身をよじる。
ホッ、ホッ、ホ!と声をあげ、風船紳士は、ハットをさっと取ると、店の中から顔を出した花屋の主人に会釈した。
心なしか、赤や青の信号機までもが、風船紳士のステップに合わせて楽しげに色を変えるようで、街はいつもより少し、目を回したようになっている。
風船紳士は、気の向くままに跳ねながら、道を向かっていく。
辻のところに、噴水があって、きらきらとした水しぶきを上げている周りに、白い鳩たちが群がっている。
その素敵な光景へ、笑顔の風船紳士は、クルクルとステッキを回しながら、飛びこんで行った。
その杖先で、水しぶきの中に虹を描こうとでもするように。
しかし、その時、噴水の周りの鳩たちの一羽が、突然現れた大きなものにびっくりして飛び上がり、同時に、ポトリとフンをした。
その小さな白い固まりが、風船紳士のハットの上に落ちたかと思うと、次の瞬間。
バァン。
風船紳士は、粉々に破裂した。
ゴム風船が割れるように。
ハットが落ち、ステッキが転がってポキンと真っ二つに折れた。
あたりにはゴムと黒い布の切れはしのようなものがハラハラと散り、呆然と見つめていた子供が、ワッと泣きだした。
都会の喧騒の中で、道行く人の誰もが、口をポッカリと空けて、先ほどまで風船紳士のいたあたりを、見開いた目で、ずっと眺めている。
風船紳士 安良巻祐介 @aramaki88
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