白昼夢

@royafve07

第1話

6:28

寝ぼけた眼にうっすらと光が差し込む。


(またか…、もう少しこうしていたいな。)


眼を閉じてもう一度布団を被る。まだ横たわっていたい身体と冴えかけている頭が葛藤する。

隣にいる男の寝息と慣れない他人の匂い。

ここへ来るのは何度目か。いや、初めてか。

何度経験しても慣れない、他人の部屋で迎える朝は。慣れることはないだろう。

この男は何を考えて、初対面の女を家にあげたのか。私は何をしたかったのか。何を求めていたのか。

そんなことを考えていると、眠りが遠ざかっていく。


(帰ろうか。家で眠りたい。)


そうしておもむろに脱ぎ捨てられた服の中から、自らの服を探す。

酒瓶や缶が散らかっているが、それ以外は整然としていて殺風景だ。いつ、どの男の部屋を見ても同じ感想しか出て来ない。心に留めたい風景でもなければ、嫌気がさすものでもない。

昨日のままの洋服に着替え、音を立てないように全てを元どおりにする。ゴミをまとめ、男の服をたたむ。勝手は違えど、やることはどこでも同じだ。

全てを終え、家主に一声かける。


「もう帰るね、じゃあね。」


うーん、と唸っているまだ夢の中の男にこの声が届いているかはわからない。

そんな誰かを横目に、家を去る。


(ここどこだろう。)


地図アプリを起動し、昨夜の朧げな記憶を辿って駅を目指す。

あれは誰だったのか、何をしている人だったのか。全く思い出せない。思い出せるのは、うわべだけの会話。本性は出さず、一夜を楽しむだけの会話。何度も繰り返されるこの会話にも飽きてきた頃だ。なんでもないやりとりを、明日には忘れることだろう。


初めて通る路を歩きながら、冴えてゆく頭に浮かんでくるのは、仕事のことばかりだ。やりがいを感じず、未来も見えない仕事を淡々とこなす日々が、また繰り返される。このままでいいのだろうか。何度考えたかわからないが、答えは見つからないままだ。


自宅までの道のりは、いつも同じだ。

前日の記憶を可能な限り呼び起こす。そして一時の充足感を思い出しながら、空っぽの日常に戻る準備をする。家に着く頃には元のつまらない生活を送る自分に戻る。


バスに乗る頃には、見慣れた風景が広がり、浮ついた自分が消えていく。



「ただいま、おやすみ、15時に起こして」


そう言って、彼女は寝室にふらふらと入っていく。


「はい、はい」


そんな後ろ姿を見ながら、母親は手際よく一人分の昼食の準備をする。


着替える気力もなくベッドに沈む。


(やっぱり家で寝るのがいい。)


そんなことを思いながら、意識が遠のいていく。



16:45


着信音で目が覚める。

画面に映る名前を頭の中で探す。

見当もつかないまま、電話をとる。


「あ、もしもし?昨日ピアス置いていかなかった?」


昨夜の男だ。名前も知らないまま、一晩を過ごしたのか、と可笑しくなってしまった。


「ごめん、全然気がつかなかった。また今度取りに行くよ。」


「また今度」なんてものは、ない。一度きりだからいいのだ。ピアスも男も、気にいるものをまた探せば良い。それだけだ。


なんでもない会話を終え、夕暮れの日曜の虚無感に包まれる。

よく知りもしない男と体を重ね、翌日には何もなかったかのように日常に戻る。ぽっかりと胸に穴が空いたようだが、もともと空いていたのか。


いつだったかの言葉が思い出される。


「一時の安心感ならいつでもあげるよ。君に必要なんだったら。」


どの男が言ったかは思い出せない。この男の体温を思い出すこともない。ただなぜかこの言葉だけが残っている。


そこまでの女なのだな、と。自分の身体を餌にして、一時の安心感を得る。安い女だ。情が湧き、執着することを怖れ、一度きりの関係を繰り返す。幾度、幾度繰り返せばいいのか。もうわからなくなっている。


いつか王子様が、なんてことを考えるほど若くはない。そんな夢物語は存在しないのだ。幸せになって行く友人を傍目に、自分の幸せを考える。答えなどないのに。




7:16

またしても同じ風景だ。窓から差し込む淡い光で目が覚める。

隣で眠る男は、また知らぬ顔だ。

何も成長などしていない。


また同じ日々を繰り返していく。


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