今や元老院と書いて苦労人と読むもので

「いや、論外だろ。処刑一択に決まってる」


 そう吐き捨てたのは、腕を組んで壁に寄りかかっている秋人だった。室内にいる何人か──というかほぼ全員──が同意を示すように激しく頷く。

 だが、その一方でいきりたって立ち上がったのは水城である。


「何だと!? 納得の行く理由を説明し給え!」

「それはこっちの台詞だ。今回起こした騒動もそうだが、報告書を見る限りあいつは複数の村を襲ってる。調査が難航していた理由は明白だろう? 生存者がいないからだ」


 キャンキャンと喚き立てる水城を秋人が一蹴するのも仕方のないことだ。


 集められた会議室で、元老院の面々は顔を伏せる。呆れたように息を吐きたいのはやまやまだが、多分そんなことをすると飛び火する。我らが水城様は表向きは寛大で寛容で──紛うことなき暴君だ。


 ……だからあれほど何でもかんでも拾ってくるなって言ってるのに。


 そんな心の声が誰かから聞こえてきそうだった。もっとも、この件は正確には拾って帰ってきたのは水城自身ではないのだが。


 さて、今回の議題といえば言うまでもなく件のの処遇につきる。

 組織内でも既に二度、騒ぎを起こしている上に水城が腕を失ったのもその者が原因と聞く。何が起きたかは分からないが二度目の騒ぎの後はすっかり大人しくなってしまったらしいが……それに関しては水城の主張なので誰も信用していない。

 こうなってくると魔術封じの部屋に閉じ込めているという点ももはや安全の保証にはならない。閉じ込めているというのも建前だ。実際には「どうか出てこないでくださいお願いします」と神頼みをしながら鍵を掛けているだけである。何故こじ開けて出てこないのかが分からない為に逆に怖い。

 初めこそ見張りを室内に数名置いていたが、秋人の判断で全員退避させることとなった。とにかく刺激するな、近付くなと。組織中にその通達がなされた為、現在は今この場にいる上層部を除いた全ての構成員が部屋から出ることを禁じられている。

 いよいよパニック映画の様相を醸し出してきている。


 ならば追い出して終わり、とはならないのが世の中の世知辛いところだ。

 そもそも“銀の星”には『魔術師を管理する』という役割がある。問題を起こした野良の魔術師をするのも役目の一つだ。あの青年(?)が魔術師である以上、放逐してしまえば近隣諸国が騒ぎ立てるだろう。ならばこちらで片付けるしかない、というのが秋人を含めた上層部の総意なのだが……。

 殺すどころか、「彼はもううちの組織の一員だ。私が決めた」と譲らないのが我らが暴君水城様である。


「うちには魔術犯罪者くらい珍しくないではないか! 書類を偽造して死亡したことにして生き延びている者が何人いると思っているのかね!」

「書類を書き換えてには危険度が高過ぎる。そもそも、そんな価値があるとも思えない。魔術を抜きにした現行法に照らし合わせても死刑制度がある国なら裁判すっ飛ばして極刑、そうでなくとも懲役三桁確定だ」

「この……っ! 正しいことばかりを言うな!!」

「ならとやらを説明してみろ。一歩間違えれば骨ごとその首を捩じ切られていたかもしれないのに、もう忘れたのか?」


 正論しか言わない秋人に対して、言い返せないらしい水城が指先を突き付けながら肩を震わせている。その細い首にはくっきりと人間の手形と思しき跡が残っており、視界に入るだけで背筋がぞっとする。本人だけが気にしていないものだから、余計にこちらが落ち着かない。


 さて、この組織で唯一、明確に水城にが出来るのが秋人だ。上層部には彼に足を向けて寝られない者すらいる。「その調子でどうにか言いくるめてください……!」と面々が拝み出したところで、とうとう癇癪を起こしたのが水城だった。


「普段はこの辺りで折れるくせにしつこいではないか!! 誰に向かってものを言っている!? 私は御影の現当主だぞ!?」


 水城はいよいよ地団駄まで踏み始めた。年齢不詳の我らが当主様、こうなっては梃子でも譲らない。普段は暴れ出した水城を何だかんだで宥める役に回る秋人だが、何故か彼は彼でこの場に集まった時から珍しくちょっと機嫌が悪そうだったりする。そのせいか、疲れたように息を吐いただけだ。

 元老院の面々は静かに顔を見合わせて嵐が過ぎ去るのを待つ。水城が今のようにぎゃあぎゃあと喚いているうちはまだマシだがのことを思うと誰も秋人の代わりになど宥めることは出来ない。


「大体、処刑だと!? 殺すと言うのかね!?」


 ……それは、その場の全員が思ってはいても口に出さないでいたことだ。首を切り離すまで大人しくしているとは到底思えない。力で抑え込めないと既に証明されている以上、後は魔術で抑え込む他ないということになる。しかし。


 この中にも数名、例の青年を直接その目で確認した者がいる。だからこそ、分かる。


 ──魔術師としての格が違い過ぎる。


 完全に立っている次元が違う。こんな状況でなければ伏して教えを乞いたくなっただろう。魔力量こそ回復し切っていないせいで少なかったが、魔力のは目も眩むほどだった。あんな高純度の魔力を宿す者など見たことがない。魔力は体内で生成する際にどうやったって不純物が多く混ざるものだ。そうやって魔力が濁れば濁るほどに、魔術の出力は落ちていく。


 魔術師を束ねる組織の、その上層部。そんな彼らであるがゆえに看破出来てしまう。純粋な魔術と魔術のぶつかり合いに、ジャイアントキリングは存在しない。彼の魔術の属性が何であれ、こちらの手が通用するはずがない。


 まごつき始めた元老院を前にして、水城が勝ち誇ったような顔をする。彼女は魔術師としての能力はかなり低い部類だ。故に、魔術的な観点から出た言葉ではないだろう。それでも言葉だけは正しい。誰だってあんなものの前に立ちたくないので。

 そんな彼らに呆れたような目を向ける者が一人。言わずもがな、壁に背を預けたままの蒼い人である。


「部屋に毒ガスでも蒔けば良いだろ。直接魔術をぶち込もうだなんて考えるから悪いんだ。接触しないまま殺す方法なんていくらでもある」


 流石は秋人様だ。もうこの人に全部任せたい。……と口に出せば水城が激怒するのは目に見えているので総員慌てて口を噤む。

 それにしても普段は穏健派──何でもかんでも「処刑だ」と騒ぐ水城を嗜める唯一の人という意味──の彼にしては些か不可解なほどに処刑の選択に賛成らしい。だが、異論こそ無いというもの。水城の様子をちらちらと窺いながらも元老院の面々は恐る恐る手を上げて発言する。


「では秋人様、いかがなさいますか? 本来であれば国籍などを調べたのちに当該国への処分許可を申請しますが……」

「それこそ後から偽造出来ますので、捕える際に抵抗した為やむなく殺処分……というのは? その辺りは我々が処理致します」

「助かるよ。その方向で頼んだ」

「何を勝手に話を進めている! 私は良いなんて言ってない!!」


 水城様に従うよりも、秋人様に肩入れする方が益があるからです。


 ……とは、流石に言えないが。上層部は基本的に普段からその意見である。水城が放り投げては手付かずになっている膨大な事務処理をしれっとこなしているのも秋人だ。

 元老院ともなると余程のヘマをしない限りは物理的に首が飛ぶ可能性は低いので、水城のご機嫌取りこそすれ、必要以上にへりくだることもない。


「……そもそも、何でそんなにあいつに拘るんだ? お前は基本的に個人に固執しないだろ」


 埒が開かないと踏んだのか、秋人は嫌そうな目を水城へと向ける。上層部一同としてもそれには概ね同意見だ。彼女は個々人に対する執着がほぼ無い。……もっとも、唯一の例外が今目の前にいるのだが。水城も当人も気付いていなさそうなので誰も口出ししないようにしている。


「拘っているだと? 私が?」


 対して、水城は首を傾げていた。とぼけるとか誤魔化すとか、そういった仕草ではないのは明らかだ。つまり、自覚が無いらしい。


「それは……だって、」


 赤い目が伏せられる。いつも(無駄な)自信に溢れている水城にしては珍しく、眉を寄せて黙り込んでしまった。

 ややあって、彼女は静かに首を横に振る。


「……どうでも良いだろう、そんなことは。それよりも、だ。お前達が危惧しているのは彼がこの先も今回のように暴れ出さないか、という点だろう?」


 それは確かにそうだが、論点はそこに限らないということを彼女は一切理解していないらしかった。


「ならば簡単なことだ。私がよく言い聞かせておこうではないか。彼は私を尊敬してやまないに違いないので、それで全て解決する。この世には私を尊敬してやまない者しかいないからな」


 少なくともこの場には水城様を尊敬してやまない者は一人もいないので、その御言葉は間違いである。「何言ってんのコイツ?」と言いたげな蒼い人の顔が見えていないのだろうか。


「だがもしも大人しくしないようなら、その時は処刑。それで良いのだろう? もっとも、そんなことにはならないと思うがね」


 いえ、良くないです水城様。


 そんな一同の心の声も虚しく、水城は話は終わりだと言わんばかりに椅子に座り直してふんぞり返っていた。


 基本的に、当主様と元老院を交えた会議というのはいつもこういった形で強制的に終わらされるものである。

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ネメシスの渇望 ヒヨリ @966933

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