第2話 出会い

 生命の樹の枝で青年が眠っている。

 整った顔立ちに陽光を受けると銀糸にも見える純白の髪の美しい青年だった。青年の傍らには、金色の鳥が同じように眠っている。

 爽やかな風が青年の髪を揺らす。木漏れ日が髪に反射して、光のイリュージョンをかもし出している。

 この青年は、生命の樹で黄金の鳥に守られていた赤子。十数年の時が経ち、立派な若者へと成長していた。

「アルヴィス」

 誰かが樹の下で青年を呼んでいる。

 呼んでいるのは青い髪と瞳の、こちらも美しい青年だった。

「アルヴィス!」

 青年の位置からアルヴィスの姿は見えないが、光が乱反射していることで、そこに居るのは解っていた。

「ア・ル・ヴィス!」

 青年がいくら呼んでも起きる気配はない。

「もう出かける時間だっていうのに…」

 ブツブツ呟きながら青年は青い珠を作り、それをアルヴィスに向けて飛ばした。

 手を離れた青い珠はアルヴィスの真上に達すると、勢いよく割れた。

 珠の大きさからは考えられないような大量の水が、アルヴィスに降りかかる。

「わっ!」

 それに驚いてアルヴィスは飛び起きた。その勢いで枝から落ちてしまったが地面に激突するようなことはなく、フワリと青年の前に降り立つ。

「何するんだ、セレス!」

 全身ずぶ濡れになってアルヴィスは青年に詰め寄った。

「注意力なさすぎなんだよ。キールなんて一滴も被ってないぞ」

 キールと呼ばれた鳥が、アルヴィスの眼前で得意そうに翼を広げる。

「………」

 鳥にまでバカにされて何も言い返すことが出来ない。

「ほら、さっさと乾かして館に帰るよ、白の長殿。今日は緋の国に行くんだろ」

「…わかってるよ」

 言って小さく息を吐くと、アルヴィスは歩き出した。全身に被った水は跡形もなく消えている。

「…あれが主人で、君も大変だね」

 側にいたキールにセレスが言うと、肯定するかのように一声鳴いた。




 今日は緋の国で武術大会が行われる。

 大会の後に優勝者とゲストとの試合があり、アルヴィスはそのゲストとして参加する。

 ゲストとしてでも白の国の人間が大会に参加することは滅多にない。数百年に一度ぐらいではないだろうか。

 アルヴィスも本来はこの手の大会には参加しないのだが、今回は理由があった。おそらく今大会でも優勝するだろう、緋の国一の剣士・炎のエリアスに会うために参加するのである。




  天地を支え、人々を見守りし〝生命の樹〟

  生命を守りし風神の民・エアーリア

  翡翠の翼持つエアーリア、長に与えられし名を〝レーラズ〟という

  レーラズは最高神の御名

  長は最高権力者であり、それゆえに人々を守り導くことを運命づけられている




「運命づけられている…か。そのために戦わなければならないとすれば、レーラズは戦うのだろうか…」

 腰に二振の剣を携えた赤い髪の青年が、壁に凭れて呟いた。

「何ブツブツ言ってるんだ?エリアス」

「ラスか」

 エリアスの友人らしき青年が声をかけてきた。

「戦いの民ではないレーラズも人々を守るためには戦うのか…と思ってな」

「レーラズ・エアーリアか。実在するなら戦うんじゃないか?それが使命な訳だし」

「実在するはずだ、俺が生まれたんだからな。俺は剣士だからこの運命も受け入れられるが…戦わない人間には酷だと思わないか?」

「エリアス…」

 エリアスの言葉を聞いて、その内容を正確に理解出来る者は片手にも満たないだろう。それくらい知られていない事であるし、エリアスも肝心な部分は口にしていない。だが、親友のラスはエリアスに課せられた運命を知っていた。

「ま、気に入らない奴だったら受け入れないけどな。運命なんか知ったこっちゃない」

 ふざけた物言いで、シリアスになりかけた空気を変える。

 それを見て、ラスがプッと吹き出す。

「お前らしいな。…しかし、白の国の伝承なんかで真剣に悩むなよ。怖い顔してたぞ、お前」

 溜息混じりにラスが言った。

「そうか?」

 言われて、エリアスは苦笑する。

「…そんなに気になるのなら、次の相手に聞いてみな」

 ラスが半分呆れて言う。

「ゲストは白の国の者だ」

 その言葉にエリアスは驚いた。

 白の国の者は観戦することはあっても参戦したことなど記憶にない。それ程、戦いには縁のない国なのである。

「そいつ…剣を持ったことなんてあるのか?」

 エリアスが不安げに訊く。

「さあな。とても戦う者には見えなかったが…すごい美人だった」

 この言葉から察するに、ラスは控え室を覗いてきたらしい。




「セレス」

 アルヴィスが一緒に控え室にいるセレスに声をかける。

「何?」

「どう見た?」

 アルヴィスが訊いたのは、今日の優勝者のエリアスの事。

「そうだな…大陸一の剣士と呼ばれる日もそう遠くないと思うよ。ただ…」

 セレスの言葉の続きはアルヴィスが引き継いだ。

「自信過剰気味だね。でも、彼なら任せられるかな」

 その言葉にセレスが笑う。

「ようするに、気に入ったんだ」

「……さあ?」

 セレスの言葉にとぼけているが、その顔には笑みが浮かんでいた。



 対戦相手を見て、エリアスはラスの言葉に納得した。

 地に届く程に長い純白の髪に薄紫の瞳。長衣も純白でまるで幻のようだったが、頭から髪の先にまで編み込まれた細布だけが鮮やかな青で、その者が存在することを証明していた。

(白の国には美人が多いが、その中でも飛びぬけているな)

 白の国の者は男も女も容姿端麗な者が多い。アルヴィスはその中でも一・二を争う程だ。女性的ではないが男くさくもない。中世的というよりは神がかっているように思う。

(それよりも…)

「あんた、本当にその格好で戦うのか?」

 エリアスが呆れ顔で言った。

 引き摺る程の長さはないとはいえ、長衣は戦いに向いた衣装ではない。

「ええ。…これならば、あなたでも勝てるかもしれませんよ」

「な、んだと…」

 国一の剣士の誇りを傷つけられて、エリアスは剣を握る腕に力を込めた。

「私に手加減は不要!」

「その言葉、後悔させてやる!」

 言葉と共に一歩踏み出し、試合は始まった。



「あーあ、あんなこと言っちゃって。あいつが得意なのは弓だろうに。顔に似合わず過激なんだから…」

 ちゃっかりと一番よく見える席を陣取って、セレスが呟いた。その前の柵には、もっとちゃっかり者のキールがとまっていた。




 ただの強がり…と軽く流していたエリアスは次第に真剣になっていった。相手の言葉通り、手加減などしていては自分が危なくなってきたのだ。

 攻撃力は劣るのだが、とにかく動きが速かった。一瞬でも気を抜けば、すぐに後ろをとられるのである。

(なんて速さだ)

 エリアスの劣勢が続くかと思われたが、持久戦となってようやく優勢になってきた。毎日鍛錬を欠かさない者と鍛錬など必要のない者の体力の差が出てきたのである。

 あがってきた息を整えるためにできた一瞬の隙に、エリアスが踏み込んだ。

「これで終わりだ!」

 勝負あったと誰もが思った。…が、相手の姿が消えた。エリアスですら見失ってしまったが、よく見れば地に影が落ちている。

(しまった、あいつには翼が…)

 そう、相手は有翼種なのである。それを思い出した時にはエリアスの剣は弾き飛ばされていた。

「勝者アルヴィス!」

 審判員の声に歓声が上がる。だが、その声はすぐにざわめきに変わった。

「翡翠の翼…」

 エリアスが呟く。伝承の中のエアーリアの翼が目の前にあった。

「私の勝ちですね。…あなたは確かに強い。でも、自信過剰は油断を招きます。そのことを忘れないでください」

 アルヴィスがエリアスの敗因を指摘する。

「ああ。解った」

 アルヴィスの言葉に怒ることもなく、エリアスは淡々と答える。

 その態度にアルヴィスが微笑む。エリアスはプライドは高いが、自分の非は素直に認めることのできる男だった。

「俺はエリアス・ファーリアだ。…また会えるか?」

「あなたが望むのでしたらいつでも。私はアルヴィス・エアーリアです」

 それだけを告げると、アルヴィスはエリアスに背を向け闘技場を後にした。

「エアーリア…彼が俺の…」

 アルヴィスを見送って、エリアスが呟く。

 あまり知られていない事だが、いつの時代からか、エアーリアの名を持つ者は一人しか生まれてこなくなった。

 そして、その頃からエアーリアと対をなす戦士が生まれるようになった。それが〝ファーリア〟

  エアーリアを生涯かけて守る戦士、それがファーリア。試合前のエリアスの言葉は、これを指していた。今世ではエリアスがそのファーリアだった。そして、対のエアーリアがアルヴィス。

「なるほど。だから、いつでも…か。俺のこと初めから知っていて腕試しにきたって訳か。…中々食えない奴だよ、俺のエアーリアは」

 そう毒づいているエリアスだが、その顔はとても楽しそうだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アトル 時間タビト @tokimatabito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ