エピローグ 鬼姫森然せず
一週間後。渋谷は夜の道玄坂。地下に店を構えるバーの片隅にて。
「あ~~~!」
濡羽色の髪に赤ガウンの女――酒呑童子が机に突っ伏していた。白い肌は不健康に青白く、眉根は深く深く寄せられていた。
「あ~! あかんわ……!」
その様子はまるで二日酔いのそれであった。しかし、彼女はここ一週間こんな調子であった。
「おねぇ、大丈夫?」
「茨木ィ~! いまは撫でんで? 頭、響くから、頭撫でんで? おい、小娘?」
酒呑童子の隣の椅子に腰掛けているのはふわふわの栗毛にウグイス色の瞳の鬼、茨木童子だ。ロリータファッションで顔の半分をレースで縁取られた布で覆っている隻腕の幼女だが周囲の人間は彼女の存在を全く知覚していない。
「やかましいぞ、お前たち」
「おー! ご主人」
「…………」
そこへ彼女らの上司、黒スーツの男が現れた。茨木童子は彼が着席するやその膝に鎮座した。
酒呑は茨木の意図せぬ攻撃から開放されたわけだが、その内心は複雑だ。
――おい、茨木ィ! アタシよりその黒スーツがええんか? 名無しのあんたに名前を与えたんはアタシぞ? あんたアタシの妹分と違うんか?
「酒呑、一応聞くが体調はどうだ?」
「どぅ、思ぅ? 上司ぃ、部下の体調くらいそれとなく把握せぇよ」
「だから時期を改めろと言ったろう? 先週の戦闘で呑龍は破損。呑龍を使った毒抜きが出来ない以上、わかっていたことだろう?」
酒呑が言い返せない状態だからか男はいつもよりも饒舌だ。心なしか口元もニヤけているようにも見える。
「鬼には退けんときがあるんよ、上司。例えば――」
「助けた名無しの鬼の退院祝いのときとか……ですか?」
酒呑の言葉を引き継いだのは先日拳を交わした名もなき鬼の少年であった。
少年の登場に酒呑はガバリと顔を上げ、ふらつきながらも立ち上がった。
「上司! なして、もう連れてきた⁉ あと二時間あればアタシは復活した!」
「あぁ、それなんだが……コイツがお前のことを心配してたのと、俺個人としてはお前の後輩に対するええ格好しい癖を止めて欲しいという願いがあってだな」
「エゴやん! ほとんどあんたのエゴやん⁉」
酒呑は男に掴みかかろうとするが、その場でくるくる回り結局机に突っ伏した。
「なっ? 大体俺が言った通りだろ? 戦闘中暴走したお前の鬼の力を飲み込んだ結果、ダメージを負ったが現状はただの二日酔いとほぼ変わらん。」
「そう、みたいですねボス。あははは……」
妙に親しげな男二人に酒呑の表情は曇る。
――おかしーなぁ、アタシこの少年と死闘の末、命がけで助けたんだけどなぁ。なしてこの男に対する好感度が高いかなぁ? あと、キャラ変わっとらん?
「……良い! おねぇの嫉妬の波動、昂ぶる……!」
茨木が何やら興奮して机を叩き始め酒呑の側頭部が打ち鳴らされる。
「茨木ィ! 止めぇ! あと、後輩来たんやからちゃんとしい」
そう言って酒呑は茨木にスマートフォンを投げつける。彼女はそれを受け取るとあっという間にバラバラにしてしまった。するとスマートフォンのパーツがひとりでに茨木の身体に潜り込んでいき、隻腕だった彼女の腕へと変わった。
「コレが茨木さんの特性なんですね」
「ああ、そうだ。『想像』と『置き換え』が茨木童子の能力だ」
§ §
「改めて自己紹介しよう。俺がお前たちを直接管轄していく楠木だ。以後よろしく」
「あたしはイ号鬼、
「そしてそこで、突っ伏してるのがロ号鬼、
「あははどうも。イ号鬼、
少年がバツが悪そうに名乗りあげると酒呑が立ち上がった。
「そこで少年! 君の名前はアタシが考えました! ちなみにアタシの特性は『呑み込み』『増大する』よっ!」
「おい酒呑……!」
楠木の静止を振り切って酒呑は少年と向き合う。
「少年、アタシは鬼は笑うために生まれたと言うたの覚えとる?」
「はい」
「アタシら鬼は人の魂から剥がれ落ちた弱い心、寂しい心から成り立っとる」
「はい」
「けど、だからこそアタシらは小粋に陽気に笑って生きるべきやと思う」
「…………」
「人が押し黙り涙する時代に、アタシらは笑い転げておらんといけない、そう想っとる」
酒呑は思いの丈をぶつけ、少年に告げる。
「だから、君にも生きて欲しい。一緒に生きる仲間になって欲しい。で、仲間には名前が要るやろ? だから……うん。アタシが考えた君の名前はな――」
はにかみながら鬼の姫はその名前を口にして――それからケヘッといつものように笑うのだった。
鬼姫×嬉鬼×快怪~渋谷ドランカーナイト~ 世楽 八九郎 @selark896
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