最終話
――某日、上ノ瀬町。商店街。
「ご苦労さまでーすっ」
「はいはーい。お疲れ様でーす、待たせてごめんなさいね」
商店街の中にある一軒の花屋。まだ開店前のそこに繋ぎを着て、キャップを目深に被った業者の女性がやって来る。出迎えるのはいそいそと店の奥から出てきた青年。互いに笑顔を浮かべた二人は挨拶をした後、青年は業者の女性が見せた書類にサインをする。すると業者の女性は荷物を手に店の奥へと青年と共に入って行った。
「それでぇ、今日の入荷なんですがー……」
「ええ……すぐ開店ですから、手短に」
青年は商品や棚の移動を行いつつ、飄々とした業者の様子とは違う、先程とも違った冷淡な口調でそれと接していた。業者の彼女も彼女で、彼のそんな様子を気に留める様子も無く。手帳を開きぺらぺらと捲って行く。
「――鬼童衆と名乗る集団は"魂"と"器"と呼ばれるものを求めて集まったようだ。そしてその二つ、幸か不幸か今はどうやら共にあるらしい」
業者の女性の口調が代わり、それは打って変わって淡々とした、まるで吹き込まれた音声を再生するテープの様だった。青年は驚くことも無く、品物である花々を棚へと飾って行く。彼女が誰かから伝えるよう指示された内容を口にしている間、往復を繰り返し、彼女が口を閉ざしたタイミングで彼は戻ると、それは彼が口を開く番ということ。
「それで、僕にどうしろと」
「二つの内、”魂”に該当する者には手出しができない。故に”器”、これを排除したまえ。二つが揃わなければ、奴らも計画を諦める他無くなるだろう」
「その”器”というのは?」
青年の質問に、業者の女性は一枚の写真を手渡した。彼はそれを受け取り見ると、僅かにその表情を曇らせる。
「”あやめ”と言うらしい。ターゲットはその娘の命だ」
青年が見詰める写真に写っていたのは黒髪をした制服姿の少女。制服を見る限り、都内の中学に通う生徒であろうことが分かる。これを殺せと、業者の女性、その背後に居るものは青年に言う。
青年は返事を彼女に返さないでいたが、その間にも業者の女性は彼の手から写真を取り上げて踵を返してしまう。
「それじゃ~、またよろしくお願いしまぁ~す」
去り際、調子が戻ったらしい業者の女性は半身だけ振り返ってぺこりと頭を下げると足早に停めてあるトラックへと向かい乗り込んで行く。青年が表へと顔を出すころには既にトラックは走り出して行ってしまった後、別の仕事でも運びに言ったのであろうと青年は一つ、重い溜め息を落とした。
結局彼女は青年の答えを聞かずに去ってしまったが、それは彼が依頼を断らないと分かっているからだろう。そして彼は彼女がトラックから下ろして行ったコンテナを片付けようとして、それを持ち上げた時であった。
「よっ、ご苦労さんだな、
「あれ、門吉くんじゃない。どうしたの、今日は」
「いやあな、メリージェーンのヤツが手え離せないっつーからさ、代わりに花、買いに来た」
現れたのは骨董門吉屋のロゴが入ったシャツを着た短パン姿の、今年で二六になる独身男性、名前を門吉という人物であった。彼と隼介はもう一人、門吉の同居人を含めて顔見知りであり、門吉と隼介に関しては友人と言って差し支えない間柄でもあった。
故に、門吉の言葉を聞いた隼介は少し待っているように彼に告げると、コンテナと共に店の奥に引っ込み、暫くすると花束を一つ持って戻って来た。どうやらそれがメリージェーンという門吉の同居人がいつも買って行く花の様で、門吉もそれには見覚えがあった様でそれかと声を上げた。
普段見ているのではないのかと彼の様子に苦笑しながら代金と引き換えに花束を彼に渡した隼介であったが、ふともう一人、門吉の影に隠れるようにして様子を窺っている人物に気が付く。誰かと思い、門吉に尋ねるのと同じくして、彼もその正体に気が付き、目が見開かれた。
「コイツは秋雨の野郎の娘で、暫く
「は、はじめ、初めまして!
「あ、ああ……初めまして、あやめちゃん。僕は隼介って言います。よろしくね」
門吉の背中から引きずり出されたあやめは隼介を前におどおどとしながら、挙句は顔を耳まで赤くしながら彼に自らを紹介した。門吉が言うに、誰かと面と向かって会話をしようとすると、それが初対面であればあるほど緊張して顔が赤くなるのだとか。要は恥ずかしがりやなのだと付け足すと、彼女は更に顔を赤くして門吉の脇腹を小突いて文句を言った。
隼介の紹介を経て、短い世間話をした三人。門吉とあやめが帰り、一人になった隼介は暫くその場で呆然としていた。間違いない、写真の少女は彼女である。よりにもよってそれは門吉と共に居て、そこまで考えて彼はふとある疑問を懐いた。そして急ぎ店の奥へと駆け込むと、その先に置かれたコンテナを開いた。中には花々と一緒に分厚い封筒が一つ。それを手に取り中身を取り出してみると札束と一緒に数枚の写真があった。
一つは先程業者の女性が見せたあやめの写真、一つは鬼童衆と思われる人物が朧気に映った写真、そして似たような写真を次々見て行き、最後の一枚を見た彼は強く歯噛みをした。”魂”と付箋の貼られた写真に写る者、それは紛れも無い門吉その人であった。
鬼童衆。その内の一人、大五郎とそしてあの深編笠の大男はとてつもない力を持っていた。恐らくは自らと同等かそれ以上の力を。写真を見る限り、そしてあの二人の会話を思い出す限り、鬼童衆はまだ他にも存在している。それから果たして門吉を守り切れるだろうか。
隼介は今一度、あやめの映る写真を手に取る。そして業者の女性の言葉を思い出す。
――二つが揃わなければ、奴らも計画を諦める他無くなるだろう。
最善の策は、門吉を守りながら鬼童衆を討つことではなく。依頼の通り、あやめという少女を手に掛ける事。騒がしさを増している通りに背を向けながら、一つ吐息を落とす隼介。どうしてこうも望んだ通りに何事も進まないのかと考えるが、それこそ自業自得というものなのかもしれない。そう思って顔を覆ってみても、思い浮かぶのは”超人化薬”と探偵、門吉と、己の仮面ばかり。
仕方が無いのだと、自業自得と言うのであれば、それは仕方が無いことなのだと彼は自らに言い聞かせながら、背中に掛けられる客のものと思われる声に振り返り、そして日常を過ごす為のかつての本当、そして今の偽りである花屋を営む”隼介”となり、彼は笑顔を浮かべた。
「いらっしゃいませ」
鬼童衆 ~双鬼~ こたろうくん @kotaro
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