第9話

 ――同日、とある倉庫にて。


「三階からとは言え、受け身も取らずに骨の一つも折らないなんて大したものね」


「あの程度で壊れるようには出来てはいない。だが君は違うだろう、無茶をしたな」


 照明により十分に照らされた倉庫の内部では、髑髏の仮面を着けていた男性に手当てをする黒いスーツの女性が居た。あの時、ビルから飛び降り落下した彼であったが、その時の傷は打撲で済み、それよりもガラスの槍により貫かれた右肩の傷の方がよっぽどの重傷であった。落下で肩の内部に残っていたガラスが砕け、散らばり肉をずたずたにしていたのだ。破片を取り除くべく、そこで切開し、丁寧に破片を取り除く作業の中で、女性の感心した言葉にしかし彼は彼女の身を案じた。


 だが彼女はそれを鼻で笑い、ピンセットで取り除いた血濡れのガラス片をトレイへと置く。背中を向ける彼を前に彼女は、狭い倉庫の中に置かれたテーブルに放置されたぼろぼろの髑髏の仮面に視線を移してそして苦笑する。


「今回はそれこそ無茶な依頼を出してしまったしね。あれくらい当然よ。……はい、薬。もう持ち合わせ無いんでしょう?」


「……必要とは言え、また薬が作り出されていると知ったら、彼はどう思うかな」


「嗅ぎ付かれないよう上手くしているつもりよ。もし見つかれば、彼は私たちじゃ止められないしね」


 女性の差し出したピルケースを受け取りながら、”超人化薬”の撲滅に尽力する探偵の事を口にした彼に対し、女性は気付かれなければ無いものと同じだと彼に告げる。しかし彼の中に広がる罪悪感を拭うには至らない。もしかしたら対峙しなければならなくなるのではという恐怖心すら芽生える。その時、出来損ないの自分ではきっと敵わないとこも分かっていて。


 だがまだ彼にはその薬が必要であり、その時までは、自分に出来ることを精一杯やり続けるだけだと自らを鼓舞する言葉を内心にて言い聞かせ続けた。

 そうしていると、刺すような痛みが走り、彼の口から声が漏れた。直後に謝ったのは女性で、どうやら取り除こうとした破片で傷を突っついてしまった様だった。この処置に麻酔は使われていない。何故ならば、代謝の違う彼の体には常人が使う麻酔はその効果が見込まれないからだ。


 最後の一欠けらだと彼女が言って、それをトレイへと置いた。漸く一息吐けると彼は吐息と共に肩を下ろすが、動けば当然開いたままの傷が痛む。女性に注意され、謝りながら彼はピルケースを開き中から錠剤を一つ取り出して口に含んだ。噛み砕き、喉に通して暫く、彼の体に熱が籠る。落ち着かない様子で彼が肩や首を動かし始め、深い呼吸を繰り返す。するとそれを見守っていた彼女の前で、切開した右肩の傷が塞がり始めた。それを見た彼女は一息吐いて立ち上がり、手袋を取り外しながら掛けてあったスーツを手に取るとそれを纏い、テーブルの上の髑髏の仮面を手に取った。


「もう平気よね?」


「ああ……平気だ」


「報酬は提示した額、ちゃんと振り込んでおくわ」


 排除出来ていないと彼が言うと、女性は笑いながら正体が確認出来ればそれで良かったのだと、その実、彼を捨て駒にしたことを告白する。そう言う事かとしかし彼は納得したようで、逆上する事無く。インナーを着込み、上半身だけ脱いでいたライダースを着直すと、投げられた仮面を受け取りそれを被った。固定用のチンガードを上げ、再び髑髏の仮面被った怪人へと変わった彼もまた立ち上がり女性と遂に向かい合う。


「――では、草薙クサナギ


「ええ、気を付けてね。帰宅中に事故してもそこまでは面倒見切れないから」


 草薙、それが女性の事であり、彼女が壁面に設置されたパネルに暗証番号を入力すると倉庫の出入り口が解放され始める。彼がその先に目を向けると、そこには一台の漆黒をしたバイクが用意されていた。

 草薙の軽口を背中に受けながら彼はそのバイクに歩み寄り、軽快に跨って見せる。エンジンに火を入れ、唸らせる。そしてすぐにでも出発しようとする彼であったが、視線に気付き、倉庫の方に顔を向けた。そこには相変わらず草薙が居り、不気味な髑髏の彼を見詰め、複雑そうな、しかし笑みを浮かべて見せていた。彼はそんな彼女の事を暫くの間見詰めた後、再び前を向き、跨った鉄の獣を咆哮と共に走らせた。

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