悪しき硬貨は身を潜め

Takadanobaba city +35.713+139.709

2038-01-10 T 03:30:56 +09:00

2038-01-10 T 03:30:57 +09:00

2038-01-10 T 03:30:58 +09:00

……


探索を続ける。

まずは【本棚】を上から下までじっくりと眺めてみるとしよう。

ふと妙に分厚く、本棚から若干飛び出し気味の一冊が妙に気になった。

そいつを本棚から取り出すと、なるほど、違和感の正体に納得する。

本型金庫ブックボックスだ。

シンプルではあるが、一度ここを訪れた鑑識の目を誤魔化せる程度には、見事に景色へと溶け込んでいる。

いや、実体としての本に溢れかえる、この環境ならではの秘匿方法とも言えるだろう。


私は今一度、黒いゴム手袋をしっかりとはめ直した。

もはや鑑識が此処犯行現場を訪れることはないだろうが、ここでいたずらに指紋を増やす行為は得策ではない。

少し上蓋をずらして御開帳すると、中には黒ずんだ硬貨がびっちりと敷き詰め込まれていた。


……なるほど。「500円玉悪しき硬貨」、か。


――仮想ヴァーチャルマネーの普及によって市場流通量の激減した現実リアルマネーだが、まだ完全に廃れたわけではない。むしろ金の流通を把握する上で非デジタルマネーは、大きな障壁と化していた。

そこで現実を仮想の方の帳尻に合わせられないか、という方針から導入された政策が、紙幣のブロックチェーン管理システム完全追跡Perfect Traceである。


このシステムは紙幣の識別番号を基に、どの時間誰がその紙幣を所持していたかという全ての情報を、各日本銀行の本店・支店が管理するクラウドサーバ上によって完全に追跡する。

よって利用者と所有者の間で齟齬そごが生じれば――例えば、カツアゲや強盗によって不正に所有者権限を強奪された紙幣は、即座に日本銀行券としての役割を喪失し、ただの紙くずへと変貌する。

もちろん使おうものなら、直ぐ様警察が駆けつけて来るだろう。


一方で違法賭博ギャンブルお薬ドラッグなどといった、金銭のやり取りに足を付けたくない状況では、当然ながらPerfect Traceパーフェクトトレースの目から逃れるように取引がしたい。

すると識別番号が付与されていない貨幣のうち、最大の価値を有する硬貨――500円玉が注目されるのは当然の帰着とも言えた。


こうして罪のないはずの500円玉には、いつからか悪用に使われるイメージが浸透し始めてしまった。《悪しき硬貨》も、日銀総裁が記者会見中にうっかり発言してしまい、世論で物議を醸した500円玉に対する蔑称である。


だからこそ、この一般市民に過ぎない男性が500円玉を収集しているという行為は、明らかに異質であった。

別に何らかの罪を問われる訳ではないが、500円玉を貯め込む行為そのものは褒められたものではない。ここに何らかの理由があると見て差し支えはないだろう。


証拠: 被害者男性は500円玉を多量に所持していた。何故?


―――

ブックボックスを元の位置に戻そうとすると、若干のつっかえを指先から感じ取った。

「ん?」

本棚の奥に何かが挟まっていて、奥まで押し込めないようだ。覗き込むと、プラスチックのケースに収められたBicycleトランプの文字が目に入った。

あぁ、なるほどね。彼はこれでトランプ博打を打っていたのか……とあまりにも安直な筋道が立ってしまう。


念の為、棚の奥に手をつっこんでプラスチックケースからカードを取り出す。

何の変哲もない、よく使い込まれたトランプだ。

テキサスホールデムだかブラックジャックだかバカラだか――方法は知りえないが、これを使って500円を敷き詰められる程度には大勝を収めたのだろう。


それにしても、被害者男性はよっぽどゲームの類に強かったらしい。

まぁ結局、命を守るほどのツキはなかったみたいだが……と納得し、トランプも元の位置に戻そうとしたところで、職業柄うっかりと感じ取ってしまう違和感に気づいた。


トランプの左端に、僅かにだが、規則的な溝が掘られている。

光を当てないと分からないほど細かな溝だが、カード毎に特徴が見えた。

溝は最大1つ。半分近くは溝が無いものもある。

1, 2,……全部で7種類だ。

他にも溝は無いだろうか。

注意深く探ると、トランプの底面にも同様の溝が掘られていた。

1, 2,……今度は6種類ある。

7+6は13。A〜Kまでは全部で13枚。

あまりにも単純で、それでいて強力な戦略イカサマ

これはガンだ。


試しに山札の一番上のカードを上から覗き込むと、上から7段目の位置に溝があった。

ひっくり返すと、ハートの7が現れる。

次のカードは底面の左から……4段目だろうか。

ひっくり返すと、やはりクローバーのJack7+4=11が現れる。


証拠; 被害者男性は傷入トランプを使って小金を巻き上げていた。


だとすれば被害者男性はを使って、から吸い上げたのか。

勘が鈍ってなければ、そこから犯人像が浮かび上がるはずである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ニO彡ハ @mmznhmn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ