日々鬱々と生きるのみ
Nishi-Waseda +35.709+139.707
2038-01-08 T 09:18:03 +09:00
2038-01-08 T 09:18:04 +09:00
2038-01-08 T 09:18:05 +09:00
……
「えっ、死んだのアイツ!?」
久方ぶりの母親との音声通話は、死者に対する畏敬もへったくれもないところから始まってしまった。
「そーなのよぉ。アンタ中学生のころ仲良くしてたじゃない、マー君。ピンピンしてたのに突然よぉ。ゆい、アンタも気をつけなさいよね」
母さん、気のつけようがないから突然死なんだよ……と、
「で、アンタ行くんでしょうね?」
「へ、何に?」
「何に?じゃないわよぉ。オソーシキ。明日の19時から、ほら、八潮駅近くの新しく出来た葬儀場で」
「あっ……」
そうだった、人が死んだら生者はお別れをしなければいけない。葬式なんてお祖父ちゃんぶりなので、諸々の作法も記憶に乏しかった。
そういえば、葬式って黒服でないとマナー違反なんだっけ。リクルートスーツしか持ってないけど、目立たないかな……うわっ、ってことは香典も持参しなきゃじゃない。壱万円あれば充分?今月厳しいんだけどな……えーっと、幸い明日は面接ないけど、エントリーシート明日〆切のとこは一応調べとかないと……。
「ゆい?」
「え、あぁ。ゴメン、ちょっと考え事」
彼の死そのものを惜しむよりも、葬式という儀礼に対する煩わしさばかりがどうも先行してしまう。
ごめんなさい、でも私にとって
「それじゃ、先方に迷惑が掛からないよう気をつけなさいねぇ。あ、あとアンタさ」
「ん?」
「就職活動は続けてるのぉ?決まらなかったらもういっそのこと諦めてさ、ウチでいい人――」
【通話を終了しました。通話時間 05'07】
別に聞かれたくないから、通話を途中で切った訳じゃない。
ただ肉親にずかずかとプライベートを詮索され、自身の尊厳を踏みにじられる屈辱にこれ以上耐えきれなかったから、やむを得ずこういった手段を取らざるしかなかったのだ。
そろそろ家を出る時間だ。
玄関口を出た瞬間に、身の引き締まるような極寒が私を出迎える。
ごめんなさい、母さん。
今日の面接は、何だかいける気がするんだ。
―――
Nishi-Waseda +35.709+139.707
2038-01-09 T 17:49:11 +09:00
2038-01-09 T 17:49:12 +09:00
2038-01-09 T 17:49:13 +09:00
……
就活にできるだけ時間をかけたくないのは企業も就活生も同じだ。次の面談に進める場合は面接終了1, 2時間後に電話での通知があり、そうでない場合は翌日お祈りメールが届く、という方式が多くの企業で採用されている。
昨日の時点で電話が来ていないということは、つまりそういうことだ。
21社目。
うっかり21という数字に私の年齢を重ねてしまい、今度こそひょっとしたらという淡い期待に委ねた結果は、ここまでの20社と何ら変わらなかった。
世間的には就職氷河期、とされているらしい。ただし福祉介護とエンジニアという、常時引っ張りダコの職種以外に限った話ではあるが。
だからこそ私は抗いたかった。
事実上、実現可能な職業に制約が課せられている現代で、自分の心からやりたいと思える出版業に挑む行為には、有意義な労働をこなす上で絶対に意味があると信じて疑わなかったのだ。
その若々しい決意が揺ぎ始めてから、もう3ヶ月も経過していた。
正直出遅れた、というのが私の第一印象だ。何でも学部三年生の10月から就職活動を始めている時点で、
企業側と就活生によって加速と加熱を繰り返した就職活動は早期化が進み、本当に優秀な人材は学部3年生の夏休みにほぼ内々定を取得している。
そして1月就活の終盤。玉石をすくい取った残りカスの中で一番マシな企業を選別する作業になるぞ、と就活対策マニュアルでは警鐘を鳴らしていた時期がやってきた。
私のゼミの同期も1人、また1人とこの不毛なレースから抜けていき、器用貧乏で大した研究成果も挙げていない私は、最後の最後まで残留していた。
私は朝起きてから今日自分が何をすればいいのか分からなくなり、夜就寝前にあの時面接でああ答えておけば受かっていたかもしれないと、後悔する日々を毎日続けていた。
今までも、きっと入社が決まるまでずっと。
「……あ、時間……」
そろそろ出発するといい時間になるだろう。
私は重い腰を上げ、寝間着を乱暴に脱ぎ捨てて洗濯機の中に突っ込んだ。
もう日が落ちかけてるってのに、この時間まで寝巻きのまま布団から出られない就活生、他におるか?
思わず苦笑してしまう。苦笑しても独り。
いつものくたびれたリクルートスーツにシュッと着替え、ビジネス鞄を手に持ったところで、葬式は面接会場じゃない事を思い出した。
「いやぁ、習慣って怖いなぁ……」
靴はパンプス……で多分大丈夫だろう。
すっかり暗くなった路地裏で、私は点字ブロックの発色だけを頼りに駅を目指した。
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