第29話 鉄壁を貫く痛恨の一撃

 早朝、カリーナ達は準備体操とマラソンが日課になってから数週間が経っていた。

 最初はエンティがかろうじてこなせるだけで特にカリーナとテルルの体力のなさが酷かった。カリーナ曰く、吸血鬼に早朝からハードな訓練をさせるな、と良く愚痴を零していたが今はなんとか終えるぐらいには体力が付き始めていた。


 その事を聞いた太助がやはりカリーナを雄一に紹介しなくて良かったと思ったそうである。太助には特別厳しかったが他の人物でもこの程度で愚痴を言うレベルだと命に関わると乾いた笑いが漏れる。


 そして、だいぶ慣れたという事で祖母であるホーラやアリア達が修業時代に駆け廻った山を経由して走るコースに変更を太助に指示されて、これから登ろうと山頂を見上げていた。


 多少、体力が付いてきたとはいえ、カリーナとテルルには辛い状態で見上げる表情に精彩さは皆無である。


 そんな2人に嘆息するエンティは駆け足を始める。


「見てても終わらない。私は1日も速く剣に魔力を纏わす方法を学びたいからな」


 情けない顔で見つめる2人から視線を切るとエンティは山の攻略を開始した。


 見送る2人を余所に淡々とした様子でエンティを追いかけ始めるミンティア。


 意外な話だが、最初の頃からミンティアは文句も言わずに黙々と訓練をこなす。普段の行動、言動を考えると真っ先に逃げそうだが、今のところ逃げた事もサボったことすらない。

 体力自慢なのかというとそうでもなく、むしろカリーナより体力がないほうである。


 完全に置いて行かれたカリーナとテルルは顔を見合わせて溜息を吐くと諦めたように山を登り始めた。





 しばらくして、息が上がり始めた一行。


 酸欠気味になって気が緩んだ、その時、ミンティアが木の根っこに足を引っかけて転ぶ。


 みんなを置き去りにして走るのを躊躇っていたエンティが後ろから音が聞こえ、後ろを確認するとミンティアがこけた事に気付いて体ごと振り返る。


「大丈夫か?」

「ん、大丈夫」


 その場で駆け足をしながらエンティは膝から血が滲ませ抱えるミンティアを見て、こけるところを見てた訳じゃないが状況と音から大丈夫ではないように思って戻ろうとする。だが、遅れてやってきた後続のカリーナが息絶え絶えといった様子だが言ってくる。


「ほ、本人が大丈夫って言ってるんだから大丈夫なんでしょ? 自分で思ってたより酷いって分かったら癒しをかけられるんだから」


 太助にこの山には凶暴な獣もモンスターもまず出ないと事前に聞かされてるから放置しても問題ないと付け加えられ、確かに自己治癒が出来るというのは心配するだけ野暮と判断したエンティは再び、山を登り始める。


 カリーナもミンティアの横を駆け抜け、テルルは何度も振り返るのでミンティアが「先に行って、大丈夫」といつもの表情で言われてカリーナを追って走って行く。


 3人の姿が見えなくなるまで見送ったミンティアは近くにある木に縋り、立ち上がると顔を一瞬顰める。


 木から手を離して一歩踏み出すと膝から崩れて怪我した場所を地面に打ち付けて声なき悲鳴を上げて膝を抱える。


 下唇を噛み締めたミンティアがもう一度立とうとすると右腕を掴まれる。


 気配も感じさせずにいきなり掴まれてビクっとするが足が自由が利かないので顔だけそちらに向ける。


「遠目でも分かってたけど、やっぱり大丈夫じゃないよね?」


 ミンティアが顔を向けた先では困った顔をした太助がそこにいた。


 苦笑する太助がゆっくりとミンティアを座らせ、木に凭れさせる。


 座らされたミンティアが目の前にいる太助を見上げる。


「ずっと見てたの?」

「ずっとではないけどね」


 王都の旅資金が出来てから太助はカリーナ達4人を観察するようにしていた。それぞれに拙い部分はあるが連携は出来始めているように見えるがそれは表面上でイノシシの時に発覚した問題、奇跡を使いたがらないミンティアと他の3人との距離感が気になって時間がある時は遠くから見守っていた。


「どうしてそんなに奇跡を使いたがらないの? ああ、俺はシホーヌさんやホルンさんに神の奇跡について色々と聞いてるからカリーナ達に言った理由では誤魔化せないよ?」


 何かを言いそうになっていたが太助にそう言われて口を閉ざす。相変わらず無表情で何を考えているか分からないミンティアを見ずに太助はミンティアの膝の調子を確認する。

 太助が腰にある皮の水筒を取り出して傷口を洗うと少し顔を顰めるミンティア。


 何も言わないミンティアにリアクションしない太助は傷口を確認しながら独り言のように話し始める。


「神の奇跡の乱用、大きな力を使うのは問題がある。そこは間違ってない。でも逆に使わなさ過ぎるのも問題がある。それを俺はホルンさんからティカを預かる時に聞かされたよ」


 循環しない願いは淀むとホルンに教わっていた。だから、能力が使えない神は問題があり、その淀みはその神の本質にまで影響を及ぼし、悪神、最悪の場合、魔神になる事もあると聞かされていた。


 だから、ティカには放出を補助する木箱が存在しているのだから。


 俯いて黙るミンティアに太助は微笑む。


「だから、ミンティアは仲間の傷を治すぐらいなら力を使っても問題ないよ?」

「それは詭弁です。大きな力の行使が出来る者は常に自分を律していくのが正論……」

「人を救うのは正論ではなく詭弁だ」


 ミンティアの言葉を断ち切るように太助が言葉を挟む。いきなり言われた事に目を白黒させるミンティアに太助は苦笑する。


「昔、ジッちゃんに言われた言葉なんだ。最年少、1の冒険者と周りに騒がれて調子に乗ったバカな子供の伸びきった鼻が折れた時にね……」


 恥ずかしそうでもあるし、とても辛くて泣きそうにも見える太助の顔をジッとミンティアは見つめる。


 深い溜息を零す太助であるがテキパキと手を動かして腰のポシェットから4級ポーションを取り出して傷口に垂らす。


「どうして折られたの?」

「ん~、一言で言うなら周りがまったく見えてなかったんだろうね。本人は見えてるつもりだったんだけどね」


 太助は何かを思い出すように遠くを見つめる。


「英雄と称えられる祖父に神を相手に戦った祖母、そして一緒に戦った剣豪、他にも凄い人達に育てられて良い気になってたんだろうね。弱さは悪、とまでは言わないけど弱い人の気持ちを理解しないバカだったのは間違いないよ」


 ポシェットからガーゼを取り出してミンティアの膝の傷をカバーするように充てる。


「そんなある日、依頼の帰りに幼い亜人の女の子に助けを求められたんだ。でも突き放した」

「どうして?」


 ミンティアに問われた太助は情けない顔をしながら言う。



『助けを求めるなら正当な報酬を用意するべき』



 太助はそう言って幼い亜人の女の子を突き離したとミンティアに告げる。


 少し考える素振りを見せたミンティアが太助に「間違った事は言ってない」と言ってくるが太助は更に情けない顔をした後、目を瞑る。


「……そうだね、確かに正論だと思う。でも幼いという事もあるけど亜人の子がそんな正当な報酬を用意出来る訳ないんだ。その結果、次の日、近くの河原でその子は頭だけの姿で発見されたよ」

「――ッ!」


 太助は絶句するミンティアの膝に充てたガーゼを固定する為にテーピングを取り出して巻き始め、膝の負担を抑えるように意識した巻き方をしていく。


 しっかり巻き終えた太助が苦笑いしながら見つめる。


「正論で守りを固めてるとね、不意を突かれて手痛い目に遭う事があるよ。自分が出来る事を何かと理由をつけてしなかった結果だと分かった時、本当に辛いからね」

「でも……私は……」


 迷いを見せるがまだ頑なな様子が見えるミンティアに太助は笑いかけながら立ち上がらせる。


 そして、ゆっくりと手を離して1人で立たせる。


「どう? なんとか歩けそう?」

「えっ!? ん、なんとか歩けそう」


 太助に怪我について話を振られて、慌てた膝の調子を確認するように足踏みをするが僅かに痛みはあるが先程とは雲泥の差で歩くだけなら問題なさそうだと頷く。


 そんなミンティアに太助は腰に付けていたポシェットごと手渡す。


 受け取ったミンティアが太助とポシェットを交互に見つめるのを見て話しかける。


「今まで極力使わないようにしてた力をいきなり使えと言われても戸惑うよね? でも奇跡を使うだけが癒しじゃないでしょ?」


 そう言ってミンティアの膝を見た後、ポシェットを指を指す太助を見てミンティアの寝ぼけたような眼が大きく見開く。


 太助の言いたい意味を理解したらしいミンティアの肩を軽くポンポンと叩く。


「さっき、カリーナが放っておいていい、って言われて本当はちょっとショックだったんでしょ? ミンティアにもやれる事を捜せばあったのにしてないからしょうがないよね。まあ、カリーナはそんな事を考えては言ってないだろうと思うけど」


 太助に言われて小さく頷くミンティアの頭を撫でてやる。


 カリーナは使える力を行使しない理由が理解出来ない。何故なら元の世界の考えの基本は力こそが全てで、それを幼い頃から刷り込まれているからである。

 それでもカリーナは使いどころの善悪があるだけ、こちら寄りではあった。


 エンティもカリーナ寄りであるし、逆にテルルはミンティア寄りである。そう考えるとこのパーティは本当に面白く、見方を変えるとバランスが取れたパーティであるようにも見える。


「もう、どうしたらいいか分かるよね?」


 ジッと太助の瞳を見つめるミンティアが頷くのを見て太助も微笑みを浮かべた。





 次の日、ロスワイゼが4人にジャガイモの皮むきを頼んだ。


 リビングで皮むきをしていたカリーナが「イタッ!」と声を上げ、手を振っている姿があった。


「みゅぅ……ナイフで指を切っちゃったですぅ?」

「まったくドン臭いな、カリーナ」

「イタタ、エンティ、貴方は少しは失敗しなさい!」


 文句を言うカリーナの指先に赤い筋が出来る程度しか切れてないのを一瞥したエンティが嘆息するとカリーナの相手を放棄して皮むきを再開する。


 その態度に感情的になるカリーナをテルルが必死に宥める傍らからジャガイモを洗っていたドヤ顔するミンティアが前に出る。


「ん、私の出番」

「えっ!? 癒しをかけてくれる気?」


 びっくりした表情を見せるカリーナは被り振るミンティアに一瞬期待しただけに落胆したとばかりにウンザリとした顔を見せる。


 そんな事はお構いなくなミンティアが腰にあるポシェットからポーションが入った瓶を取り出す。


「その程度の傷に癒しなど必要ありません。このポーションが……」


 そう言ってポーションを掲げたミンティアの手からツルっと滑って地面に落ちると瓶が割れてポーションが床に広がって染み込んで消える。


 それを4人が黙って見守る。


 しばらく沈黙が続いて最初に立ち直ったミンティアが1つ頷くとカリーナの手を掴むと自分の方へと引き寄せ始める。


「唾液には殺菌作用があります」

「ま、待って! 自分で処置するから!」


 口をアーンと開くミンティアから自分の手を取り戻そうとするカリーナ。その間でオロオロするテルルと我関せずと皮むきに戻るエンティ。


 ちょっとしたカオスと化したリビングを調合しながら見ていた太助が苦笑いを浮かべる。


「まあ、一歩前進ってとこかな?」


 カリーナの悲鳴を背中越しに聞きながら太助はポーション作りに精を出した。

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