エピローグ

「ようやく夏休みか」

 宮守は背伸びして空を見上げた。晴天の夏空は日差しがきつく、三人とも汗ばんでいた。

「雲一つない空。今日も暑いね……みんなで泳ぎに行かない?」

 同じように上を向いたかみりんが、交互に俺たちを見やりながら、思いついたと言わんばかりの提案をする。

「お、凛さんそれいいよ。よし、それじゃ一時に坂崎の家に集合な!」

「俺の意見は聞かないつもりか……?」

 別に異存はないが、勝手に話を進めていくのはどうかと思う。

「あと四十分しかないぞ」

「はっ……一時半――」

「一時に集合だな。遅れた奴はほっといて先に行く事にしよう」

 仕返しの如く俺は苛め言葉を口にした。

「くそっ、薄情もんかお前は!!」

「時間厳守だよ。じゃあね」

「ああっ、凛さんまで!?」

 かみりんが走って別れると、それを追うようにして宮守もすぐに俺から離れた。

 俺はゆっくりと家に帰り、のんびり海パンとタオルを用意する。いくらかして、チャイムが鳴りかみりんが到着した。

「やっほー。ホントに今日暑いよ」

「ああ。冷凍庫にアイスが入ってるけど、欲しかったら勝手に食べるといいよ」

「やったぁ、貰う貰う!」

 上機嫌でかみりんは上がり込み、台所へと向かう。俺もその後ろを歩き、同じ場所を目指す。

「ふ~ふん~アイス~アイス~」

 変な歌を口ずさみながら、冷凍庫のドアを開けて中を漁るかみりん。

「おりょ? ねぇ、この箱何?」

 アイスキャンディを発見して手に入れた彼女は、冷凍庫から縦十五センチ、横十センチ、高さ五センチくらいの白い箱を手に持った。

「わぁーっ!? それはダメだっ!!」

 慌ててその箱をかみりんの手から奪取すると、すぐさま冷凍庫の中に戻した。俺の慌てぶりにかみりんが目を丸くしている。

 俺は頭を掻きながら謝る。

「ご、ごめん」

「構わないけど……何が入ってるの?」

 袋からアイスキャンディを取りだし、舐めながら尋ねてきた。

「大切な思い出がちょっとね」

 俺も改めてアイスを一本取り、椅子に座ってそれをかじる。かみりんは俺の座った椅子の背凭れに反対側から凭れかかった。。

「ふーん。ところで、前に雪合戦した子は呼ばないの?」

 きっと、雪那ちゃんの事を言っているのだろう。

「雪那ちゃんは……今遠いところにいるんだ」

「まさか県外の高校に行ったの?」

 かぷっ、と前歯で軽くアイスをかじる。

「う……うん」

「へぇー。頑張ってるかな?」

「大丈夫だと思うよ。あの子は」

 かみりんはどんどんかじって食べ進めるアイスを一旦口から外して微笑んだ。

「坂崎くんがそういうんだったら、大丈夫だね。いい子みたいだったし」

「まぁね。お、そろそろ時間だ。宮守はほっといて行くか」

 食べ終えたアイスの棒をゴミ箱に投げ入れ、俺が道具一式を持って玄関へ行くと、宮守が駆け込んできた。体中と言わず、顔も髪も汗だくである。

「惜しいな。あと五分遅かったらなぁ」

「や……やかしぃ……」

 言葉もまともに喋れないくらい疲れ切っている。こんな状態で泳いでも、脱水症状すら手伝って足を吊ったり溺れるのがオチだろう。

「さ、行こ行こぉ」

「ちょ……休憩……」

 宮守を無視して俺とかみりんはさっさと玄関を出た。

 俺は春を目前にした、数日の冬の思い出を忘れることはないだろう。ずっと、雪那ちゃんは俺の中で生き続けていく。あの白い箱に入った、彼女が作った雪だるまと共に……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

晴れのち雪 葵 一 @aoihajime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ