めぐり

葵 一

少年

 彼女は人形と呼ばれている。

 学校に来て椅子に座ると、動くことも誰とも話すこともない。

 嘘かほんとか、瞬きもしないしトイレにもいかない。

 話しかけようと誰もが彼女と向かい合った瞬間、何故か言葉を飲み込んでしまう。

 彼女の声を聴いた生徒もいない。

 移動は一番後。帰るのも一番最後。

 体育の授業は常に見学である。着替えもしない。

 古い考え方で頭ごなしに怒鳴り、生徒から怖がられる体育教師が着替えすらせず無言で見学する彼女に、いつもの調子で声を荒げながら近寄った。しかし、その眼に見据えられた途端、怯えるように青ざめた表情で踵を返すと授業を始め、それ以来、彼女には近づこうとしなくなった。

 授業中、指名もされないし返事も求められない。

 早い段階でみんな気味悪がって近づかなくなった。

 でも、僕はそんな彼女に片思いをしている。

 いったい、彼女のどこを好きになったのか。好きになる要素があるとすれば、容姿と雰囲気だけしかない。

 でも、理由はない。ただ、好きだと思ったからに他ならない。

 告白しようと短い言葉ながら、手紙に思いを綴った。恥ずかしいし、異様な目で見られるだろうから、放課後、彼女が一人になるまで教室で待った。彼女が立ち上がったので、近づいて進路を遮る形で対面した。少し見上げ見開かれた双眸に威圧感とは違うものがある。

 こうして面と向かうのは初めてだ。やはり言葉は出ない。きっと彼女の持つものだけじゃなく、緊張も関係している。

 汗ばむ手で手紙を差し出した。彼女の視線が僕の目から手紙に移り、静かに受け取るとその場で開いて読み始めた。

 すぐに読み終えたのか、手紙を畳んで封筒にしまうとポケットに入れ、また僕の目を見つめてきた。表情も態度も何の変化もない。返事が聞きたかったが、その双眸に耐え切れず、僕は彼女の進路から身をよけた。何事もなかったように教室を出て行った。

 僕の前を一匹の蚊が嘲笑うように不快な音を発しながら横切った。

 次の日になっても返事はもらえなかった。

 だけど、彼女のポケットからは僕が渡した封筒の端が今日も顔を出していたままだった。

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