エピローグ あれから……

「これにて、王太子エーギル、王太子妃ラーンの婚姻の儀を終了とする!」


 お互いに十八歳となった王太子夫妻は、王族としては異例の十三歳で婚約が発表されてから五年の歳月を経て、晴れて夫婦の契を結んだ。


 五年前、社交シーズンの始まりを告げる王宮の夜会で起こった事件。

 当時の第二王子が暴走したことで、騒動を隠すかのように告知された、第三王子を王太子とする正式な任命。第三王子から王太子となったエーギルと、ブルドガング公爵令嬢ラーンの婚約。その二点が上級貴族へ電撃的に発表されたのだ。


 その後も、まだまだ激震に揺れていた王国であったが、貴族のみが知り得ていた第三王子が王太子へ正式に任命されたこと、及びブルドガング公爵令嬢ラーンとの婚約を、騒動の翌年に国民へ向けて正式に発表した。

 この一年の間に、市井に二人の良い噂を流す地道な作業が行なわれていたことで、若きロイヤルカップルは国民からも歓迎され、『次代の王国は安泰だ』と言わしめることに。


 その一方で――



 王国を震撼させた張本人である元第二王子は、鶴の一声とも言える国王の裁定により、王族からの除籍を言い渡された。これは、またたく間に貴族中へと広まる。

 元第二王子は三年の予定で、人としての常識などを再教育がなされ、低爵位を与えて地方へ放逐される予定であった。しかし、彼はなかなか更生できず、再教育期間を延長されている……といえば聞こえも良いが、実際は王宮の地下に幽閉されている。

 貴族の間では、このまま一生地下暮らしだろう、という見解が一般的だ。



 王族たる元第二王子と不義を働いていた元侯爵令嬢。

 彼女の所持していた物品は尽く売り払われ、全て返済に充てられた。しかし、全額の返済には至らず、一年の幽閉の後、王宮で侍女として働かせられることに。

 更に、当時のヴェルダンディが大怪我を負ったのは、この元令嬢の指示であったと屋敷の者から密告があり、罪が一つ積み重ねられた。

 その結果、普通の侍女ではなく、侍女の下に位置する下女と呼ばれる職に就かされたのだ。

 王宮の侍女は高給なことを差し引いても、女性の憧れの職業なのだが、彼女はその侍女の下に位置する下女となったことで、華々しい場での従事も不可能となった。

 そして、平民よりマシな給金も根こそぎ借金の返済に充てられるため、一生この生活を送るのだろう。



 元第二王子の婚約者の父であった元イスベルグ侯爵は、出るは出るはの悪行の数々。どれもこれもが杜撰であり、突かなくても埃の出るものばかりだった。

 如何に、暗黙の了解が浸透していたかが良く分かる。

 元侯爵は、当初の予定では侯爵位を剥奪し、所持する子爵位をもって領地に送られるはずであったが、三年の幽閉の後、王国の僻地に男爵として飛ばされた。

 さしたる鉱物が産出されるでもなく、作物が育ちにくい痩せ細った土地。『そのような地の領主になるくらいなら平民に落とされた方がマシだ』と言われている、最悪の地で領主生活を送っている。

 勿論、侯爵時代に築いた財産は失った状態であり、何よりも欲した名声も失い、手を差し伸べてくれる者もいない。唯一いるのは、監視のために王都から派遣されている役人だけだ。

 当然、癒着などしないように、定期的に役人は入れ替わっている。


 またこの件で、貴族による暗黙の了解が蔓延り過ぎていることを、流石に危惧した国王により、かなりの貴族が捕縛されることとなった。



 別件であるが、元侯爵と内通していたノルン子爵領の元家宰のナリ。

 侯爵の捕縛予定が判明した時点で、ナリの息子のナルヴイーは、主の指示で自分の父の身柄を拘束していた。

 王都に連行されたナリは、元侯爵が口を割ったことで自身も罪を口にした。

 当時発覚した、ノルン領の横領事件。これは亡くなった監査官の単独犯行だと思われていたが、実はナリの指示であったことが判明した。

 そのような者だったからこそ、元侯爵と簡単に内通もしたのだろう。

 ナリは、部下である監査官の殺害を行なっていたこともあり、極刑となった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 

「あー疲れたなー」

「フレク、王太子殿下と王太子妃殿下はもっと疲れているのよ。そんな情けない声を出さないの」

「へー、いつも真っ先に『ぬぁ~ん、疲れたよぉ~』といってベッドに飛び込む君が、そんなことを言うとはね」

「そ、それを今言わなくてもいいでしょ! フレクの意地悪」


 儀式の後、王宮の客間に戻った元第一王子夫妻・・は、仲睦まじく言い合いをしていた。


「それより、早く着替えないと」

「そうね、あまり陛下をお待たせするわけにもいかないものね」




「お待たせしました陛下」

「よいよい、今は儂らしかおらんのだ、そう堅苦しくせず、家族として接してくれ。――それにしても久しいの、フレズヴェルク、ヴェル……ではなく、今はスクルドだったの」


 元王国第一王子フレズヴェルクは、王太子を固辞したことでユグドラシル大公を叙爵している。

 そして、フレクと結婚したヴェルダンディウルドは、婚姻を機にスクルド・・・・と改名し、今はスクルド・ユグドラシル大公夫人だ。


 当初、スクルドと言う呼び方は、フレクのみに許されていたのだが、『氷の魔女』以上に『あの・・元第二王子に捨てられた女』として、ヴェルダンディの名が広まったことに腹を立てたフレクが、『妻が侮辱されるのは我慢ならん』と言い出し、スクルドに改名させた、という経緯がある。


 現在は夫妻の二人だが、婚約後二年は普通の恋人としてゆっくり愛を育んだ。

 他人と接する機会の少なかったフレク。恋愛を全く知らなかったスクルド。

 そんな恋愛初心者の二人であったため、当初は周囲の者が、ヤキモキする進展のなさであった。

 しかし交際期間が一年も過ぎる頃には、それはそれは甘い空間を作り出しては、周囲の者たちに胸焼けを起こさせるまでに。


 そして去年、二人に待望の子どもが生まれた。

 スクルドはユグドラシル大公領ではなく、古くから・・・・慣れ親しんだノルン子爵領で出産し、そのまま一年はノルン領から出ずに子育てをしていたため、我が子を連れて王宮を訪れたのは、実は今回が初めてなのだ。



「は、早く孫を抱かせてくれんか」


 スクルドが抱いた子を早く抱きたい国王は、威厳など一欠片もないだらしない顔で懇願する。

 ヤレヤレといった表情のフレクに目配せされたスクルドは、国王に近付きゆっくりと我が子を預けた。


「おー、実に可愛らしいの」


 念願の初孫を抱いた国王は、間近でまじまじと顔を眺めると、フレクに似たヘロっとした笑みを浮かべる。


ミーミルはスクルドに似て利発そうだな」

「何を仰る父上。この下がった目尻など、僕にそっくりじゃないですか」

「フレズヴェルクに似ては、虚弱体質になってしまうではないか」

「いやいや、僕も人並み程度には動けるようになったのですよ」


 今の二人は、国王と大公ではなく、ただの爺馬鹿と親馬鹿であった。


「兄上、私にもミーミルを抱かせてください」

「ヴェル……スクルドお姉様、私も抱っこしてみたいですわ」


 着替えを済ませた王太子夫婦も現れるやいなや、いきなり子どもを抱かせろとせがんでくる。


「エーギル、父上はまだ満足していないようだから、もう少し時間かかるだろうね」

「ラーンも、もう少し待ってね」


 早くミーミルを抱いてみたいエーギルとラーンであったが、国王の蕩けきった顔を見てしまっては、早くしろとは言えないようだ。二人は『仕方ないな』といった表情で、大人しくソファーに腰掛けた。


 その後は、皆が皆ミーミルを取り合いながらも、楽しい時間を過ごした……と言いたいところだが、すっかり影の薄い王妃は、よりにも寄って王太子夫妻の婚姻の儀の前日から体調を崩し、本日も大人しくベッドで横になっている。

 当然、この場にもいない。

 フレクの薄幸そうな雰囲気は、王妃譲りなのだろう。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「お久しぶりですお母様。ヴァーリも久しぶりね」

「元気そうね」

「お久しぶりです姉上」


 王宮で三泊したスクルドは、久し振りに王都の侯爵邸を訪れていた。

 ちなみに、王宮を出る朝、王妃はどうにか体調を戻し、初孫を抱くことができたのだ。今はフレクが王妃の相手をしている。


「フレクもだいぶ健康になり、ミーミルも病気の一つもせずに育っているので、ノルン領は本当に良い地なのでしょう。わたくしも毎日元気に過ごせていますわ」

「それは良かったわ」

「ヴァーリ、侯爵のお仕事はどう?」

「イスベルグの名は信用を失い、ぼくもまだまだ未熟なので、なかなか大変ではありますが、少しずつ慣れきた感じはします。それも、姉上の後ろ盾があってこそではありますが、ぼくなりに頑張っています」


 以前はおどおどしていた母だが、侯爵代理として執務を行ない、ヴァーリの面倒を見ている間にすっかり逞しくなっていた。

 元々は明るく元気な人だったのだろう。それが父の目を気にして病んでしまっていたのが、悪の元凶が消えたことで、本来の自分を取り戻したように思える。


 弟のヴァーリも、母と同じように抑制から解き放たれたことで、活発な若者になっていた。

 今は成人して侯爵を襲爵し、何かと大変なようだが、賢い子なので今後も大丈夫だろう。


「そういえば、スルーズはどうしたの?」

「手作りのクッキーを姉上に食べて頂きたいと言って、厨房に籠もっています」


 シアルフィ男爵令嬢のスルーズは、スクルドの勧めでヴァーリと会い、二人は去年結婚した。それにより、スクルドの妹分であったスルーズは、本当の義妹いもうとになったのだ。


「あっ、お義姉様。もういらしていたのですね」

「お邪魔してるわね」

「これ、わたしが焼いたクッキーです。自信作ですよ」

「あら、美味しそうね」


 テーブルを囲み、弟と義妹、それと母の四人で、スルーズの焼いたクッキーと、それに良く合うお茶を楽しんだ。


「そうそう、これ、三人にプレゼントするわ」


 スクルドはそう言うと、小さな箱を三つ取り出し、一つずつ手渡した。

 三人とも『何だろう?』と言いた気な表情だったが、中身を見てビックリしてしまった。


「姉上、これは?」

「ノルン領で産出されたダイヤモンド・・・・・・を、わたくしがデザインして加工してもらった指輪よ」


 ノルン領の鉱山は本当の意味で宝の山であった。

 元から鉄と銀を産出してい鉱山たが、更にダイヤモンドも産出。そして、銀の利権を父に奪われた時点で、ウルド時代の記憶から密かに金の調査をさせ、実際に発見され発掘されていたのだ。


「あ、姉上、そんな凄い物を……」

「お、お義姉様、こんな高価な物は頂けません!」

「そうよ、コレほどの物を簡単にプレゼントなんて――」

「三人とも大袈裟よぉ~」


 三人は少しも大袈裟ではなかった。

 貴族であれば、多少は宝飾品の価値を理解しているが、あまりにも高価な物はもはや値段など全く分からない。それこそ、家格の低い男爵令嬢であったスルーズでさえ、『あげます』『もらいます』と遣り取りするような品でないことは理解できた。

 それほど見事なサイズのダイヤモンドに、見たこともない複雑なカットが施されていたのだから、値段は分からないが恐ろしく高価な物だ、と断言できる。


 そんな恐縮しきりの三人に、スクルドは強引に渡してこの話題を終了させようとしていると、スクルドの侍女がそそくさとやってきた。


奥様・・、坊ちゃまがお目覚め前になられましたが、如何いたしましょう?」

「連れてきてちょうだい」

「かしこまりました」

「あっ、フォルセティはどうしてるの?」

「一緒に起きてしまいました」

「それなら一緒に連れてきてちょうだい」

「よろしいのですか?」

「よろしいのです」


 スクルドに促され、侍女と執事が子どもを一人ずつ抱いてやってきた。


「お母様、この子がわたくしとフレクの息子、ミーミルよ」


 侍女から子ども預かったスクルドは、母に子を抱かせ、ニコリと微笑む。

 もう指輪の件は忘れてね、とでもいうように、笑って誤魔化したのだ。


「それと、この子はミーミルの乳兄弟。ナンナ・・・バルドル・・・・の子でフォルセティ」

「二人とも可愛いわね」


 母は慈しむような優しい笑みを浮かべてそう口にした。

 可愛い孫を抱いてしまえば、気持ちは孫にだけ集中してしまったようだ。

 ヴァーリとスルーズも、『ぼくたちも欲しいね』『まだ早いですわ』などとキャッキャウフフな雰囲気で言い合い、既に意識は指輪から二人の世界へと移っていた。


 それはそうと、スクルドの側近であるナンナとバルドルも結婚している。

 スクルドが身籠った際に、ナンナが『乳母になりたい』と言い出したため、『それならバルドルと急いで子を成しなさい』と命令するやいなや、交際もしていなかった二人はその日に夫婦となり、いきなり子作りに励んだのだ。

 結果即座に妊娠し、ミーミルより少し遅れてフォルセティが生まれ、ナンナは乳母となったのだ。

 ちなみに、無乳のナンナは成長期が遅かっただけで、今は何とか成人女性に見える程度には成長し、乳母の役割が務まる程度の膨らみがある。断じて無乳ではない。


 そんなナンナと夫のバルドルは、相も変わらず信者・・なのだが、役目のために結婚したとはいえ、自分たちの子どもができるとやはり可愛いらしく、とても子どもを大切にしている。

 そして二人の間にも、しっかりと愛が芽生えていた。……とはいえ、自身の伴侶より主の方が優先であることは、今もなお変わっていない。



 スクルドは、家族と家族のような従者しんじゃも交えて、侯爵家で楽しい時間を過ごした。


 思い返せば、この屋敷で楽しかった思い出など、全くと言っていいほどスクルドにはない。

 権力に目を奪われ、母と弟をしいたげていた父。

 不義の愛を盲信し、姉をさげすんでいた妹。

 もう会うこともない元家族のいた屋敷で、常に自室に籠もっていたスクルドは、家族と共に・・・・・楽しく過ごしたことなど、一度たりともなかったのだ。

 それを思うと、家族が楽しく笑い合うという、当たり前のことが当たり前にできるこの現状に、スクルドは心底嬉しくて仕方なかった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ぬぁ~ん、疲れたぁ~」

奥様・・

「だって、久し振りの遠出から帰ってきたのよ。愛しのベッドを見たら飛び込みたくなるのが人情ってものでしょ?」

「人情は関係ありません! そもそも、奥様は既にお子様がいるのですよ。いつまでも子どものような言い訳をしないでくださいな」


 既に子をもうけ、年齢も二十二歳になっているにも拘らず、相変わらずナンナのお小言を頂戴するスクルド。


 ――そう、スクルドは二十二歳なのだ。


 大魔術師の『氷の魔女』としてウルドが命を落とした年齢、それこそが二十二歳であった。

 恋愛結婚に未練を残し、十五歳のヴェルダンディとして二度目の人生が始まり、紆余曲折を経て七年。

 念願の恋愛結婚をし、幸せな家庭を築いていたら、既に前世と同じ年齢になっていたのだ。


「今はもう、あたしを『氷の魔女』と呼ぶ者はいなくなったけれど、『氷の魔女』と呼ばれたウルドとヴェルダンディの人生があって、幸せな今があるのよね。だから、あたしは『氷の魔女』の名を誇りとして胸に刻み、スクルドとしてこれからも幸せな日々を送るわ。――愛する家族と、大切な仲間と共に」

「…………」

「……な、なによ?」

「素敵なお言葉ですが、取り敢えず着替えてからにしてくださいな」

「あぅ……」


 恋愛を経て結婚し、スクルドと改名して子をもうけ、二十二歳になっても、やはりナンナには頭が上がらない『氷の魔女』であった――




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 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 ここでグダグダ書くのも何ですので、近況ノートに少し書いてみました。

 よろしければ、そちらも目を通してください。

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氷の魔女は嫌われ者の侯爵令嬢として恋愛結婚を望む 雨露霜雪 @ametsuyushimoyuki

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