静寂

家の中は外と同じく、家の中の暖かな色の壁が、いやに冷たく思える程に静かだった。


僕が言ったただいまの声は空気を舞う塵の中に消えていった。


いつもなら返ってくる母と妹の「お帰り」は、どこからも聞こえてこなくて、悲しくて、それでも何故か出てこない涙が腹立たしくなって、僕は着ている制服のシャツを、悲しさで激しく動く心臓を握りしめるように掴んだ。


「……心の準備が出来ていないのに無理を言って連れてきてしまってごめんなさい……でも急いでいて――」


「分かってる……いいよ。どうせここには来なければいけなかったんだから。」


僕らの声は不思議と響いていて、蒼生の小さな声もはっきりと耳の奥まで聞こえた。


僕の家には、僕が生きていた時と変わらず、Oland製の茶色い電子ピアノと、その上の散乱した大量の思い出とも言える楽譜、ぎっしりと本が詰められ、それでも納まりきらない本が上に積まれた本棚に、壁とテレビ台に飾られた写真には日常の瞬間達がフレーム越しに笑顔を向ける。


今は、そんな幸せは酷く空虚で、今の気持には空回りする程賑やかで騒々しかった。


「テレビってこっちの世界でも付くのかな……?」


そう言った蒼生はすでにリモコンを持って電源ボタンを押していた。


――………………


テレビは電源を付けたのに真っ暗で、何の音も出さなかった。


もしかしたら鳴るかもしれないと思ったラジオも一切音を出さなかった。


スマホもアラームも鳴らず、音楽のプレイリストもすべて消え、好きなアーティストを検索してもloadingの画面から何も動かなかった。


「……静かだね」


妙に響いた蒼生の声は僕をピアノへとへと押しやった。


「少しピアノ弾いていい?」


「うん。」


僕はこの静寂を消すために、少し音量を大きくして空回りするほど明るいトルコ行進曲を弾こうとしたが、気持ちが乗らなかった。最初の一音鳴らして、すぐに曲を変えた。


僕は出来るだけ流れるように、美しく、音が途切れないように、幻想即行曲を弾いた。


静寂を曲に乗せて、少し悲しげで優美なピアノの音色が、時間のない世界を彩っていった。

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幻の世界で君は… 夢咲 零於 @Leo_4b

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