記憶
僕の家に着くと、至って普通の無機質な白い外壁に冷たそうなガラスの窓が日の光を受けて寂しそうに静かに輝いていた。
閑静な住宅街だからというのもあるのかもしれないが、僕が憂鬱な気持ちだからというのもあるのだと思う。
僕達以外存在のないそこは寒く感じるほど静かすぎた。
不意に、僕の頭を過ぎったのは懐かしい記憶だった。しかしそれは、あまり喜ばしいものではなかった。
高校1年の時のことだろう。僕は滅多に転ぶ事が無いため、怪我する事も殆ど無かった。
けれどある日、丸く、表面が滑らかな石を気付かずに踏んでしまい、そのままアスファルトの地面に額を打ち付けてしまったのだ。その時、僕の額からネジが外れる様な金属が割れて擦れるような音がしたのを僕は今まですっかり忘れていた。
思った程血は出なかったのだが、その後僕は初めて病院へ行き、暫く記憶が無い。ここから先は思い出すことが出来なかったが、その音の事は親に、「そんな音が聞こえることなんてよくある事よ。ちゃんと治療してもらって大丈夫だから安心しなさい。」と諭された。
「……大丈夫?ぼーっとしてたけど、何かあったの?」
蒼生は僕のことを呼んでいたようで、心配そうに僕の顔を覗きながら優しく頬を叩いていた。意識がとんでいたようだ。
「大丈夫だよ」
僕はそれだけ言って、記憶のことは何となく言わなかった。いや、言いたくなかった。
口に出すことでこれが僕の記憶だと認めてしまうような気がして嫌だった。
もしかしたら僕は人ではないのかもしれないだなんて信じたくなかった。
蒼生は僕の事を不思議そうに見ているが、僕はそれを無視して僕の家のドアに手をかけ、玄関に足を踏み入れた。
「ただいま」
「……」
やっぱり、返ってくるのは誰も居ないことを僕に教えてくるような静けさだけだった。
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