雪峰さんの日常

@manahq0819

雪峰さんの日常

20XX年、人類はタイムマシーンを開発することに成功した。それからというもの、タイムマシーンは車同様一般家庭に一台はあるようになった。


普通に時間旅行を楽しむ人々もいれば悪用する犯罪者も現れた。警察もそんな犯罪者を捕まえようと躍起になってはいた。だが人手が足りず、捕まえられる犯罪者も捕まえられずにいた。


それを聞いた政府が新たな組織を設けた。その組織の名は『月光隊』、平均年齢十五歳の若者四人で活動する組織だ。


____________


桜の舞い散る季節、ボクは月光隊の部署のある建物の廊下を歩いていた。この建物には隊員の寮兼部署がある。


ボクの名前は雪峰瑛(ユキミネ アキラ)、名字は違うがかの新選組一番隊隊長沖田総司の姉の子孫だ。歳は十三だが月光隊の一員だ。


月光隊の隊員たちは幸か不幸か全員歴史的に有名な人たちの子孫だ。


部署に着いたボクは小さく溜息をついて中に入った。中ではもう全員が来ていた。


「瑛、遅いよ~」


「美希さん、すいません。準備に手間取ってしまって……」


今話しかけてきたのは斎藤美希(サイトウ ミキ)さん、ボクと同じ新選組三番隊隊長斎藤一の子孫だ。


ボクと同じ女性でありながら月光隊の一員だ。確か歳は十六だったっけな。


そんな事を思い出しながらボクは自分の椅子に座った。


「全員揃ったな。ではこれより、昨日話した犯罪集団を捕らえに行くぞ。いいな、雪峰、斎藤、坂本」


犯罪集団?えっ、何それ知らない。


「美希さん、何の話ですか?」


近くに座っている美希さんに小声で問いかけた。昨日は確か疲れ過ぎて寝ていたような気がする。あと怒鳴り声も聞こえていた気がする。


「瑛寝ていたもんね…。昨日もそんなに詳しく話されていないから多分今からだよ」


「そっか、ありがとうございます」


「こらそこ、お喋りするんじゃない」


ボクと美希さんを注意してきたのは、月光隊隊長の土方時雨(ヒジカタ シグレ)さん、かの新選組副長土方歳三の子孫だ。鬼の副長と呼ばれていた先祖の影響なのか時雨さんは厳しい。しかもボクや輝さんにだけ、だ。意味分かんない。美希さんを叱らないのは多分彼女が優等生だからだろう。


「では話すぞ。犯罪集団の人数は凡そ四人から六人程。奴らの狙いは恐らく一五八二年六月二十一日に起きた本能寺の変だ。もっと詳しく言えば織田信長を生かすため、明智光秀を暗殺するものと思われる。上官からは必要であれば斬って殺していいと言われている」


時雨さんは言い終わるとボクを真っ直ぐ見つめた。


「雪峰、手加減するなよ」


「時雨さん、馬鹿にしているんですか?」


ボクは少し口角を上げて時雨さんを見た。


「手加減なんてしませんよ。この小夜左文字に誓って、ね」


腰にかけている短刀の持ち手に触れてボクは言った。その様子を見た輝さんはケラケラと笑った。


「いいぞいいぞー。瑛、頑張れよ!」


彼は子供のように無邪気に笑って言った。彼の名前は坂本輝(サカモト ヒカル)さん、かの坂本龍馬の子孫だ。輝さん以外の三人は、新選組の子孫だ。そのせいか時雨さんは輝さんを嫌っている。輝さんが時雨さんをからかってくるから、という理由もあるのだろうけど…。


「勿論です!」


ボクと輝さんのやり取りを見て美希さんは、楽しそうに微笑んでいた。一方時雨さんは不機嫌そうに腕組みをしていた。どうしてそんなに不機嫌なのか分からず、ボクは時雨さんを見て首を傾げた。でも時雨さんは直ぐにいつも通りの表情になり顔を逸らした。


「では五分後、地下室の時空転送装置に集合だ」


時雨さんはそう言うと部屋から出て行った。その後ろを輝さんがついて行った。部署にはボクと美希さんだけになった。


「ボク、時雨さんに何かしましたかね……」


ボクは美希さんに問いかけるように呟いた。美希さんはボクに近付いて頭を優しく撫でてくれた。


「大丈夫、瑛は何もしてないよ」


優しい声音で美希さんはそう言った。その言葉を聞いて、ボクは少し安心した。


____________


五分後、地下室にある時空転送装置に全員集まった。みんなそれぞれネックレス型の懐中時計を下げていた。


「全員揃ったな。毎回言っているが、懐中時計を失くすと現代に戻ってこれなくなる。注意するように」


時雨さんは毎回言っているそれを言い終えると装置の前に立ち、本能寺の変が起きた年月日に合わせた。


そして、装置と時計が光ったかと思えば目の前には森が広がっていた。あれ、本能寺は?


「体調、本能寺に転送したんじゃねえのかよ」


ボクが言おうとしたことを輝さんが言ってくれた。ナイスです、輝さん。


「犯罪集団は、本能寺から少し離れた場所に潜伏しているという情報が先程入ってな。伝え忘れてしまった」


それ早く言ってよ…。


ボクら三人は同時にそう思った。


「時雨隊長、次回からは気を付けてくださいね」


そう言った美希さんは、顔は笑っているけど目が笑っていなかった。ボクは小さく肩を揺らして輝さんの後ろに隠れた。笑いながら怒っている美希さんは、何処か母親のような雰囲気を醸し出していた。例えるなれ怒っている母親に逆らえない、みたいな感じだ。


「い、いや……わざとじゃないんだ」


「わざとだったら刺してますよ」


時雨さんと美希さんの会話は少し、いやかなり物騒だ。


「輝さん、今回の仕事上手くいきますかね……」


「どうだろうな。美希、それくらいにしとけよ。仕事があるんだから」


苦笑いしながら輝さんがそう言うと美希さんは溜息をついた。


「それもそうね。時雨隊長、戻ったら説教の続きしましょうね」


にっこりと笑って美希さんは言った。その笑みを見た時雨さんは諦めたような表情をしていた。何あれ面白い。


暫くすると犯罪集団が潜んでいる小屋を見つけた。織田信長を生かして明智光秀を殺そうとするだなんて、どんな奴らだろう。目を凝らしてよく見てみると若い男女三人だった。あれ?


「時雨さん、情報と人数違いませんか?少ないですよ」


ボクは小声で時雨さんにそう言った。当の時雨さんは顔を歪ませていた。多分、情報と違うから頭が少し混乱しているのだろう。


「多かろうが少なかろうが敵は敵、行くぞ」


時雨さんはそう言うと自身の打刀『和泉守兼定』を鞘から抜いた。それに合わせて輝さんは打刀『陸奥守吉行』を、美希さんは打刀『鬼神丸国重』を、ボクは短刀『小夜左文字』を構えた。


「突撃!」


時雨さんがそう叫ぶのと同時に敵である男女三人に向かった。先頭をボクが行き、最初に逃げようとした女性の前に立ちはだかり腹部を峰打ちした。女性は短く悲鳴を上げると腹部を抑えてその場に倒れた。それを見届け、次は一番近くに居た男性の背後にジャンプして移動した。背後に来たボクに気が付いたのか男性はボクのほうを振り向き、銃をボクに向けた。


「雪峰!!」


時雨さんの心配する声が聞こえる。


大丈夫ですよ、時雨さん。銃如きで臆するボクではありませんよ。


そんな思いを込めて時雨さんのほうを見て小さく笑った。


「クソガキが…!!死ね!」


銃を向けている男性がそう叫ぶとボクは、引き金が引かれたのと同時に動き弾を短刀で弾いた。そして男性の近くまで一気に詰め寄り、男性の脇腹を強めに蹴った。その衝動で男性は木に背中を強打して、そのまま地面に倒れ気絶してしまった。


もう一人の男性は、美希さんが峰打ちで倒してしまったらしい。


「時雨隊長、この方たちは恐らく捨て駒です。銃どころか私たちが来た時の対応が素人以下でした」


刀を鞘に収めながら美希さんは冷静にそう告げた。


言い方はあれだけど、手応えゼロだった。犯罪慣れしていないように見えたし、銃だって標準がズレていた。それに、自慢じゃないけど月光隊の名はそういう犯罪を犯す人たちには知られている。だからなのか少しでも反撃できるように訓練されているはずだ。だがボクに銃を向けていた男性の手は震えていた。


「時雨さん、兎に角一旦この人たち連れて現代に戻って上官に引き渡しましょう。この場でこの人たち以外の気配は感じられませんし、この時代でだらだらと考えていても答えは出ません」


小さく息を吐いて短刀を鞘に収めながらボクは時雨さんにそう言った。


時雨さんも鞘に刀を収めてボクらを見た。


「そうだな。よし、戻るぞ」


彼がそう言うとボクら四人は懐から懐中時計を取り出しボタンを押して犯罪者と共に現代に戻った。


____________



本能寺の変が起きた時代から戻ってきて五日が経った。その間に得られた情報はあまりにも少ない。まずあの三人は、誰かに雇われてあの場にいただけということ。三人共雇い主は分からないこと。そして、三人の他にも同じように雇われている人が複数いること。


「三人が口を揃えて言った雇い主については詳しく分かっていない。これからもそういう奴らが色んな時代に現れるかもしれないから、気を付けるように」


三人が自白したその日に時雨さんはそう告げた。犯罪者を捕まえながら雇い主について調査しなきゃならないのか。疲れる…。


その日の夜、ボクは寝付けずにいた。なんとなくだけど、雇い主が誰だか分かったかもしれないから。でも証拠も無ければ確信も無い。


ボクは部屋から出て寮の中にあるリビングに向かった。ボクしかいないだろうと思ったら時雨さんがソファに座って書類を読んでいた。しかも真っ暗なリビングで。


「目を悪くしますよ、時雨さん」


そう言ってボクはリビングの照明を付けた。すると時雨さんは心底吃驚したような表情でボクを見てきた。彼は風呂上がりなのか髪を結んでいないせいか一見すると見返り美人にしか見えなかった。


「なんだ、雪峰か。こんな時間にどうした?」


また書類に目を向けて時雨さんは問い掛けてきた。


「いえ。ただ眠れなくて……」


ボクは時雨さんの問い掛けに答えながら向かいのソファに座って近くにあるクッションを抱き締めた。


そういえば、時雨さんとこんなふうに話す機会なんてそんなに無かったかもしれない。美希さんとは女性同士話題が尽きないし、輝さんとはトランプをしたりしながらよく話す。でも隊長である時雨さんは仕事以外で話したことは殆ど無い。近寄り難いイメージがあるっていうのもあるけど……。


「眠れない時は温かい飲み物を飲むといいらしいぞ。雪峰、飲むなら作るがどうする?」


書類から目を離しボクを見てふんわりと微笑みながら時雨さんは言った。


ボクは小さく頷いた。その様子を見た時雨さんは『了解』と言ってから立ち上がりキッチンに入って行った。


近寄り難い、という彼のイメージが早くも崩壊してしまった。どうしよう。


色々考えているボクは少し変な顔をしていたのだろう。マグカップを二つ持ったまま時雨さんはクスクスと笑っていた。


「時雨さん、笑わないでください」


拗ねたような言い方をすれば時雨さんは笑いながら『悪い悪い』とあまり悪いと思っていない様子で立っていた。この人、こんな表情できたんだ。何時もは強面なのに、なんて失礼なことを思ってしまう。


そう思いながらボクは時雨さんの顔をじーっと見ていると彼は不審に思ったのか首を傾げた。


「雪峰?どうした?」


「そんな顔できたんですね、時雨さん」


「お前結構失礼だぞ」


マグカップを二つ共テーブルに置いてボクの頭を軽くチョップした。いや軽くじゃないな、強めにチョップされた、痛い。


「すいませんでした……」


ボクは頭を抑えて謝った。


「分かればよろしい」


時雨さんは苦笑いしながらそう言った。なんだろ、兄さんを思い出すなあ。強くて優しかった兄さんに。


思い込んだ表情をしていたのかもしれない、時雨さんはボクの頭を不器用に撫でてくれた。


「どうした?思い込んだような顔をしているぞ」


この人は本当に不器用なのだろう。不器用なりに気を遣っている。本当に。


「お兄ちゃんみたい……」


「えっ?」


思っていたことが声に出てしまったようで時雨さんは困惑した声を出した。


ヤバい、やっちゃった。どうしよう、この気まづいし空気。


「雪峰、お前兄貴居たんだな」


やっぱりそこを気にするか。どうしよう、話すか?仲のいい美希さんにさえ話したこと無かったのに。


悶々と考えていると時雨さんは、ボクと目線を合わせるようにしゃがんでまた頭を撫でてくれた。まるで幼い子どもを慰めるように。


「無理に話さなくていいぞ」


本当に、優しくて不器用な人だ。


話そう、ボクの事を。


「いえ……。お察しかと思いますが、ボクには五つ違いの兄がいます。刀の扱い方、剣術、目上の人への話し方、すべて兄から教わりました。とても優しい兄でした。ただ、ボクら兄妹の先祖である沖田総司のことを何故か嫌っていました。ボクが九歳のとき、兄はタイムマシーンを使って江戸時代末期に飛び、池田屋事件を無かったことにしようとしました。でも実行する前に兄は警察に捕まり、事なきを得ました。それからボクは祖父に育ててもらいました」


話し終え、時雨さんを見てみると目を見開いていた。えっ、なんでそんなに吃驚した顔しているんですか。


「あの、時雨さん?」


首を傾げながら彼の顔の前で手を振った。それに気付いたのかハッとしたような表情をした。この人何気に面白いな。


「雪峰、お前の兄貴捕まったんだよな?その後どうなったんだ?」


嗚呼、その事か。


「釈放されたそうですが、会ってはいません。今のボクの立場が立場なので」


俯きながらそう言うと時雨さんはまたボクの頭を撫でてきた。撫で過ぎな気がする……。


「お前色んなもん背負ってんな」


時雨さんはそう言うとボクを抱っこしてきた。ん?抱っこ!?


「し、時雨さん。降ろして下さい……」


「却下だ。こうしててやるから泣くなり寝るなりしろ」


降りようとすると抱き締める力を強くされた。これ、諦めるほうがいいのかな。


こうされているとお兄ちゃんのことを思い出して涙が溢れてきた。懐かしいな、昔はボクが泣いているとお兄ちゃんはこうして慰めてくれたっけ。


ボクはそのまま泣き疲れて眠ってしまった。

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