【第14話】 誰がために鐘は鳴る その6

 そして、数刻たたずに少年の体に再度の異変が訪れる。

 急に押さえつける少年の体が急に軽くなった。

 その原因は母親の叫びで気付くことになった。


「いやーーーーー! セーレ! セーレの体が! 体がぁあぁああああっッ!!!」


 少年に目を移す。

 そこには下半身が引き千切れた様に地面に倒れ、剛が押さえつけてると思っていた体はつかんでいるからこそ血の海に沈まずにすんだといえるものだった。


「う! うわああぁぁぁあああああ!」


 が、それも剛の叫びと共に少年の体は地面へと落ちていき、パシャリっと飛沫を上げて己の血の雨をその身に降らした。


「痛い。もう……こんなに……なっても死ねないなんて……ぼくの……体……どう……なって……るの?」


 驚愕きょうがくだった。

 もう何度驚いたことだろうか? それでもこれが驚かずにはいられようか! 体が半分に分かれている人間なんているハズがない! 例え、死の間際の輝きであろうとこの少年は最初からいつ死んでもおかしくない状態だったのだ。


「セーレ! セーレ! 生きててくれたのね! 絶対に! ぜったいに助けて上げるから!」


 コレを生きているといっていいのだろうか? 目を逸らしたいほどの肉の塊にむせるほどの血臭に酔いかけながらも剛は違和感に気付く。


 少年の下半身にうごめく無数の塊が見え、それがなにか気になり目をよーく凝らす。

 その塊は小さな魚だった。

 まるでプランクトンを食べ泳ぐように魚たちは少年の肉体を食していた。


「うっ! オエーーーー! オエーーーーーー!」


「もう剛くんったらぁ、汚いなぁ。はいてる暇があったらぁ、ママにお子さんがどうなっているのか教えてあげなさぁい。早くしないと原型なくなっちゃうぞぉ」


 ローズマリーの声に母親が過敏に反応する。


「どうゆうことっ!?」


「どうゆうことでしょうねぇ」


 剛は義務でもなんでもなくただ、ありのままを独白した。


「コイツの体がたくさんの魚たちに食われてる」


 母親は何をいっているのか理解できないといわんばかりに、剛に激しく抗議した。


「あなた、なに言ってるのよ! 意味わかんないこと――」


「食われてんだよ! あんたの子供は体の中から」


「な、なにをいって――」


「ママ、ほんと……だよ……」


 まだ息が合ったのか少年が声を上げる。

 だが、起き上がる力もないのだろう。

 声もさっきより霞んで聞こえる。

 きっと、下半身だけではなく上半身もあの魚の群れに食されているのだろう。

 事実、少年の体は時間が進むほど徐々に小さくなっていく。

 それに伴い、小さな塊は対照的にその姿を大きくしていき、やがて母親の目に停まった。


「な! なにその魚はなんなの!? どこから!?」


「どこからもなにもぉ、食べるところ見てたじゃなぁい。ふふふ、大きく育ってぇ、子供もたくさん。おいしいおいしいって声が聞こえてきそうだわぁ」


 ローズマリーが言っていた食事とはこのことだったのか。

 食事の対象を俺も母親も勘違いしていたのだ。

 食卓もパンの欠片も必要あるはずがない。


 この少年が食卓であり、パンそのものであるのだから。


 少年の体がみるみると魚たちに消化されていく。

 全部で二十匹近くいるのだろうか? 気付けば上半身は残すところ顔だけ、下半身は太ももから先のみとなっていた。

 少年は顔だけでもまだ生きているのか瞬きを時折するが、声を発する器官がもうないためか、声を出すことはできないみたいだ。


 母親は狂ったように、猛り呪いの言葉をばらきながら、少年に謝罪の言葉を声高く叫んでいた。

 剛は少年の残された体を見ながら、疑問を抱く。


「ローズマリー様、この魚たち食べつくしたら次、俺たちを襲うんじゃないですか?」


 剛の疑問にローズマリーは剛の不安を取り除くためか安心させるようにほほ笑む。


「大丈夫よぅ。そのお魚さんも特注なのぉ。最初に【食べた】宿主以外は食さないから安心してねぇ。だから、お魚さんだけぴちぴちと跳ね始めたら捕まえて赤い箱に全部戻して頂戴ねぇ。うふふぅ、思ったより大量だわぁ」


「そうですか。まぁ、襲われないなら」


 当然気乗りしないが、嫌とはいえない。

 むしろ、この惨上を手掛けるローズマリーに嫌なんていえる人間がいたら見てみたいものだ。

 明日は我が身という言葉を知らぬ人間の行く末を見てきた剛には首を縦に振るしかできない。


 少年の体の原型はほぼなくなっていた。

 大きくなった魚たちの食す勢いは早く、少年の顔は既にそこにはなく下半身も足だけ残し今にも魚の胃袋に納まりそうだ。

 結局のところ、なぜ少年はあのような状態でも生きられたのか。

 あそこまで突き抜けた状況となると、ローズマリーの魔法の効果と考えるのが一番妥当だろう。


「あなたたち、絶対に許さない! 殺してやるっ!」


 頬は涙でれ、目は釣り上がり、唇には血がにじみ慟哭の声と怨嗟の声を上げる子を失った母がそこにいた。


「あなた、本当にあの子が大切だったのぉ?」


 ローズマリーが空気を読まずに火に油を注ぐ発言をする。


「当然でしょうが! 自分がおなかを痛めて産んだのよ! それを魚の餌なんかに、この人でなし!」


 ローズマリーは苦笑いを返しながら母親に言葉を返した。


「別にぃ、人じゃないしねぇ。子供産んだこともないからあなたの感情も分からないわぁ。分かったのは実験結果だけぇ。残念ねぇ、あなたが魔法を使えるようになればお子さんも助けられたのにぃ」


 ローズマリーの言葉に剛が驚き声を張り上げる。


「ローズマリー様、その女性、異界人エトランゼなんですか?」


 分別なく軽い感じでローズマリーが肯定する。


「そうよぉ。言ったでしょう? 今日のテーマは精神状態での肉体の変化だってぇ。つまり、自分の肉体でなくても異界人エトランゼは自分の肉親が傷つくと覚醒するのかってところだったのよぅ」


 まるでゲームのネタバレを軽々しくやる友人みたいに言葉を続ける。


「いわゆる、愛情や心の痛みでも覚醒できたら、異界人エトランゼ自身を傷付けなくても安全に覚醒できるようになれるんだけどねぇ。前回とは逆の手順を踏んだんだけど、今回も失敗、失敗。まぁ。なにごともトライ&エラーだしぃ、これも一つの実験結果としては成功ともいえるわよねぇ」


「けど、危険じゃないですか! もし、覚醒して強力な魔法を使用できてたら!」


「だからぁ、虚脱の椅子に座らせてるでしょう? 助手としてお強い天使の皆さんや剛くんもいるのよぅ? 本当はぁ、シュレンさんもいてくれれば心強いけど、急用でまだ出勤していないみたいだしねぇ」


 覚醒しても確かに、このメンバーなら取り押さえることもできるのかも? それに実験は終了したのだ。

 危ない目に知らず知らず合うところだったが、終わり良ければ全て良し! と祖父ちゃんも言ってたし、ここからは楽しく女を見繕って。


 そう考え行動を移そうとした剛を見も心もすくませる声が耳の底にこびりつく。


「それじゃあ、覚醒実験を始めましょうかぁ? フランクさん、いつまでつくばってるのぉ? 出番ですよぉ。この女性をそうねぇ、まずは体をなぶっていきましょうか?」


 まるで今晩のメニューを考える主婦のように簡単に、それでいて悩ましげにローズマリーはプランを練っていく。


「そのあとは、女性ですし精神を甚振いたぶりましょう。旦那さん以外に体を許すなんて背徳的で甘美的だわぁ。どちらであなたは覚醒するのかしら? 結果が楽しみねぇ?」


 実験の結果が楽しみでしょうがないといわんばかりに愉悦交じりの声を響かせる。

 それに呼応するようにあのずうたいからは信じられないほど俊敏な動きでフランクが女性のそばに立っていた。


「こ、この女を好きにしていいんですね!」


「ええ。私の指示の元でねぇ。壊さないように丁寧に実験をするの。得意でしょう? あ! 剛くんはさっき言ってた妊娠させたい実験体を選んできていいわよぉ。ちゃんと印付けないと他の方が実験しちゃうから忘れないでねぇ」


「は、はい」


 少なくとも危険な任務からは外されたのだ。

 それで良しと自分を納得させ、剛は自分の欲望を満たせる人間を求めて歩き出す。



 次に、この部屋の扉が開かれた時に、訪れる己の運命を知らずに。

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