首蹴坂デパートの思い出

 ●●デパートの屋上に、この間行ったんですよ。久しぶりに。そしたらまるで様子が変わってたからびっくりしましたよ。あんなになっちゃったんですね。子どもの頃、あそこって夢の国でしたけどねえ。網で囲った赤・白・緑の、ボールのプールでしたっけ? あれが好きでした。硬貨で動く乗り物なんかもね、今思うと狭ッ苦しい白い線の中を延々廻るだけなんだけど、楽しくってねえ。犬の顔をした奴ばっかり選んで、親に何度も百円玉をねだった覚えがありますよ。ハンドルだって、たぶんあれは飾りで利きやしなかったろうに、一生けん命ぐるぐる回して動かしてる気になってね。動いてる間ずっとへったくそな音楽流れててうるさかったけどね。しかしなんで屋上遊具ってのはあんなまあ申し合わせたように調子っぱずれなキンキン声にするんでしょうね。なに喋ってんだかわからなくてイライラしましたよ。一番ましな声出してたのはパンダだったけど、私はパンダ嫌いだったからね。怖かったんですよ、特にそこのパンダは顔のつくりが雑でね。白と黒のところがうまく配分できてなくて。おまけに目とか耳とか口が人間みたいで。いやあ、気持ち悪かったなあ。後で見たら、動物園にいる奴にはまったくと言っていいほど似てなかったんだけど。あれ、とすると屋上の奴が先だったのかな。あれが駄目だったから本物も駄目になったんだっけ。まあいいや。思い出してもゾワゾワする。でもまあとにかく、一番の思い出はあの乗り物になるのかなあ。懐かしいなあ。他には何があったんだか……。そうそう、ちょっと記憶に残ってるのは、ペットショップが屋上に一緒にあったから、その、動物の匂いというか何と言うか、それがひどかったのは覚えてますけどね。わかるでしょ? 動物園とかのとはこれがまた違うんだなあ。きっと動物園よりもっと、もっともっと狭い四角な場所に閉じ込められてる生き物のストレスというか、鬱憤とかでしょうね。濃ゆいんでしょうね、そういうのが。いや、今はどうだか知りませんよ。法律とかできて大分厳しくなったんでしたっけ? でもその頃はまだまだ酷かったように思いますねえ。二、三度、親父に連れられて、ケージの中の獣、犬や金魚なんかが人の顔に見えたことがある。……ああ、すみませんね。今の話でしたね。いや、百貨店業界は今日び厳しいとは聞いていたが、そもそもあんなになるまで放っておいたのがねえ。元々ね、変だって声はけっこう上がってたらしいんですよ。営業が終わる辺りから、いや終わってからもね……。それで、最後には、デパートを騙すために客に似せた人型カメラを潜入させて観測したわけだけど、殆ど戻ってこなかったうえに、映像も全部途中で途切れちゃってたらしいんですよ。どうしようもない。人寄せに色々無茶をやり過ぎたのかなあ。末期はもう遮二無二だったそうですからねえ。営業不振をどうにかしようとしてよくわからないお社を招聘して色祭りをやってた辺りまでは知ってるけど、まさかあれだけが原因じゃないでしょう。それで、長いことそんな感じだったんだけど、この間の日曜日に、最近見たことのないくらいに派手で毒々しい大セールのバルーンが飛んでるって通報があってね。建物の管理者側、って言ってももう殆ど権利放棄してるようなもんですけど、彼らは出してないって言うんですよ。でも確かに飛んでる。デパートの空いっぱいに、鯉のぼりみたいに色とりどりの尾を引いて、バルーンが。赤い地に黄色の書き文字で垂れ幕も出ていたし。ただ、よく観察するとやっぱりおかしいんですね。近づいて行くうちに文字が変わるし。水の滲んだみたいにどんどん何書いてるか分からなくなるんですよ。入り口の下に立って時には見上げた時には、なんかお経みたいになってました。やっぱりぐちゃぐちゃに滲んじゃってるから何が書いてあるかはわからないんだけど。さすがにあれを見た時にはちょっぴり嫌な汗が流れましたね。ああなんで私たちが行くことになったかって言うと、結局、管理者がようやく許可を出したもので、もう建物を鎮めて封鎖区域にすることが決まったんですね。だから、全部潰してしまうつもりで、粛清ガスなんかも使いながらともかく決死隊で入りこんだわけですよ。あんまり気持ちのいい仕事じゃないけど、仕事なんて選べないですからね。そしたら、入るなり屋上の入り口にいきなり人影が幾つも立ってる。ぎょっとして何かと思ったら、だいぶ前に送りこんだ例の人型カメラなんですね。その群れが、目を潰されて、作り物の表情筋ラバーを無理やり引きのばして笑い顔を浮かべた姿で、入り口に綺麗に並べられてるわけです。あまりいい気はしません。それで、そいつらをうっちゃって、いよいよ中へ入り込んでみると、これが臭い。ペットショップはとうの昔になくなった筈なのに、前以上に物凄い獣の匂いがするんですよ。まああの店も、管理のずさんさで大分と殺していたらしい。だからねえ、ああいう臭いが残っちゃうんだろうなあとは思いましたけどね。あとは、フェンスの傍にもね、並んでる。どうも飛び降りと、下にある私鉄線路の飛び込みとが混じった連中らしくて、これの色がちょっとした前衛芸術なんかよりすごい。で、その隣に、いたずらなのか、へたくそな字で書かれた「人間マーブル」とかいう悪趣味な看板が出てました。多分その連中を指してるんだろうけど、まさか百貨店側が出す筈はないから、悪戯なんでしょうかね。字がどう見ても相当古かったのが腑に落ちないんですが。ああそれから、個人的に哀しかったのはね、やっぱり昔親しんだ遊具。もう今は百円玉を入れなくても乗り物が動くようになっちまってるんです。線をはみ出して、好き勝手動き回っている。あれに乗ってたんだよなあとか思いながら、一つずつ始末をつけましたよ。他には、売店傍のベンチに雨に打たれて溶けた石膏像みたいなのが座ってて、皆で苦労して除去したんだけど、どうも捜索届が出されてた学生の写真に妙に似てるって誰かが言い出して。言われてみればそんな感じなんだけど、ええそうです、屋上に面白半分に侵入して、そのままになってた……十年くらい前の話でしたかね。まああんなになってちゃ何もわかりませんけども。それと、ボールプールの網はまだ残っていて、中で何人も子供が飛んだり跳ねたりしてました。もちろん普通の子供じゃないんですよ。思い出みたいなものでね。見ているとこれも妙に悲しい気持ちになったのを覚えてますねえ。そしてほら…例の招聘社ですよ。うん、あれが一番物凄かったかな。記録によると営業終了に合わせて、お社も取っ払った筈なのに、鳥居がある。おかしいぞと思って近づいたら、これが骨だけになった建材なんですよ。それに誰だかが赤いペンキを塗りたくってる。遠目に見たら鳥居に見えるってわけで。何なんだろうと思いましたね。……本当にね。全く、怖いというより、哀しいものですよ。デパートが今でもあんなに人恋しがってるとは思わなかった。おまけにね、悲しいことに一時期よりずっと屋上は賑やかになっていてね、それがなんとも皮肉な話で。……

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みせのはなし 安良巻祐介 @aramaki88

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