『思い出がループ(14話15話)』
「よし!準備できました」
会議室に備え付けらている、普段は会社のくだらない自己啓発ビデオを回すだけに存在しているテレビのセッティングが終了したことを宣言する。
振り返るとまるで映画館のように並べられたイスと子供の頃に戻ったかのようなキラキラと目を輝かせた松永さんや押川達の姿があった。
ちなみにテレビにつなげているBDレコーダーは俺が家から持ってきたものだ。
時刻は夕方の五時。 仕事を終えた男達の汗と情熱で部屋の中は熱気で包まれている。
エアコンすらも彼らの熱を下げることはできていない。
「それにしてもよく上が許可だしてくれましたね」
「まったくだ……あの頭固い連中がよく認めたもんだな」
自前のタオルで汗を拭きながら最前列にいる押川が問いかけると、追いかけるように松永さんも続く。
二人の間には未だぎこちない空気が流れているが、俺の苦言と忠告、そして押川の熱意によって、喧嘩の原因である『ニュージェネレーション計画』は無事に現場サイドからの訂正はほとんど無く決定した。(唯一訂正希望が出されたのは名前くらいのものだった)
「まあ職場の融和を図るという意味で云々ってやつですよ」
大きい組織になるほどに体裁さえ整えばこういうこともできるものだ。
ほとんどの場合は組織の害になるようなことでしか使われないけどね。
もちろん鑑賞するのは『色咲く花は』で、十三話、十四話、十五話の入っているディスクナンバー5をレコーダーにセットする。
「おっ、もう始まるのかい?」
予定時間になって主任がイスを持ってきて、さり気に最前列に座る。
「それじゃ……はじめますか、今日の会議のテーマは『働く人のことを考える』です」
会議の名目上、テーマを決めなければならないのだけれど、今回にピッタリなので設定した。
俺もあらかじめ確保していた最前列真ん中に陣取り、レコーダーのスイッチを入れる。
「どうやらうまくいったようだね……それにナイスアイディアだよ」
そっと主任が囁いてくる。
「主任の協力のおかげですよ」
実は今回の会議は俺が主任に提案したものなのだ。
二大派閥であり、人気もほぼ二分割している鶴子派重鎮の松永さんや華子ちゃん派の若きリーダーである押川を説得し、良い頃合だと判断した俺が各勢力の融和を図るためにだ。
別に俺が見たかったわけじゃないぜ。
「それにしても主任も今回の話は楽しみでしょう?」
「なっ……何がだい?」
ドギマギする彼に俺はにやりと笑い返す。
「好きなんでしょ?『色咲く花は』……」
すでにオープニングがはじまっているので迷惑にならないように声のトーンを落とす。
「ヒントは……最初に見せてくれたディスクですよ、初回限定版で外装には傷が無かったしね」
「い、いや……あれは……」
冷静な主任が顔を赤らめる。 その初々しい仕草に好感を持つ。
それなりの年齢の大人がアニメが好きだということに抵抗を持つというのは理解できる。
俺もそうだったし、押川達だってそうだった。
松永さんにいたっては最初はくだらねえと笑っていたくらいだ。
だが良い工具がいつまでも愛用品として使われるように良い作品も色褪せることなく愛される。
そこに貴賎は無い。
結局は皆、面白ければ文句は無いものだ。
現にこの会議室の中はギュウギュウに仲間達が詰まっているけれどそんなことは気にしないで誰もが映像に魅入っている。
つまりそれが答えなんだ。
「そ、それだけ……で判断するのは早計じゃないかな?あ、あれは人から預かったもので……」
平静を取り戻した主任にさらに畳み掛ける。
幼馴染に決別宣言する結菜(けつな)のように……。
「うちの人間が大事なディスクを人に預けることはしないし、没収されたのなら暴動が置きかねないじゃないですか」
そこまで言われたところで主任が諦めたように破顔した。
吹っ切れたかのようなその姿は例の幼馴染のようだ。
「…………」
無言で主任が握手を求めてくる。 当然俺もそれを返す。 同じ作品、同じ女を愛する者同士の友情の堅い握手だ。
なぜそれがわかるかって?
それは彼が今回のことに中立だったからだ。
なぜならこの俺だって、今回の対立の原因が結菜(けつな)と鶴子、結菜(けつな)と華子ならば冷静にはいられないだろう。
結局俺だって押川達と同類なのさ……だからこそお互いに理解できることだってある。
すでに十三話は終わり十四話から新しく変わったオープニングが始まっている。
ここからは俺も気を緩めることはできないので映像に集中する。
主任も画面から目を離さない。
それでは皆さん……
さようならんぼる~~!
あ、言い忘れていたが、この作品はフィクションであり、現実に似たような設定の面白いアニメがあってもこの作品とは何も関係はありません……多分ね。
「俺の工場では『色咲く花は』が流行っている」 中田祐三 @syousetugaki123456
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