難癖じゃない
「お前は綿密すぎるんだよ……いくら効率がいいからって作業動線を重ねすぎだ、これじゃA作業、B作業、出荷作業のフォークリフトが一日に何度もはち合わせるだろうが……事故が起きたらどうする?」
押川の顔がぐっと赤くなる……難癖だと思ってるんだろうな~。
「し、しかし安全規則では対面した場合は作業側の方が優先通行です。戻り側の人間が気をつければすむことでしょうが!」
「気をつけれなかったらどうするんだ?」
「なっ……!そんなこと言ってたら仕事なんてできないじゃないですか!」
経験の浅い押川には理解できないことなんだろうが……松永さんなら何回も……俺ですら数回は……そういえば押川が入ってからはまだ起きてなかったな。
「押川~、ハインリッヒの法則って知ってるか?」
「なっ……、それくらい知ってますよ!」
「それじゃ言ってみ?」
ニヤっと笑って説明を求める。
我が工場伝統の抜き打ち作業用語試験だ。
先輩が後輩に急に作業関係の質問をして、答えられないとデコピンされる……。
陰湿なんだかノリが軽いんだかわからない伝統だがそれによって後輩達は自分たちで仕事に関する勉強を自主的に始めるようになる。
誰だって痛いのは嫌だからな。
俺も先輩たちにやられたもんだ。
「一つの重大事故の裏には二十九の軽微な事故があり、三百のリスクがある……でしょ?だから現場では常に危ないと思うことを探し続けろって工場入った時と松永さん達に散々言われまくりましたよ」
「作業動線の重なりはリスクって言えないか?」
「で、ですが……」
「たとえばだ、お前がA作業を終えて戻ってきて、松永さんがB作業をしにやってきたとしようか?お前は十四話の華子ちゃんがお嬢様キャラの和倉結名(かずくらけつな)と協力して鶴子を海に投げようとしたが、誤って一緒に自分も落ちてしまった時の作画を想像していたとしよう」
「ずいぶん具体的ですね……」
「だがあのシーンは好きだろ?」
「え、ええ……まあ」
「そしてB作業の松永さんはこれまた十四話で華子ちゃんと結菜(けつな)に想い人以外に水着を見せたくないという純情な乙女心と羞恥で顔を赤くしながら叫ぶシーンを考えていたとしよう」
「それもまた具体的ですね」
「だが松永さんもお前も俺もあのシーンは好きだろう?」
「は、はい……確かに」
「お前の言いたいこともわかる……でもな?事故でも起きてみろよ?凄い面倒くさいんだぜ……警察に、本社にとあれこれ色々と聞いてきてその間は仕事も止まりやがる」
想像できたのか押川の顔がみるみる渋くなっていく。
「もちろん製造は待っちゃくれない……それらが終わった後は全員休み無しで仕事をして……そのおかげで予定されていた仕事もどんどん後回しになっていく」
未経験の押川もこれだけ説明されると納得せざるを得ないのか、計画書をチラチラとみて修正をはじめているようだ。
「それに……嫌だろ?仲間が怪我するとことかさ……働く人のことも考えた仕事をしないとな」
ドヤ顔で決め台詞をはいた俺に軽くため息をつき、
「わかりましたよ……ただし、松永さんとの和解は未定ですからね!」
なかなか面白い返しをして、押川は図面を再度机の上に広げてまた書きこみを始めた。
その顔は何か吹っ切れたように明るいものだった。
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