最終話 『混族』と『青の一族』
『混族』の寿命はどれくらいなのかは分からない。
しかし平均寿命百年くらいでは短命と言えるこの世界。
もしそれくらいの短命の種族なら、彼の風貌はもっと衰えてもいいはずである。
しかし今のギュールスは、討伐に出かけている頃とほとんど変わりはない。
だが、魔族が長らく現れない時期に、その時は訪れた。
家族と談笑しているギュールスは、突然椅子から転げ落ちた。
えっ? とギュールスの方を見る。
意識はあるものの起き上がることは出来ない。
家族全員でギュールスをベッドの上に乗せる。
「まさか魔族の血の浸食が?!」
ロワーナの焦りは全員の心に伝播する。
しかしギュールスは、そうではない、と否定した。
巨大な魔族三体を、そんなに期間を置かずに自分の体に吸収した。
その負担が、ギュールス本人にも気づかないまま彼の体に襲い掛かっていた。
それは魔族化ではなく、寿命の短縮となって。
「……あなたにも、分からなかったの?」
「あぁ。ただ、体にマイナス面が必ずあるとは思ってたし、魔族化がそれだと思ってた。だがそれだけじゃなかったんだなぁ」
「お、お医者さんは?! 呪術師とか……何か……」
子供達のリーダー的立場のユンナですら、焦りを隠そうとしない。
ギュールスは力ないままだがそれでも長女を諫める。
「もうみんな、一人前だ。ずーっと言ってるだろ? 父さんがいなくても大丈夫だって。ただ……お前たちみんな、父さんみたい幸せな時期を与えてやれなかったことだけが申し訳ないと思ってる」
「馬鹿な事言わないでよ! 父さんがそう思ってるなら僕達だって同じように感じてるよ! ……一番辛い目に遭ってきたのは父さんなのに、それでも僕たちにはそんなことを感じさせないように……」
ロワーナの三番目の、五男のワーナスがベッドの脇で訴える。
その言葉は、ギュールスに安らぎを与えた。
「それでもな……まだ『混族』への偏見は強い……。みんな、青いものばかりではなく、青から離れた者ばかりじゃない。それでも手を取り合ってここまで成長してくれて……ありがとうな」
ギュールスのベッドを囲んだ八人の子供達は、父親に声をかけることが出来ない。
「ロワーナ、ミラノス。苦労しかかけてやれなかっ……」
「馬鹿な事言わないの!」
「そういうこと言うのやめて。私達は……あなたと一緒で、幸せだった……」
ミラノスの言葉は涙声のあまり途中で途切れた。
「父さん……お願いがある」
長男のロールスが震えを抑えながら声を出す。
父親が自分に顔を向けるのを見て、改めてその中身を口にした。
「父さんの経験してきたことって、映像にして見せることが出来るんだよね? 父さんがこれまで歩んできた道のりを、この目に焼き付けたい」
他の七人がそれに賛同する。
母親二人は、その願いを叶えてあげたいと思う反面、寿命間近の体力と精神力で、そのようなことが最後までやり遂げられるかどうかを心配する。
その映像の途中で命尽きるのなら、ある意味ギュールスにも子供達にも未練を残すのではないかと考えていた。
ギュールスはみんなに、頭を自分と同じ方向に向けて仰向けにさせた。
そして、彼が物心ついてからの映像を天井に映し出した。
森と共に焼けていくノームの一族。
殴られ、蹴られ、体を持ち上げられて投げ捨てられるような扱いをされる幼い父親の姿。
衣食住を満足に与えられず、理不尽な暴力を受けながらも、涙を流すことのない死んだような眼をしている青い子供。
ロワーナもミラノスも初めて見る、彼の遠い昔の日々。
家族全員の涙が止まる時間は、映像が終わるまで訪れなかった。
しかしどの場面も見逃すことがないように、みんなはすべてその映像を脳裏に焼き付けた。
映像が終わり、天井は元々の素材の色彩を取り戻す。
「父さん……。あなたの昔から今までのことを見せてくれてありがとう」
長男の礼の言葉は、ギュールスの耳に届くことはなかった。
…… …… ……
「編集長! いい情報の連絡来たんで、取材、いってきまーす!」
「ホワール! お前のやってるこたぁ取材とは言わねぇんだ。ただの趣味じゃねぇか! いい加減『混族』から卒業しろよ!」
ニヨール宿場新報社の一室の大声のやり取りは恒例である。
社員の入退社の人事はあるが、編集長を除けば平社員のホワール=ワイターがこの部署での一番の古株となった。
王宮の入り口付近の親衛隊の詰め所までは顔パスで出入り自由を許可されたものの、自分がもたらしたギュールスの情報により、ロワーナの親衛隊も解散となる。
当然詰め所の部屋も閉鎖。ただの物置となってしまい、しかも元親衛隊の、元近衛兵達もあちらこちらへ分散。
さらに奥にあるその部署への部屋には、当然ホワールは立ち入ることは許されない。
「自分が伝えた情報が、まさか自分の首を絞めるとは思わなかったねぇ。まぁあの人達を責めるのは筋違いだから文句は言わないけど、つくづく自分の先読みの甘さに愛想が尽きる……。ま、王女は喜んでたから良しとするか」
ロワーナに伝えた後どこへ行ったか。それは容易に想像はつくし、どんな行動をとっているかも大方予想はつく。
しかしどこにいるのかは皆目見当がつかない。
そんな中で彼女の下に届く『混族』の情報は次第にその数が増える。
ロワーナへの情報提供の影響は、そんなマイナス面よりもプラス面の方がはるかに上回った。
『混族』の情報提供の連絡してくる相手はすべて匿名だが、その声は紛れもなくロワーナの元部下である元近衛兵第一部隊のシルフ達。
以前は魔族の出現現場の情報が多かったが、最近になると目撃情報が増えてきた。
そして足取りを追っている相手から直接連絡が入る。
彼と出会わせてくれたあの場所で待っていると。
向かった先は草山羊亭。
相変わらず客はいないその宿屋。
カウンターにいたのは、その顔を見ても世界はもう思い出すことのない、二人の名前の持ち主。
「……久しぶり」
「待ってたわ」
ホワールがその酒場に近寄ると、振り向いたその二人から声をかけられる。
本命の人物がいない。
はやる気持ちを抑え込み、二人の隣の席に座る。
そして二人から語られる、その後の彼の足取りと今わの際。
「……『青の一族』ですか。うん。いいと思いますよ。でも記事にするには、仮名ではなく実名で記事を書かないと、広まりにくいかもしれません」
「……今住んでいる住まいは解体するの」
「私達二人も、これからは別々の道を進むことにしたから」
子供達は父親以上に魔族討伐に力を入れるという。
なるべく広範囲を抑えるため、それぞれが別々に行動するという。
「父親譲りの器用さで、こんな便利な物作ってくれたしね」
彼女らの装備には、出来上がったばかりのアクセサリーが手足に付けられている。
「通信機能に加えて瞬間移動の機能までつけててね。いつでもどこにでも駆け付けて応援できる仕組み」
「あとは、あの人が望む、皆が平穏に暮らせる世界を作るだけ。そのために魔族を討つ子供達も含めてね」
ホワールは二人から語られる長い話を聞き漏らすまいと記録に残す。
そして上司に掛け合って、その話を新聞に掲載することが決定された。
二人の元王族からの証言とあれば無理もないこと。
所在不明とされた二人からの証言は、すべての読者の目を惹いた。
魔族の死体を目にする者は多い。
しかしその謎がその記事で解き明かされた。
忌まわしいと思われながらも、その活躍ぶりは、証言する人物のこともあり認めざるを得ない。
長期にわたる根拠ある内容ということで、首都の一部の宿場でしか見られないこの記事は世界中のあちこちに知れ渡ることになる。
長い年月が経ち、寿命の長い種族でも世代は変わる。
それでも魔族討伐は行われ続けている。
その国には、この世界には言い伝えがあるという。
民の命を踏みにじり、平和を乱そうとする者が現れるたびに、それが魔族だろうが世界の住民だろうが、その平穏を守るためにいずこから現れ、窮地を救った後はいずこともなく立ち去るという。
『混族』と呼ばれ、世界中から虐げられていたたった一人から始まった彼ら、『青い一族』と呼ばれるようになった者達の言い伝えが。
了。
皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~ 網野 ホウ @HOU_AMINO
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