第7話
ある日ライブハウスに行くと、菊池さんの横に女の人が居た。二人の接触ぶりからして、恋人だろう。私がアプローチだと思っていた事は、何だったのだろう。それとも数人に、アプローチなるものをしていたのだろうか。数打ちゃ当たる、か。それともアプローチという考え自体、私の勘違いだったのだろう。
菊池さんの事は素敵な雰囲気を持っている人だと思っていたから、私はちょっとがっかりした。菊池さんにがっかりしたのではない。菊池さんの横に居るのが知らない女の人だったからだろう。私では無かったから。心の中では時々、傲慢になってもいいでしょう。そして結局、菊池さんに心が動いていたんじゃないか、自分。
ちょっと落ち込み気味だけれど、先生は今夜、彼女と過ごす日だと云っていた。先生の所には駈け込めない。私は一人で、この空虚と過ごさねばならない。誰かと一緒に過ごしたい。こんな時に、当然のようにすがれる存在が欲しい。
○●
ライブハウスでよく会う年上のイケメン先輩は三人の子宝に恵まれたし家も新築だし仕事も順調にエリートコースらしい。そのイケメン先輩が離婚寸前だと知った。
同級生がお金持ちと結婚したらしく、その後生まれてきた子が健康じゃなかったと聞いた。
もう一人の尊敬していた妻子持ちの先輩は、県南の遠い土地に単身赴任になったらしい。赴任先ではキャバクラによく行き、彼女が欲しいと云っているらしい。
いつも寡黙に物事をこなし、けれども周りへの気遣いを決して忘れないライブハウスでよく会う美人のあの子。彼女は早くに親を亡くし、何もしない兄弟の中、一人で家事や家族の世話をやってきたと聞いた。本来親がやってくれるであろう事をほぼ自分でやってきたという事は、自由になる時間も制限されるという事だ。
……みんな、もしかして私以上に大変な環境なのかな。いや多分、大変さっていうのはみんな同じ筈なんだ。個人の受け取り方での差なのだろうか。気持ちひとつ、なのかな。私バッカリ……っていうのは自分の思い込みなのだから。そう思い込んで、自分を保とうとしていた。
○
少し久しぶりに先生に会いに行った。メンタル室の方に。何て云うだろう、私を見て。
先日の菊池さん恋人発覚事件(別に事件でもないけど……)から何となく気持ちが重い日々が続いている。仕事でもプライベートでもない、もしくは両方に関わっている先生が最後の砦みたいな存在になっていた。
メンタル室の扉を開けると先生が居た。他の生徒も居て、補習授業の様な事をやっている様子だった。先生は私を見て云った。
「おまっ……メイク手抜きしてるだろ? 俺に会うんだからちゃんとしろよ」
ガビーンという漫画のような擬態語が頭に浮かんだ。けれどもこれって、私を認めているって事? 先生の中で私は【ちゃんとしてる】【おんな】の位置付けって事?
ちょっと嬉しくなった私も相当単純だなぁ。
先生から、香水のいいにおいがする。
やっぱり男は、キザな位が丁度いいのかも。
黒髪と香水 青山えむ @seenaemu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます