第2話
「おーい、黒戸。もう授業終わったぞ」
「んぁ?……あー、よく寝た」
「ったく、これから何するよ」
花山恭介は、机に突っ伏している浅木黒戸を起こす。浅木はあくびをしながら立ち上がり、鞄を手に持った。
「取り敢えずカラオケ行こうぜ。あれ、水帆はどこ行ったんだ」
「絢ちゃんとデパート行くってさ。野郎2人ってものなぁ……どうせ野郎ばっかりなら中村でも誘うか」
放課後の予定について話しながら教室のドアを開けた瞬間、浅木の目に入ってきたのは荒廃した校舎と、一ツ目の黒い化け物が闊歩する世界であった。
「何だよこれ……」
彼は後ろを振り向くが、先ほどまでいた友人の姿が無く、教室が虚空と化していた。
「恭介……?どこ行ったんだよ!」
少年は、気がつくと黒い化け物に囲まれていた。やがてその魔手が彼の喉元に伸びていく。
「やめろ、やめろォオオオ!!」
エルザ・ハルヴィオは、勢いよくベッドから飛び起きる。全身が汗で濡れており、気持ち悪さが徐々に感じられてきた。
「よう坊主。やっと起きたか」
「エル君、かなりうなされてたけど……大丈夫?」
「……エル君って何だよその呼び方」
「良いじゃん、こっちのが他人行儀っぽくないし!それより体調は?」
「……ああ、平気だ。着替えてくる」
彼はベッドから降り、衣類を替えに行く。エルザ、レイン、レビの3人は、化け物との戦闘の後、村から数分歩いたところにあるレヴィの小屋にて休んでいた。
「さてと、俺は寝かせてもらうわ。見張り交代な」
「……見張り?」
「ああ、あの後すぐぶっ倒れたから知らなくても仕方ねえか」
レビがシーツを換えつつ俺に説明をした。どうやら俺は、村で化け物連中を全員ぶっ倒した後にその場で意識を失ったらしい。その時の光景を思い出そうとすると、頭が飛んだり腕が飛んだ化け物の姿が浮かび、急に吐き気に襲われる。
「ぅぷ……」
「おいバカ、吐くなら外にしてくれ!俺ん家だぞ!」
◇
重厚な機械が蒸気を出し、軍服を着た兵が闊歩している。現代風に言えば『スチームパンク』、といった所だろうか。エルザ達がいる村の周辺より、遥かに高い文明を築いているこの土地の名は『ギルテリア』、そこを統治するは『ギルテリア帝国』という国だ。
「こちら、ガルダ5番隊隊長。陛下にご報告がございます」
「ガルダか。入ってこい」
帝国の中央に存在する巨大な要塞の1室に、城下町を歩く兵士のものと1回り豪華な軍服を着た男が入る。ガルダと呼ばれたその男は、"陛下"の下へ赴く。豪快な要塞の外見とは裏腹に質素なこの部屋こそ、ギルテリア帝国を収める王、『アルマ・ラエイド』の私室だ。アルマの容貌は、二十代ほどに見える青年であり、そこそこ高い身長である事が見受けられる。彼は仕事机から立ち上がらずそのまま尋ねる。
「お前がわざわざ俺のところまで来るなんて珍しいな。この調子だと明日は大雪だな」
「茶化すのは後にして頂けませんか?……ザルデから報告がありましたので、それを伝えに」
「ほう?」
「……黒き力が、確認されました」
"黒き力"という単語を聞いたアルマは、その表情を険しいものへと変える。
「どこでだ?」
「ディレー地方のフィンサ、との事です。黒き力のほかに、単眼の怪物も確認されたと」
そこまで聞いた彼は、机の上にある電話に似た機械に手を伸ばし、受話器のような物を耳に当てた。そして盤面を操作し、その状態で待機している。
「……アルマだ。喜べ、お仲間が見つかったみたいだ」
『……!…………!!』
その機械を通じて何者かの声が聞こえて来るが、アルマ以外の人間には詳細まで聞こえてこない。
「黒き力、こいつでお前の研究も捗るんじゃないか?……ハハッ、まあこちらの利益も考えてないと言えば嘘になるな」
その後いくらかして受話器を置き、彼は再びガルダの方を向く。
「悪いな、話の途中で。他に何かあるか?」
「いえ、報告は以上になります。黒き力、捕獲しますか?」
「……いいや、まだ良いだろう。今日確認されたばっかなら、もっと力を成長させるべきだ。それに、何も力づくで捉えなければならない理由も無いだろう。もしやるなら最終手段だ」
「では、失礼致します」
部下が退出し、彼は地図を確認する。彼は目を細め、ふと呟く。
「フィンサ、か。懐かしい響きだ」
◇
そして、現在__
「悪ィ、遅くなった」
「……エル君!」
1つ目の怪物を前に、エルザはその大剣を構え直す。そして、魔力を集中させ、その刃に纏わせる。
「ちっ、こんな時にレビのおっさんはどこほっつき歩いてんだよ!」
「レビさん、依頼人に会いに行くって朝早く出てったきり帰ってこなくて……」
はあ、と大きなため息をつきながらも、彼は敵から意識を逸らすことはない。両者とも、互いの僅かな隙を狙っている。静寂が続く中、先に動いたのは__どちらでもないレインであった。
「ガァッ!!」
それに反応した怪物が飛び出し、レインに襲い掛かろうとする。しかし、エルザは獲物が剣の間合いから大きく離れているにもかかわらず、その大剣を振るった。その瞬間、刃に纏っていた魔力が飛び出し、黒い斬撃が怪物に衝突する。
「サンキュー、レイン」
「礼は後にして。まだ来るよ」
通常の魔力とは違うプロセスで作られた斬撃は、この世界の理である怪物の守りを無視して強大なダメージを与える。が、怪物は怪我を物ともせず立ち上がる。
「随分とタフだな!レイン、やれるか?」
「嫌だって言ったってやらせるクセに!」
「分かってんじゃん」
「あーもう!無駄口叩いてるヒマあるならさっさと構えなさいよ!」
そう言い、彼女は袋から本を取り出し、チョークのようなものを手に持った。
「今回は森林だから、いつもみたいにはいかないわ。小技しか出来ないからあまり期待しないでよ!」
「わーってるよ!」
2人が言い合っている内に、怪物は僅か数メートルまで接近していた。それを確認すると、2人はそれぞれ別の方向に離散する。怪物は、現状最も高い脅威であるエルザを回避し、レインの方に駆けていく。
「こっちに来るのは予想済みよ!これでも喰らいなさい!!」
彼女は木陰に隠れ、近場の岩にチョークのような物で文字列を綴っていく。そして、詠唱を開始した。
「聖者よ、悪しきものから我を救いたまえ!簡易結界"ボルティア"!!」
すると。彼女の周囲に螺旋状の結界が張り巡らされ、それが電撃を放ち始める。突如現れた迅雷の牢獄を前に、怪物は咄嗟に身を引いた。彼女はその隙を逃さず、先ほどの文字列に記述を加えて行く。
「宣告者よ、悪しきものに聖なる御言葉を教えたまえ!射出魔法"ライデン"!!」
牢獄が形を変え、3本の雷槍が怪物を囲み、勢いよく貫く。電撃が怪物の俊敏さを奪い、その場に留まらせる。
「グォオオオオオオオオ!!!」
「今だよ!」
「おっしゃあああ!」
いつのまにか怪物の死角に潜んでいたエルザが、その剣で獲物を両断した。剣をしまい、レインの方へ歩き出す彼の背後で、怪物が最後の一撃を放とうとする。
「エル君!後ろ!!」
「!?」
その時、ズドン、と銃声が響き、怪物が前のめりに倒れた。その先にいたのは帰って来たレビであった。
「残心を忘れるなってあれほど言っただろうが、青二才」
「おっさん!来るのが遅えよ!オイシイとこだけ持って行きやがって!」
「ぁんだと!?」
ごちん、と鈍い音が2人の頭部を襲う。音の主は、レインのゲンコツであった。
「アンタたち事あるごとにケンカするの止めなさいよホントに!」
「いってえ……!何も本気で殴るこたぁねえだろ!」
「そうだぞ怪力女!歳上に敬意ってのをなぁ……」
「今、なんて言った?」
抗議する2人を前に、修羅のオーラを纏った笑顔を見せるレイン。彼らは、これ以上逆らってはならないと本能的に悟った。
「い、いえ、ナンデモアリマセン……」
「よろしい♪これから喧嘩したら、晩御飯抜きだからね?」
「お、おうよ!俺たち、仲良しだもんな!」
「ああ!男同士、友情パワーで乗り切ってやるぜ!」
彼女の気迫に負けた野郎2人組は、肩を組んで夕飯を死守したのであった。
◇
柱崎水帆は、3人の友人に関する聞き込みを行なっていた。それは、いつまでもウジウジしていても、合わせる顔がないという彼女なりのケジメであった。そして、1日の調査で分かった事がいくつかあった。
「絢に関する情報はまるで無し、浅木君と花山バカは絢が消えてから3日間ずっと彼女を探してた。そして、全員に共通しているのは、"気づいたらいなかった"……か」
どうもこれは偶然では済まない、彼女はなぜかそう確信できた。
「明日、もう少し深くまで調べてみる必要がありそうだ」
ノートに軽く纏め、すぐに就寝した。その顔には、以前の面影が多少戻っていた。
◇
「さてと、ここがディレーの果てだ。こっから先がシファ地方になる。シファの街はかなり発展しててな、見たら驚くぜ?」
3人は地方の境界にある大きな看板を通り過ぎ、レビがこれから行く地方の説明をしている。
「私は1回だけ行ったことあるけど凄かったなぁ。あのでっかい鉄の乗り物、移動する時すごく便利だったの覚えてるよ」
「あー、汽車な。ありゃ大発明だ。ギルテリア帝国が工業技術を発展させて、ここの人間は快適な生活を送れてるわけだ」
「へー。ディレーは結構自然がたくさんって印象だったんだけど、地方によってそんなに差があるのか?」
「地方ごとでだいぶ違って来るな。たとえば、宗教国家で有名なファルタズム共和国は司教がいる中央宮はえらい豪勢だが、街自体はレンガ造りでディレーとそこまで変わらねえな」
レビが歩きながら説明していると、街並みが徐々に機械的に変わっていくのが見える。
「すげえ、機械が沢山あるな!」
「見学するにしても、目的忘れんじゃねえぞ。シファはあくまでも通過点だ」
「分かってるって。この魔力の事を聴きに魔法協会のお偉いさんの所に行くんだろ?」
「そうだ。そのために魔法都市"クレス"へ向かうんだよ」
「魔法都市かぁ……私の魔導書グリモ、随分ボロボロだし、新しいの買えるといいけど」
一瞬、彼らの間に沈黙が流れる。そう、ここ数日の自給自足生活ですっかり彼らは忘れていたが、彼らは一文無しに近い状態なのだ。
「買うって……どうやって?」
「そりゃ、お金を渡して……あ!」
「金をどこで調達すっかなぁ」
と、悩む彼らの眼に掲示板が映る。そこには、"腕っ節のあるやつ求む!!"と書かれていた。どうやら闘技場の案内のようで、賞金が出るとの事だ。
「金出るってよ!やろうぜこれ!!」
「いいけど私巻き込まないでよ?」
「あー……俺も無理だ。ちっとばかし顔が割れてるんでな」
唯一乗り気であるエルザは、その掲示を隅々まで見る。そこには"無傷空間設置"と書いてあった。
「無傷空間って何だ?ダメージが行かないのか?」
「ま、興行で死人が出たらシャレにならねえからな。昔こそ血で血を洗うっていうのが売り文句だったんだが、時代の変化ってやつよ」
「なら尚更やらせてくれよ!怪我しねえんならやらない理由がねえだろ?それに、実戦経験を積めるいい機会だ」
「……そういう事ならまあ、いいだろ」
レビの承諾を得て、彼は意気揚々と会場に向かって行った。
「なんで男の子ってああなんだろう」
「そういうもんさ」
「ふーん」
◇
ギルテリアから数キロ離れた所に、周囲の風景と比べて浮いている"ビル群"がある。そこは科学研究都市、『アーキスト研究都市』である。その中でも一際高いビルの中にある研究室で1人ほくそ笑む痩せこけた男がいた。
「アルマ……よく見つけてくれた。黒き力を利用すれば、さらにこの世界を発展できる!」
バルゴ・フィリスト、ギルテリアの王であるアルマと会話していた男である。彼はこの都市をギルテリアの工業技術を駆使し、彼の持つ科学知識により現代の街と変わらぬレベルにまで発展させた。
「まさか、このタイミングで、この世界へ私以外に召喚された者が来るとはな……全く不思議なものだよ」
異世界剣戟譚-消えゆくヒトと黄泉の門- しぐ @xigxeata
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