赤い百合

その日、つまりはゆずちゃんが休んだ日の次の学校登校日。その日は朝から変な雰囲気だった。具体的には、私が避けられている?いや、注目されてもいるようにも思える。あくまで教室の中でのことだ、よく観察してみると、私を気にしている人はそんなに多くないのがわかる。

「あっ蓮花」

「うおっ」

考え事をしていたので、びっくりして声を上げてしまう。何のことはない、ただ友人に声をかけられただけだ。

「驚かせちゃったか、ごめんね」

「いやいや、こんなことで驚く私が悪い」

「実はね、今変な噂が流れてるんだよ」

希美香(友人の名である)は急に真剣な顔になって、声のトーンを下げて話し始めた。

「その、蓮花と例の学園なんとか相談室の先生が付き合ってるって」

あぁ、合点がいった。恐らくは誰かに見られていたのだろう、最近私は先生と放課後一緒にいることが多い。この休日は二人で買い物に行ったりもした、先生からの提案だ。私は事態の程度に安心しながら答える。

「あぁ、それなら問題ないよ。確かに最近一緒にいること多かったしさ、誰か勘違いしたんだね」

これで我が友人も一安心だろう。が、予想外にも希美香は顔をしかめた。

「いや、今のは噂をマイルドに言ったんだ…実際は、ほら、体の関係とか示唆されている」

「えっ」言葉を失う、絶句とは正にこの時の為にあるのだろう。私は何も言えず、希美香も押し黙ってしまって、沈黙が生まれる。

「あっそれじゃあ私はこれで」

しばらくして、沈黙に耐えられなくなった希美香が、すごすごと自身の机に向かっていった。対して私は、黙ったまま頭の中だけ騒がしく様々な予想を立てていた。誰かの悪意による噂の流布か、はたまた噂が独り歩きしてしまったのか…そして、数日前と同じく、授業なんて全く集中できないまま放課後を迎えた。


そして校舎を歩いていると、ゆずちゃんに会った。曲がり角でばったりと、出くわしたのだ。

「あっ蓮花…」

「ゆずちゃ…」

「あの時はごめんなさい!」

ゆずちゃんは出会うなり突然謝ってきた。やっぱり気にしてたんだね…

「あっいや」私は彼女の勢いに気おされながらも話そうとする。ちょうど探していたところなのだ。しかし、「でも、ゆずちゃんなんであの先生と」

「えっ」どういう意味だろう、今日は意味が分からないことが多すぎる。

「だから…キス、してたじゃないですか」はい?いよいよ意味が分からない。

「どっどういうこと」ゆずちゃんの雰囲気に押されながらも絞り出すように答える。


噂は上手く作用しているようだった。蓮花のクラスにのみ、それもごく少人数にだけ、予定通りになっている。これであの忌々しい教師と蓮花を引きはがせるはず。

噂の浸透具合を確かめる為に蓮花のクラスを訪れていた私は、それが機能してるのを確認したので、家に帰ろうと歩いている。角で蓮花と会ったのはその時だ。

「あっ蓮花…」

びっくりして声が出る。

「ゆずちゃ…」

「あの時はごめんなさい!」

あのキスは流石にやり過ぎた、蓮花に言われる前に謝っておきたかった。しかし、こちらも聞きたいことは山ほどある、あの教師とのキス、最近ずっと一緒にいること。ここで蓮花に会えたのも何かの巡り合わせかもしれない。なら、聞くしかない。

「でも、ゆずちゃんなんであの先生と」

蓮花の言葉を遮ってでも続ける。なんで蓮花があの教師とキスなんかしていたのか。今でも思い出しただけで腹の底が泡立つように熱を帯びる。

「だからキス、してたじゃないですか」

出来る限りキツイ言い方になるように意識する。

「どっどういうこと」ここで白を切るの?それとも忘れてる?まさか私の見間違い?

「いや、あの相談室であの教師と、あなたが先生と呼んで慕ってるあいつとキスしてたじゃない」

「えっ勘違いだよ、ゆずちゃん」蓮花が嘘をついているようには見えない。どういうこと?

「ねぇ、蓮花」次は優しく、怖がらせないように。

「ゆずちゃ、ごめん」

「ちょっ」蓮花は走り出していた。突然のことで理解が追いつかない、でも考えるより先に体が動いていた。私は走り出す、全力で蓮花を追いかける。途中階段を通る、その時に蓮花のパンツが見えるが、気にしている場合ではない。可愛いねとか考えてる場合ではない。走る、走る、ただ走る。


「はぁ、はぁ…」蓮花が向かっていたのは学園生活相談室だった。私は少し息を整えてから扉を開けようとする、開けようとしたが、結局出来なかった。開けようとしたタイミングであの教師が出てきたからだ。私はそいつを睨みつけたのだが、当の本人は動揺すら見せず、拳を握り、親指を天井に向けた。「頑張れよ」そんなことまで言ってくる。殴ってやりたいぐらいムカつくのだが、今はそれより蓮花だ。扉を勢いよく開ける。

「パンッ」爆発音のような、そんな音が鳴る。目の前には蓮花が立っていて、何かを構えていた。クラッカーだと遅れて気づく。

「あっ」

「誕生日おめでとう、ゆずちゃん」蓮花が息を弾ませて言う。さっきまで全力疾走してたわけだから仕方ないが、顔を赤くされて言われるとくるものがある。いや、というか誕生日知っていたのか。

「そして、さっきはごめんね。話すより見せる方が早いと思って」

「そう…」まだ状況が理解出来ない私は曖昧な返事をする。

「ちょっと前にね、先生がゆずちゃんの誕生日教えてくれたんだ。すぐで驚いたけど、先生が手伝ってくれて、パーティーをここですることにしたんだ」蓮花は私を真っ直ぐに見つめ、真剣に、本当に真剣に話している。その目を疑うなんて出来るわけがない。つまりは、全て私の勘違いだ。この部屋で蓮花とあの教師がキスしてたのも…てかあの教師私が見たの気づいてたんじゃ…で、今さっき「頑張れよ」と声をかけた…なんなんだあいつ、腹立つなぁ。じゃあ問題は無くなって…ない、蓮花は私がやったことを知ったら幻滅するのでは無いか?話すべきかだろうか、いや、嫌われたくない。でも、話さないと私自身が私を許せない。

「そっそうなんだ。でも、あなたは私を許してくれるの?あんな無理やりあなたの唇奪って、挙句最悪な噂まで流して…その上あなたに好かれる為に、ずっと仮面を被って偽物の私を演じてきた、そんな赤百合を」

「赤百合?どういうことか分からないけど、まぁ、いいよ」

「だって私、ゆずちゃんの外見に一目惚れしちゃったからねー、性格なんて二の次!」蓮花なりの強がりだろうか、それにしても、その言い方はどうかと思う。あれ?蓮花が近づいてきている、たぶん。なんか前が見えにくい。

「ゆっゆずちゃん、泣かないで」蓮花の手が私の頬にふれる。

「あっ」あぁ本当だ、私泣いてる。あんな軽口で泣いちゃったのか、ちょっと悔しいな。

「私、どんなゆずちゃんだって好きだからさ、もうゆずちゃんが遠慮する必要は無いよ。素のあなたを見せてよゆずちゃん、あと蓮ちゃんって呼んで欲しいな。最近そう呼んでくれてないでしょ」

「れ、蓮ちゃん、ありがとう…」

「はい、よく言えました。ご褒美にケーキを一緒に食べましょう」

「何その言い方…」

「いや、なんかずっとゆずちゃんにしてやられてたから。たまにはこっちから攻めたかったんだよ」

「そう…」蓮花は私を笑顔にしようと頑張っている、本当に嬉しいし、楽しいよ。でもね、今はまだ、泣き止めそうにないかな。


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赤百合 裕猫 @yuutome

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