閑話
花子の身体測定
官庁が休日である土曜日。その早朝、霞が関にある総務弐課の部屋には、人影があった。白衣姿の凛、白猫の祇園にラフな格好の直道、そして赤いジャンパースカートの花子である。
「はい、脱いで!」
にこやかな笑みを向けるのは凛。言葉を投げられた花子は怯える子羊のように部屋の奥にある狸の置物に縋っている。
「な、なんで脱ぐの?」
「なんでって、ちょっと心臓の音を聞くだけ」
にっこりとほほ笑む凛。だがその胸の内は、真っ黒だった。
白衣はでかすぎる胸に追いやられ、脇のあたりで垂れ下がり、なおさらナイズバディっぷりを強調していた。
白衣に合わせたのだろう白いミニタイトスカートからは網タイツが覗いている。頭にはナースキャップという残念さではあるが。
その医師のなりそこないの凛が、両手をワキワキさせ、花子ににじり寄っていた。
「凛姉、下心がもろバレだぞ」
自分のデスクで優雅にミルクたっぷり珈琲を啜る直道がぼやく。彼のひざには白猫姿の祇園が欠伸をしていた。
『凛は両刀使いだからねー。年齢も性別も関係なく、可愛いものには目がないんだわさ』
祇園の言葉に花子はヒッっと悲鳴を上げる。
「未成年者略取だな」
「あら、それは花子ちゃんが人間だった場合、でしょ?」
「見るからに人間だぞ?」
「ふふ、それをこれから調べるのよ!」
口の涎を白衣で拭き取った凛が、襲いかかった。
事の発端は、花子の身体測定である。都市伝説だった花子は黒い煙を取り込んでしまったせいで受肉した。受肉したことで、一応人間扱いとなったのだが、いくつか困ったことがある。花子の服装である。
白いシャツに赤いジャンパースカートという、トイレの花子さんの服しかないのだ。現在でその恰好は人混みでも浮き、目立つ。
よって服を買うのだが直道にはサイズがわからない。また、女の子としての必需品がわからないのだ。直道が凛に相談したことろ、それなら測定だ、となったわけだが幼女とはいえ花子は女の子。直道が身体に触れるのはまずかろうと凛に白羽の矢が突き刺さったのだ。
「身長は135cmってとこね。10歳児としては平均的」
観念した花子を真っ直ぐ立たせ、メジャーで測定中の凛がメモをしていく。
「体重は――」
「それは内緒ッ!」
叫びつつ体重計のメーター部を踏みつける花子。どうやら心は乙女のようだ。
「ふふふ、胸囲も計測ね。じゃ直道は出ていって!」
「いや、凛姉に任せると花子ちゃんの貞操がやばそうだし、バスト測ってもしかたねーじゃん」
びしっと指をさし向ける凛に、直道は冷静に答えた。融合していない状態では、直道も官僚っぽく冷静だった。
「分かってないわね。第二次性徴期は女の子にとって重要な時期なのよ! 膨らみかけの蕾をしっかりガードするためにスポブラは必須よ! だからサイズをしっかり図ってジャストフィットするものを選ぶ必要があるのよ!」
『そんなこと言って凛が触りたいだけさー』
「こんな機会滅多にないんだから祇園ちゃんは黙ってて」
「凛姉、本音が駄々漏れだぞ」
さりとて凛の言うことも尤もだと納得したのか、祇園をデスクの上に置き、直道は部屋を出て行った。残された花子は今にも泣きそうではあったがその身体は既に凛に捕獲されており、もはや逃げることすら叶わないのであった。
「ふふふ、さぁ測りましょうねぇ~、痛いのは最初だけだから、安心して~」
『なにも痛くはないわさ』
「あらあら、ちょっと膨らみかけてるわねぇ。ついでに心音も確認しちゃおう」
「ふぇぇぇぇぇぇ」
「あら、敏感なところに触っちゃった、ゴメンね~」
『……絶対わざとさね』
「じゃあパンツも脱いじゃおっか」
「そそそれはダメ―」
廊下で待機中の直道の耳には、不穏な会話が入り込んでいた。嫌でも聞こえる会話に、直道の不安は増すばかりである。
「ぐっ、凛姉を止めないとダメな気がするけど、今は入れないしな」
直道は腕を組み、ドアの前でうろうろするばかり。だがそれも5分と立たずに解除された。
「終わったから入ってきていいわよ」
凛に呼ばれた直道が勢いよくドアを開けば、すっかり借りてきた猫状態の花子がもうダッシュで抱きついてきた。
「お姉さん、お姉さんが!」
怯える花子の頭を直道はゆっくり撫で、そして軽蔑の視線を凛に投げかけた。
「凛姉……」
「やさーしく、したんだけど?」
『行為自体を正当化するんじゃないわさ』
直道と祇園に白い目を向けられても、凛にはどこ吹く風である。
「わかったこともあるから、ちょっと座って」
凛は白衣を翻し、部屋にあるホワイトボードの前に立った。直道は花子を椅子に座らせ、その傍らに控える。祇園はデスクの上で大欠伸だ。
「で凛姉。何がわかったの?」
直道が水を向けると、凛はにっこりと笑い、口を開いた。
「スリーサイズはわかった――」
「そこから離れて」
直道はすかさず突っ込みを入れ、脱線を防いだ。凛はつまらなさそうに口を尖らせているが、直道とて譲れない。先を急がせた。
「問題はね」
凛が口を曲げ、言い難そうにした。その様子に直道の眉もよる。言いよどむほどの問題なのだ。
「花子ちゃんには心音がないの。つまり心臓がない。生きていないと判断されるのよ」
「……もとは都市伝説のトイレの花子だし」
「生まれたままの花子ちゃんの控えめな胸に顔をつけて心臓トクントクンができないじゃない!」
「しなくていい!」
さすがに直道も叫んだ。花子も頬をひきつらせてドン引きである。祇園は頭を左右に振り、でかいため息をついた。
「だって、体の隅々までチェックして、身体は完璧な女の子なのよ? 体温もあって抱きしめたら暖かくって一緒のベッドで寝たら素敵なのに!」
泣きそうになりながらホワイトボードをバシバシと叩き訴える凛。
我が道を突き進む凛に、直道も花子も言葉が出ない。
『どうしてこう、あたしたちと相性がいいのは、変態しかいないんだわさ……』
祇園が項垂れてボソリと呟く。
凛は性的に度し難い変態であるが、直道もまたトリガーハッピーという変態でもあった。
「花子ちゃんは凛姉には預けれらないな……」
『花子は直道ぼっちゃんが保護するのが一番だわさ』
「だよなぁ……」
大げさに嘆く凛を見た直道と祇園が導だした回答である。直道も凛も独身で独り暮らしだが、この状況では花子を猛獣の檻に放り込むわけにはいかないのである。
『でも、気になるだわさ』
「何が?」
『花子が黒い煙から逃げだせてなかったら、どうなっていたのか』
やおら祇園が起き上がった。
『逃げられず、要石から出た黒い煙が、全て花子の中に入っていたら、もしかしたら完全に人間になっていたかも、しれないだわさ』
退魔師は公務員 凍った鍋敷き @Dead_cat_bounce
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