第13話 ダメな大人と国家権力

「は? ちょっと課長?」

「直道君。霊力ゼロの君が花子君に触れることができたということは、普通の人間も触れることができるということだ。この状態で花子君を放置はできない」

「いやまそれはわかりますが」

「手をこまいていると、宮内庁から横槍が入るだろう。今ここで決めねば力関係で負ける」


 直道は、想像以上に厳しい顔つきの安心院に言い切られ言葉をなくした。花子は自分のことでありながらも、どこか上の空になっている。理解が追い付かないのかもしれない。


『宮内庁に引き渡したら花子を解剖しかねません』


 韮崎の言葉に直道は色めきだった。


「ふざけんな! なんで花子ちゃんを解剖するんだよ!」


 韮崎に怒りをぶつけた直道は、その腕で花子をお腹に抱き寄せた。


『直道、落ち着きなさい。貴方は花子を見ることができませんでしたね。いまはそうやって触れることもできています。即ち、存在が不確かなものが、確固たる質量、つまり肉体を持ったのです。これは、無から有を創り出したに等しい。わかりましたか?』


 耳に入りやすいように、ゆっくり噛み砕いて説明する韮崎。理解が深まるにつれ、直道の目が開かれていく。


「ということだ。花子君を宮内庁に渡すわけにはいかないんだよね。だからうちで保護する。その後の方針についてはまだ白紙」


 引き継いだ安心院が肩を落とした。


「それに、直道君が融合できたってことは凛君もできる可能性もある」

『……安心院。それは嫌な予感しかしませんが?』

「まー、花子ちゃんの体で際どいコスプレしたら逮捕案件だよ? それはないでしょー」

「凛姉ならやりかねないな……」


 直道、韮崎、安心院は、背筋に冷や汗を感じた。そして、これは絶対に阻止しないと第弐課の存続が危うくなると、お互いを見て確認した。


「ま、それはないと信じよう。うん。あ、花子君は、とりあえず直道君のアパートにいてくれるかな? 住民票とかはこっちで用意しておくからさ」


 気を取り直した安心院が、にっこり笑顔を花子に向ける。花子は目をパチクリしてから直道を見上げた。探るような視線を受けた直道は花子の頭にポンと手を乗せ「大丈夫」と頷いた。


「まぁ花子ちゃんを預かるのは何とかなるとしても、課長、それ〝偽造〟ですよね?」

「いやー、国が発行したものは全て公的なもので表に出しても何の問題もない代物だよ? 総務省に手をまわしておくから、まったくもって問題ないよ?」

「めっちゃ良い笑顔でイリーガルをリーガルにしやがりましたね?」

「国家権力って、いいよね!」

「その国家権力で始末書を減らしてください」

「あ、それはできない」

「ナンデェェェ!」


 直道の絶叫が第弐課に響きわたった。





 直道と花子が服やら何やらの必需品を購入しに退室したあと、残った安心院と韮崎は机を挟み、難しい顔を突き合わせていた。


「直道君は良くわかっていないからのほほんとした顔してるけどさ」


 安心院が湯呑を啜りながらごちた。


「その魂寄の石を置いていった人物。かなりやばいね」


 安心院は眉を寄せた。その人物は、まるで実験のように、簡単に行ったのだ。それも魂寄せの石を用いたということは、それに霊を封ずるほどの技量を持っていることも示している。

 人気のない、霊が出ると噂された廃校での行為は、明らかに狙ったものだ。おそらく直道らの戦いも見ていただろうことは予想できた。

 それだけに、安心院の心には暗雲が立ち込めているのだ。


『それについては調べるしかないですが、一応宮内庁の〝魂鎮〟にも情報提供を呼びかけたほうがいいですね』

「魂鎮か……気が進まないんだけど?」

『安心院がそれを言いますか? 貴方の古巣でしょうが』


 韮崎の進言に、安心院はあからさまに嫌な顔をする。

 魂鎮。正式名称を〟内閣府宮内庁施設等機関魂鎮〟という組織で、今上天皇陛下をトップとする正当な退魔師の集団だ。

 皇居の一角に事務所を置き、正倉院事務所、御料牧場をもつ全国組織だ。

 政府機関であるがアンタッチャブルな組織となっている為、謎も多い。

 総務弐課以上に知られていない組織だ。


「僕がいくと皆が嫌な顔するんだよね」

『この第弐課の致し方ないでしょう』

「そーなんだけどさー」


 安心院は背もたれに寄りかかって天井を見た。何かに想いを馳せるかのように深く息を吐く。韮崎はそんな安心院をじっと見つめている。


「彼が絡んでると思うかい?」


 視線を上に向けたまま、安心院が呟いた。


『十中八九そうでしょうね』

「はー、気が重いねぇ」

『遺恨を絶つためには避けて通れませんね』


 韮崎も湯呑に口をつけ、ズズっすすった。沈黙が部屋を支配しつつあり、空気も重たくなった。

 その空気を嫌がるように安心院は立ち上がる。


「はー、すっごい気が進まないけど、アソコにいくかなー」

『頑張ってください。私はこれから正直屋に行って油揚げを買うという、何人にも邪魔はさせない最重要な用事が待っていますのでこれにて失礼』


 韮崎は軽やかに立ち上がり、嬉しさを隠せない顔でドアに向かって歩き出した。肩が小さく揺れているのは、歓喜に震えているからだろうか。


「まったく、韮崎は気楽だねぇ」

『おかげさまで祇園ともども楽させてもらってますよ』


 では、と言い残し、三つ揃えの紳士はドアの向こうへ消えていった。安心院はむーと口を曲げ、腕を組んだ。


「みんなが楽しんでるのに僕だけ嫌な思いをするのは癪だね。魂鎮に行くのはまたの機会にしよう!」


 ダメ人間の権現ともいえる発言をした安心院は、背後にひっそりとたたずむ相棒の狸の置物を磨き始めたのだった。

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