第12話 青天の霹靂とはこのことか
『直道! 直道!』
二日酔いの頭に不快に響くような韮崎の声で、直道は意識を取り戻した。目を開ければ、そこには3本の尻尾を風に揺らしている狐と、心配そうな表情で覗き込む幼女の顔があった。
「ん、気を失ってたのか」
「よかった、お兄ちゃん生きてた!」
「……花子ちゃん、俺を殺さないでくれる?」
「だって、息してなかったんだよ! 死んじゃったと思うじゃん!」
「マジ?」
直道は起き上がりながら韮崎の顔を見た。狐は小さく頷く。
「……マジなのかよ。俺、よく生きてるな」
『花子が必死に心臓マッサージをしたからです。彼女には一生感謝しなさい』
「そうだよ、頑張ったんだよ!」
涙ぐむ花子の頭を、直道はそっと撫でた。
「で、落ち着いてるとこみると、あの黒いのはどうにかできたってことか」
『祝詞製炸裂弾が効いたようです。妖怪にまであがってしまた霊障に対しても有効だったというデータは、新たな発見です』
「まー、アレが効いちゃうと、俺らが駆り出されやすくなっちまうってことなんだけどさ」
直道は立ち上がり、ボロボロになってしまったズボンの尻を叩いた。
「さて、これで一件落着ってわけじゃ……ねえよなぁ……」
直道の眼前には、完全に崩壊して炎に包まれる廃校舎があった。陽も沈み、静粛に包まれるはずの森は、炎によって赤々と照らされていた。
見たくない現実に、直道も頭を抱える他なかった。
「これ、始末書で済むかなぁ……」
直道の独り言は爆ぜる木の音にかき消されたのだった。
翌日午後。直道と韮崎は霞が関の総務弐課の部屋にいた。
そして、そのふたりの間には、赤いジャンパースカートの花子。3人は緊張した面持ちで安心院の言葉を待っていた。
「なるほど。消防庁からのクレームが来たのは派手に燃やしたからかー」
安心院は親指で額の皺を伸ばしている。直道はばつが悪そうにそっぽを向いた。
花子がここにいることで、安心院の机には数本の髪が落ちており、さらなる報告でまた数本。儚げに舞い散る落ち葉のように、ハラリと抜け落ちていった。
『ですが安心院。成果がなかったわけではありません』
「そこの可愛い女の子をゲットしたこと?」
『花子のこともありますが、黒坊の発生についてです。詳細は彼女の口から聞いてください』
韮崎は花子の肩に手を置き、促す。緊張しているのか花子は胸の前で拳を握った。
「うん、怒っているわけじゃないからね。ゆっくりでいいからおじさんに話してくれないかな?」
安心院の優しげな声に緊張もほぐれたのか、花子はポツポツと話し始めた。
「あのね、お兄ちゃんたちが来る前の日にね、おじさんが来たの」
「おじさん?」
直道が声を出したからか、花子は彼を見上げ「えっとね、眼鏡をかけた目つきの悪いおじさん」と続けた。
「そのおじさんが何かしたのかな?」
安心院が水を向けると、花子は「うん」と答えた。
「すっごい静かで、足音もしないで廊下を歩いて二階のトイレまで来たの。あたしは怖くって閉じこもってたんだけど、いつの間にかおじさんの気配が消えたから、そっとドアから除いてみたんだ。そしたらおじさんはいなかったけど、綺麗な赤い石が、洗面台に置いてあったの。透明で、宝石みたいにキラキラしてたんだ」
花子がその石を思い出しうっとりしている横で、安心院と韮崎は苦虫を潰した顔をしている。直道は訳が分からず、花子の言葉に耳を傾けていた。
「で、お兄ちゃんたちが来たときに、その石が急に輝きだしたの。あたしびっくりしちゃった!」
子供らしい大げさな表情で、花子は語る。だがすぐにその表情は曇ってしまった。
「でもね、綺麗だった石から真っ黒な煙がモクモク出てきて、あたしを襲ってきたの。ムギュムギュってあたしの中に入ってきたの」
「それが、トイレでのあの叫びか」
「うん、怖かった。良くわからない物が、あたしの中に無理やり入ってくる感じだったの。怖かった……」
涙目で語る花子の背を、直道がゆっくりさすった。少し興奮してしまったのか、花子の言葉が途切れてしまったが、落ち着くようにと直道は彼女の背を撫で続けた。
「で、黒い煙が黒坊とかいう妖怪になったってわけか。何が何だか俺にはさっぱりだ」
「
おどけた直道に続き、安心院が唸るように低い声で呟いた。
「たまよせ?」
『古来から呪術で使用する特殊な石のことです。魂を寄せる石と書きますが、その言葉通り、霊を、魂を封ずることができる要石のことです。普通は見ることも聞くこともないものだから、知らないのも無理はですが』
直道の疑問には韮崎が答えた。安心院も頷く。
「つーことは、怪しげなおっさんが持ち込んだその、魂寄せの石ってのに、何かが入ってたってことか?」
『現象としてはそれが正解でしょうが、何故花子に入り込もうとしていたのか。その意図が不明です』
「それに、花子君と融合したっていうじゃない。彼女は都市伝説であって妖怪じゃあない。本来であれば融合などできないはずなんだけど」
『それも含めてなのですが』
韮崎が花子を見て、そして安心院に向き直った。
「わかってる。花子君を
突然の展開に、花子と直道はぽかーんと口を開けた。
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