第11話 なせばなる、なさねばならぬ、何事も
物理法則に従ってRPG-7は放物線を描き、黒坊のはだけた胸に突き刺さった。突き刺さったが何も起こらない。
フヴォォォ!
黒坊が唸る。弾頭は祝詞で祝福されているので苦しんでいるのだ。
「くそっ、雷管も腐ってやがったか!」
『今度からは新品を買いなさいッ!』
「予算がねーんだよ、予算が! 官房長官に直訴してくれよ!」
『安心院に言いなさい!』
ふたりが言い争っている隙に、廃校舎が崩れ、黒坊が地面に放り出された。黒坊が落下した衝撃で地面が揺れる。
彼我の距離20メートル。黒坊の巨体はその距離に匹敵するほどになっていた。
フヴォォォ!
吠える黒坊の垂れ下がった目が、ぎょろりと直道を見た。餌を見つけた亡者のように、ニタリと口を歪める。
『ビッグママで削りとれないのですかッ?』
「花子ちゃんの体にビッグママはでかすぎる。支えながらじゃトリガーは引けねえ」
『直道、何かないのですか?』
「いっそアイツをぶん殴りに行くかッ!」
『誰か馬鹿につける薬をコイツに!』
騒ぐ韮崎をしり目に、直道はスカートのポケットから手帳を取り出した。ぱらぱらとめくり、その手を止めた。
「出て来い
翳した手帳が輝くと、その上には1丁の
コルトロイヤルブルーフィニッシュの、深みのある青を帯びた黒色のボディに使い込まれた木製グリップ。弾薬はもちろん357マグナム。44マグナムには劣るが、それでも威力はお墨付きだ。
熟練工が調整をした、と言いたいがいかんせん中古である。だが骨董品というなかれ。現役で活躍できるベストセラーのリボルバーだ。リボルバーは簡便かつ頑丈な構造が耐久性を確約し、今なお支持されているのだ。
装填された6発のマグナムは祝詞で祝福済みだ。片手で撃てる手軽さが、直道は気に入っている。不満は弾数が少ないことだけだ。
「ハッ! この無機質で硬質な感触がたまらねえ、ゾクゾクくるぜ!」
幼女が銃を片手に口を歪めて悦に浸っていという、退廃過ぎて倫理が裸足で逃げそうな光景だ。花子が気絶しているのがせめてもの救いだろう。
『そんなちんけな銃で何をするつもりですか!』
「あ? ぶっ刺さったRPG-7の雷管に357マグナムをブチこみゃ炸裂するかと思ってな。狙いが小さ過ぎて俺の腕じゃ当たらないから接近して確実にしとめる。そのためにも動きやすい小型のコイツが最適なんだよ」
退役軍人並みに口もとを歪めた幼女が嬉しそうに語る。直道は
フヴォォォ!
黒坊が悍ましい顔を直道に向け、咆哮をした。それを合図に、直道は左掌で撃鉄を起こす。
「いくぞコラァ!」
赤いスカートの幼女は地面を蹴った。黒坊との距離は20メートル。幼女の体でも5秒あればたどり着く距離だ。
直道は躊躇せず、まっすぐ黒坊へ駆けた。小さな標的を狙うのに物陰に隠れる必要性はない。おまけに直道の射撃の腕は悪い。ビッグママのような機関銃で〝ヘタな鉄砲数撃ちゃ当たる〟を実践しているだけである。
ライフル銃を構えてスナイプするような芸当は、そもそも一般人の直道には無理だ。だからこそ、接近戦で確実にしとめにかかったのである。
格闘技の経験などない直道が恐れを持たずに突入できるのは、ひとえにトリガーハッピーの性格がなせる技なのだ。
小さな歩幅で距離を詰める直道に対し、黒坊はその右腕を振り上げた。
フヴォォォ!
唸りをあげて迫る漆黒の腕を、直道は軽やかなサイドステップで躱す。頬のすぐそばを烈風が通過し、直道は冷や汗をかいた。
『無茶を!』
「いやー、危なかっうぉぉ!」
ドドンッ!
地面にめりこむ黒坊の拳。飛び散る土くれを腕で防御し、幼女となって体積が激減した身体を隠すように黒坊の腕の直下に入り込む。腕の影に隠れながら直道はパイソンを強く握った。
「デケエ体が仇になったなぁ!」
直道の視界には、黒坊に刺さったままのRPG-7が映っている。刺さり具合から内部の弾頭の位置を予想する。幼女の手には大きすぎるパイソンを両手で構え、黒坊の胸元に躍り出た。
「当たってくれよォォォ!!」
絶叫と共に一発。357マグナム弾が胸に吸い込まれる。直道は即座に地を蹴り背後へ飛び退る。直後に左腕が落ちてきた。
「まだまだぁぁ!」
撃鉄を起こし、そのまま射撃。刺さったRPG-7の持ち手に当たり派手に跳弾。黒坊の頭に命中する。
フヴォォォ!
両手を顔にあて、仰け反る黒坊。祝詞のダメージは通るようだ。
「おお、なんか怪我の功名!?」
『あと4発しかありません!』
「そんだけありゃ楽勝ゥゥ!」
直道はすぐさま撃鉄を起こす。がら空きの胸元へ照準を合わせ、ペロッと唇をなめた。幼女が妖艶に嗤う。
「あたれぇぇぇ!」
慎みのないフラッシュが銃口を染める。357マグナム弾は、無慈悲に黒坊の胸へ消えた。
撃鉄を起こし次弾装填、即射撃。
射撃、射撃。
カンという軽い音。膨張し破裂する黒坊の胸部。至近距離での爆発と爆風が直道を襲う。
「やったぜぇえええおぃわぅぉぉぉ!!」
花子の小さい体は爆風で飛ばされ、地面を転がる。腕を頭にまわし、必死にガードするが、木の根がジャンプ台の代わりになり直道は跳ねては墜落、飛んでは落下を繰り返した。
「いででででで!」
『目、目がぁぁぁ!』
数メートル転がって木の根元に頭をぶつけた直道はようやく停止した。
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