第10話 戦う幼女「花子ちゃん」

 〝87式グレネードランチャー〟


 中国人民解放軍の歩兵部隊が使用する直接火力支援用火器だ。

 機関銃のような形状をしているが35mmグレネード弾を専用のドラムマガジンに装填して使用する。

 グレネード弾とは擲弾のことで、87式グレネードランチャーとは、早い話が手榴弾をぶっぱなす銃だ。

 男の子なら一度はぶちかましてみたい火器の上位に入るであろう。

 トリガーハッピな直道が好きそうな銃火器である。

 

 自身の身長ほどもあるRPG-7と87式グレネードランチャーを構えた花子こと直道は、天井ではなく廊下の先に標準を合わせた。


『直道、黒坊は上です』

「んなとこでぶっぱなしたら下敷きになるだろが!」

『壊すイコール火災だと、分かっての上でしょうねぇ』

「大丈夫だ、消防庁には知り合いがいる」


 それは関係ないでしょうが!と怒鳴る韮崎を無視して、直道はグレネード弾を連射した。

 ポヒューンと気の抜ける音で撃ち出されたグレネード弾は一階の廊下の突き当たりで爆発。連続した爆風で壁を破壊、黒坊以上に建物を揺らした。

 ぽっかりと空いた壁の穴からはのどかな木漏れ日が差し込むのが見える。 


「よっしゃ計算通り!」

『どこがですか!』

「とりあえず外に行かねえと!」

「お兄ちゃんそれじゃあトイレが壊れちゃう!」

『それを気にしている場合ではありません!』


 直道はダッシュした。花子の体になって軽くなったおかげで床を踏み抜かない。

 軽やかなステップで赤いスカートを翻し、87式グレネードランチャーを肩にあて銃口を後方の天井へ向ける。


 ドゴン


 階上から直道の通った場所に拳が落ちる。


「喰らえ!」


 照準は適当だが引き金を引く。目標がでかいから巻き添えを食らわせることも可能だとの判断だ。グレネード弾はポヒューンと飛行して黒い腕に命中、爆発した。


「よっしゃ命中!」

『まだ脱出できていないのに、なんで撃つんですか!』

「いやーースカートがめくれちゃうーー!」

 

 あと数歩で壁にあけた穴に飛び込める距離で爆風に襲われた。つんのめる体勢で煽られた直道は、床に着地した瞬間にぐっと力をこめ前方へ跳躍する。

 爆風を背中で受け、小さな体を加速させた。


「うっひょー映画みたいだぜ!」

「ふわわわわわ」


 外に吹き飛ばされた直道は、縞々パンツを覗かせつつ、シュタっと着地した。その勢いのまま右足踵を起点にぐるりと体を回転させ、廃校舎を正面に据える。頭の中の花子はすでにグロッキーなのか反応がない。


『直道、校舎から離れましょう』

「分かってる!」


 黒坊が出てきた時に至近距離では分が悪い。無遠慮に生えている木々をバックステップで避けつつ校舎との距離を取っていく。


『しかし、相手が妖怪では……』

「んなものコイツでぶっ飛ばしてやりゃいいんだよ!」


 これ幸いと直道は、黒坊が暴れたことで今にも崩れそうな廃校舎に、右腕に持ったRPG-7を向けた。


「吹き飛べェ!」

『待ちなさい直道!』

「待たねえ!」


 一度導火線に火がついた直道は止まれない。トリガーハッピの真骨頂である。

 だが、直道がぐっと引き金を引くが、RPG-7はウンとも言わない。もう一度引き金を引くも無反応。

 残念ながらジャンクだったようだ。


「ダメかッ!」

『安物買いの銭失いとはこのことです!』


 その時、校舎の二階部分の壁が吹き飛んだ。


 フヴォォォ!


 姿を現したのは、不快な叫びをあげる、漆黒の巨体。壁を殴ったのだろう、腕を差し出した状態だ。

 はだけた袈裟に垂れ下がった目玉はそのままだが、体躯はトイレで見た時の数倍に膨れ上がっている。


『霊障レベルⅣ! Ⅴに近づいています!』


 韮崎の悲痛な叫びが直道の頭に刺さる。霊力ゼロのポンコツ退魔師としては荷が重いレベルなのだ。

 黒坊はおぞましい顔を直道に向けてきた。


「ニラァ! アイツはなんだ!」

『黒坊。通常は塗仏と呼ばれます!』

「知らねえ!」

『百鬼夜行の先頭に立つ、人を襲い喰らう妖怪です!』

「人間を食うなんて悪食だな!」


 塗仏とは〝百鬼夜行絵巻〟で体の黒い坊主の、両目玉が飛び出して垂れ下がった姿で描かれている妖怪だ。魚の尻尾のようなものが背面に描かれているモノもあるが、直道の視界にある黒坊には、そのようなものはなかった。


「でも、やんなきゃなんねえんだろ!」


 直美とは叫んだ。

 花子の小さな体のまま、直道はRPG-7を右腕に乗せ、器用に回転させた。バックブラスト用のラッパ部を掴み、やり投げのように掲げる。

 左手の87式グレネードランチャーを地面に投げ、直道はニヤリと嗤った。赤いスカートの幼女がしてはいけない笑みである。


「コレを棄てるなんてもったいない!」


 叫んだ直道は、左手を高く掲げ、やり投げの姿勢を取った。


「雷管に当たりゃ炸裂するんだよ、多分!」

『馬鹿ですかッ!』

「ニラも共犯だぜ!」

『……正直屋の油揚げ10枚で手を打ちましょう!』

「よっしゃ、きまりだな!」


 体重を乗せていた右足を軽く曲げ、そして伸ばす。左足右足とステップを踏み、RPG-7を持った右腕を背後に深く沈めた。

 足の踏ん張りを腰の回転に乗せ、上半身に捩じりのエネルギーを蓄積する。

 右肩を先に押し出すようにして腕を振り切った。


「どっせーーーぃ!」


 普通の幼女では持ち得ない重さのRPG-7を、ありえない速度で投擲する花子の体。バサバサとスカートをはためかせ、右足を地面に押し当て急制動をする。

 投げられたRPG-7は鋭い放物線を描きながら廃校舎へと突進していった。

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