第9話 思ってたんと違う
すえた空気に包まれた階下に来れたが、階段上から破壊音が轟くと同時に廃校が悲鳴を上げる。
床が、壁が軋み、天井からは木の破片が落ちてきた。バキンと音を立てて大きめの木片が床に突き刺さる。
咽かえる埃の中、直道はカタカタ震える花子をぎゅっと抱きしめた。
「くそ、なんだってんだよ」
『霊障レベルの上昇に伴って妖怪化しました』
「妖怪って、俺たちの手に負えるもんじゃねえぞ!」
『何もしなければ死ぬだけです。迎え撃ちましょう』
「死ぬ……」
自らの呟きに、直道は抜け殻の顔をした。
『もっとも死ぬのは直道、貴方だけですが』
直道に注がれる韮崎の視線は冷たい。妖怪である自分は死なないのだと、無言で語る。真偽などわかるはずもない直道は唇をかむ。
今までは危険な場面というのはなかった。それは霊障レベルが低い段階での出動しかなかったからだ。
だが今は違う。ビッグピンチで生命の危機である。黒髭危機一髪どころではない。
『
韮崎の視線の先には、震えて直道に縋りつく花子がいた。
どうして見えるのか。
どうして触れるのか。
確固たる感触と熱を持って、花子は存在した。その証拠に直道が抱えているのだ。
ドシン
廃校が揺れた。猶予はない。直道は花子の背を撫でた。
死線を潜る経験など、一般人だった直道にあるはずもない。我が身に降りかかった危険を実感できないでいるのだ。
直道は官僚の頭脳をフル回転させる。現状を把握するために。
自分が死んだ場合、韮崎は花子を見捨てるだろう。今回は調査であり彼女を助ける任務ではないのだ。
霊力がない故に見えていなかったもの。人間の傍に住まう、古からの〝隣人〟。
都市伝説が生命体とは思えないが、ここに感じる実体が、直道の何かに火をつける。
何かが〝ヤレ〟と囁く。
直道の心臓が重く鼓動し始めた。
ヴアアアアアアア
階上から雄叫びが轟く。咆哮で建物が揺れる。
ドガン
天井を突き破ってきた巨大な黒い拳が韮崎を押しつぶした。衝撃で破壊された床が爆散し、廊下が煙に包まれる。
「ニラァァッ!」
直道の叫びを無視して黒い拳がは井へ消えた。直後、背筋に走る悪寒。
「チッ!」
直道は花子を抱えたまま、韮崎が潰された場所へ飛び込んだ。
足先をかすめるように拳が降る。爆風に飛ばされ、直道と花子は床を転がった。
「イテェェ!」
「キャァァ!」
直道と花子の悲鳴がユニゾンする。転がりつつも直道は花子を抱く力を緩めない。数回転がされ、仰向けに止まった。
「くそ、ニラが!」
『ここにいますよ』
「は?」
花子を抱いたまま仰向けに転がる直道の頭の脇に、小さな三本尻尾の狐がちんまりと座っていた。
直道の目が驚愕とともに開いていく。
「生きてんじゃん!」
『丈夫さと馬鹿力が取り柄ですから。さすがに
狐は口の周りを赤く染め、そう自嘲した。
韮崎の能力は頑丈さとその筋力だ。巨大な拳の一撃には耐えたがそもそもの狐の姿に戻ってしまったのだ。
「あの化け物に風穴開けてやんぞ!」
『逆にならないことを願いますよ』
滾り始めた直道に対し、あくまでクールな韮崎ではあるが、その瞳にはやる気の焔が垣間見える。潰されたお礼は熨斗をつけて返さねばならないのだ。
「レッツ融合! 神威如嶽 神恩如海!」
『ちょ、待ちなさい、花子が!』
焦った韮崎の声をかき消すように直道の体が光る。「ふぇぇぇ」と珍妙な花子の悲鳴をも呑みこんで肥大した光彩は一気に収束した。
「しゃぁぁぁ……ぁ?」
腕を組み、仁王立ちでドヤる直道の体は、頭に狐の耳をつけ、赤いジャンパースカートからは黄金色の尻尾を覗かせた、花子のモノになっていた。
狐幼女がそこにいたのだ。
「ナ、ナンデ。ナンデ花子ちゃん?」
『ま、まさか……』
「お兄ちゃん、体が、体がぁ!」
狼狽える花子の体からは直道の声しか発せられていない。韮崎の声も、花子の声も、直道の頭の中で響いているのだ。
しかし、現実が三人を冷静にした。目の前に巨大な拳が落ちてきたのだ。
『直道!』
「チッ!」
赤いスカートを翻し、直道は飛び退った。黒坊の拳から距離を取り、尻ポケットをまさぐる。
だがそこにあるのは、発育の足りない花子のお尻の感触だけだった。
「お、お兄ちゃんの変態ィィィ!」
「ふ、不可抗力だァァァ!」
「お巡りさんコイツです! 変態ロリコン逮捕だぁぁ!」
「逮捕されたら首だぞ、俺ェェ!」
『うるさいから黙っていただけますかね』
三人の喧騒を余所に、ズボッと黒い拳が引き抜かれ、天井に消えた。
『直道、次が来ます。一旦外に出たほうが良さそうです』
右フック並みの韮崎の叫びが直道の頭に木霊する。
階上が揺れる度に壁がたわみ、天井からは木片が降り続いている。ミシリと奏でられる不気味な連弾。廃校舎は荷重に耐えかねて今にも崩れそうであった。
「お兄ちゃん、脇のポケットに何が入ってる!」
花子の声に、直道は左右のポケットを探す。そして平たい感触にニヤッと口もとを緩めた。
「よっしゃあったぜ! 出て来いRGP-7、アーンド87式グレネードランチャー!」
いまだポケットの中にありながらも手帳は眩く輝く。光の塊がふたつ飛び出し、直道の前方に漂った。
両手を差出し、ガシとその輝きを掴む。
「ジャキーン!!」
右腕でRGP-7を掲げ、左手に87式グレネードランチャーを構える、赤いスカートの幼女が、不敵に嗤っていた。
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