南の山へ

 東雲しののめ神社に戻ってきた俺と利伽りか、ビャクとよもぎは、早速事の次第を良庵りょうあんさんと伊織いおりに報告した。

 報告っちゅーても、ただ山の主に挨拶しましたよ―っちゅーくらいや。

 収穫って言えるもんは、なんもない。


「良庵さん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……いいですか?」


 話も一段落したとこで、利伽がそう切り出した。

 良庵さんは目で続きを促してる。


「聞きたいんは、みそぎおばあちゃんの事やねんけど……」


 確かにそれは、俺も気になっとった。

 睦兎むつとは兎も角、熊禅ゆうぜんのばあちゃんに対する怒り……っちゅーか怨みは相当なもんや。

 今後ももしかしたらあいつらと話したり、場合によっちゃー共闘なんてのも考えられる。

 わだかまりっちゅーもんは、無くしといた方がえーに決まってるからな。


「ああ……禊さんがこの地に残した“武勇伝”を知りたいんやな?」


 そらもー、良庵さんの顔はニンマリとした笑いやった。

 それに対して俺と利伽は、複雑な表情を浮かべるしか出来へんかった。

 なんせ冒頭から「武勇伝」やからな―……。

 さぞかし暴れた事やろう。


「ここの霊穴は昔から小競り合いが頻繁でなぁ―……。私の祖父、曾祖父の代は、そらー化身どもが暴れまわっとったんや」


 昔を思い出すように、良庵さんは目を細めた話し出した。


「特にあの二匹の化身……熊禅と睦兎が居を構えてからは、争いは激しくなる一方でな―。東雲神社を含めた三つ巴の争いがずぅ―っと続いてたらしい」


 そこで良庵さんがお茶で喉を湿らせた。

 こっからが山場って感じや。


「ここは人里も離れてるから、直接的な被害っちゅーのは出にくい。だから竜洞会も、問題を先送りにしとったんや。終いには、曾祖父も祖父も消耗してな―……。いよいよヤバいって事になっとったんや」


 意図してかそうやないんか、二勢力に阻まれてそいつらから間断なく攻撃を受ければそうなるわな―。


「そこに颯爽と現れたんが、不知火禊さんやった! ……らしい」


 なんや紙芝居見てる子供の気持ちになってきたわ。

 不覚にも、なんかワクワクしてきてるし。


「禊さんは、勢力を拡大しつつあり好戦的でもあった熊禅と対峙して、これをコテンパンに打ち負かしたんや。その時にわざと残るような、大きな傷も付けたらしい」


 それが熊禅の胸に残ってた傷痕か。

 そらー熊禅にしてみれば、傷を見るだけでそん時のことが思い出されるやろな―……。


「そしてその時、禊さんの側に就いたんは、熊禅に圧されてた睦兎やったらしい。で……禊さん立ち会いの元、二人は和解して争いは治まったっちゅー事や」


 なるほど、睦兎はばあちゃんに助けられた形か。

 つまりは少なからず恩義があるっちゅー事やな。


「でもな―……」


 ただ、良庵さんの話はそこで終わり……っちゅー訳でもなさそうや。


「熊禅は当然、禊さんに恨みがある。もっとも恨みがあっても、逆らえる訳や無いけどな。で……睦兎には負い目がある。化身同士の争いやったのに、結果的っちゅーても人の力を借りたことになるからな―……。睦兎の判断は間違ってない。この地域を早く平定したいって考えは、禊さんと同じやったんやからな―……。けど、気持ちは理屈やないからな―……。禊さん……延いては人間に熊禅も睦兎も借りがあるんや」


 なるほどな―……。

 大体想像通りやったけど、実際に聞いたら府に落ちるっちゅーか。

 でもそれやったら、少なくとも睦兎には手を借りることが出来るかもしれんって事やな。


「それで……君達はこれからどうするん?」


 考え込んだ俺等に、良庵さんがタイミングを見計らって聞いてきた。

 けどこれからの事はもう決めてある。


「とりあえず南の山を見てきます。問題になってる場所とか、敵対してる化身を見てみんと何とも……」


 利伽はさっき話してた事を良庵さんに告げた。

 伊織の体にグッと力が込められた様に見えたけど、俺等は気づかんフリをした。


「そうか―……。こっちからお願いしといてなんやけど……気―つけてな」


 良庵さんが躊躇いがちにそうゆーた。


「はいっ!」


 利伽が元気に挨拶して、俺等も力強く頷いた。


 


 それから1時間後……。

 俺等は南の山に向かって山道を歩いとった。

 接続コネクトして山を越えたら早いんやけど、それやと近づく俺等が丸見えや。

 じゃあ山道を歩いたら安全か? っちゅーたらそんな事もない。

 けど、コネクトした姿を見せへんっちゅー意味もあるんや。

 最初から手の内を見せるんは、上策とは言えんからな―……。


 けど―……。


「さ……流石に山道は……き……きついな……」


 俺は早々に弱音……やない、愚痴を溢した。

 まぁ、どっちにしたって情けない台詞なんやけどな。


「な……なんやのん、タツ……? も……もうへばったんかいな……」


 息を切らせながら俺の言葉に反応する利伽の毒舌も、今一つ切れがない。


「へ……へばってへんわ! そっちも……息……切れ切れやんけ……」


 更に答えた俺の返しも切れが悪い。

 人間、疲れてる時とか息切れしてる時に会話するもんやないな―……。


「ちょ……ちょー休もっか?」


「……うん」


 俺等は素直になり、その場で休憩する事にした。

 足を止めた途端に俺は座り込んだ。

 腰を下ろすと、それまで誤魔化しとった疲れがドッと出てきた。

 たかだか1時間……っちゅーても、普段山登りせん俺等にはめっちゃきついんや。


「ちょーっとこの辺、散歩してくるニャ―」


 へばってる俺等を横目に、然して疲れたようすも見せへんビャクが、俺等の返事も待たんと茂みに消えたいった。

 よー見たら蓬も涼しい顔してるし、見かけによらんっちゅーか……化身ってのはすげーなー……。


「でもこの調子やと、今日中に南の山に生息してるっちゅー“死鳥しにがらす”のねぐらまで辿り着けそうにないな―……」


 俺は南の方を見ながらそう呟いた。

 はっきり言って移動速度は鈍亀やし、こんなに頻繁に休憩しとったらそらー無理やろ。


「……まぁ……ね。でもここに来たんは様子を伺うって意味もあるしな。本格的に向かうんは、明日でもえーんとちゃう?」


 利伽の意見ももっともやった。

 いきなり敵かもしれん奴らの懐に飛び込んだら、話し合いもクソもないやろう。

 大立回りしてして相手を屈服させるより他はないと思う。

 けど、相手の能力が未知数やのに、手放しでそんな都合のえー未来を想像出来へん。

 こっちが危なくなること考えたら、慎重に行ける範囲を増やしていくんが確実や。


「けどお前、俺等明後日には学校あんで? 無断欠席にはならんやろーけど……」


 ばあちゃん曰く、理由は考えといたるから解決するまで帰ってくんな……っちゅー事やけど、この調子やと帰るんがいつになるんか想像もつかへん。


 ……それに……。


 ばあちゃんが学校に連絡する俺の休む理由を考えたら、そう長々とこんなとこに居られへん。


「なんや、タツ。あんた、学校がそんなに好きやったなんて知らんかったわ」


 クスクスと笑いながら、利伽はそう答えた。

 いや、そんなに好きって訳や無いけどな―……。

 ばあちゃんの考えてる理由によっては、学校に行きにくくなるっちゅー事も考えられるけどな。

 

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