乙男の加湿器

白羽 くれる

加湿器の使い方

 昨日までは、ここはいつもと変わらない部屋だった。

 

 

 そう、昨日までは……

 それなのにあの時、暇だと言って加湿器の「自動おそうじ」のボタンを押してしまった。

 


 まさかそれだけで、こんな取り返しのつかない事態になってしまうとは思わなかった。

 


 ボクの部屋には、机といす、ベッド、そして加湿器位しか置かれていない。

 質素?そうなのか?

 いや、そんなことはどうでもいいんだ。それよりも、なぜ、机の上にある加湿器の給水タンクの中に、明日からボクが愛用する予定の消しゴムがある?

 なぜこんなことになったのだ。

 そう、うなだれてみても何も変わらない。



 とにかく、昨日の行動を思い出してみるとしよう。

 


 昨日、確か夜のことだ。

 乙男おとめの天敵の乾燥の魔手から逃れるため、ボクは妹の部屋からこの加湿器を盗ってきた。

 ボクは、水をきっちりメモリちょうどまで、入れたい系の乙男おとめである。

 だから、横から見ながら完璧に合わせた。

 しかし……! セットするために傾けた瞬間だった。あろうことか、例の消しゴムほどの体積の水がこぼれてしまったのだ。

 


 ボクは、箸より重いものを持てない系のか弱き乙男おとめである。そのため、減った分の水をわざわざまた入れに行く、なんて選択肢はすでにない。かといって、メモリにあわない状態でセットしてしまうのも主義に反する。

 そこでボクは、ちょうどいい体積であった消しゴムを入れたのだ。

 そして、いまに至るというわけだ。

 さて……ボクはどうするべきだろうか。時間がないのに、加湿器の「自動おそうじ」が終わるまで、ボクは何も干渉できないのだ。

 こんなに鬼気迫る状況は初めてだ。

 ああ、給水タンクに捕らわれし我の消しゴムよ。今から《とって》やるから、心して待っているんだ!



 

 パシャ……パシャ……




 軽いシャッター音が凍る空気を震わせた。ボクは「すまぁとふぉん」なんて高尚な逸品を持っていない。そのため、「ふぉとぐらふぁ~」である、父のコレクションのCAMERA《カメラ》を使用した。

 なぜか、ショーウインドウに飾ってあった。全くなんて非効率的なんだ……!

 とにかくこれで、とることはできた。そう、《撮る》ことは……。



コンコン……「いないのー?おーい!」……ドンドン!



突然だが、騒がしい乙女が来た。おそらく、妹の流美るみだろう。


ハッ!……


もしかして加湿器のことだろうか。だとしたらマズいが、まあ、いいかな。

「おはよう、流美。朝から騒がしいな、戦いにでも行くのか?だとしたら見送ってやらなくもないが……」

「そんなことは、どうでもいいの!それよりお姉ちゃん。私の机に置いてあった、消しゴム返せー!」

……聞き間違いだろうか。妙に嫌な予感がする。

たしか、ボクの消しゴムは淡い紫。流美のは薄い桃色である。


そういえば先程から、気になっていたことがあるのだ。給水タンクの中の消しゴムは妙に明るい色に見えるのだ。まるで薄い桃色のような……?

それに、淡い紫の小さな固まりが視界の端にうつるのが気になる。そういうわけで、ソレを拾い上げてみた。案の定それは、「流羽るう」というボクの名前がかかれた消しゴムであった。

いやあ、消しゴムが使える状態で見つかってよかったよかった。


ところで、背後に気配があるのにも関わらず流美が静かすぎないか……?


気になって後ろを見てみると流美は加湿器を見ていた。加湿器というよりもその中の消しゴムを見ているような気がする。


「今日は……そうだ、友達と約束があるから……ごめんっ!」


まあ、逃げるしかないだろう。

それが、最良の選択だったのかボクには分からない。

でも、ボクはこの選択で良かったと思っている。

流美を論破する口実を考えて、実行に移した自分の勇姿をたたえたい。

消しゴム代200円と、慰謝料と称された500円の合計700円が消えてしまったのが、今日一番の悔いであった。


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乙男の加湿器 白羽 くれる @shiraba_kureru

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