第5話『幼なじみとの夜-前編-』
あれから、午後6時くらいまで、僕は咲希のアルバムを見せてもらった。アルバムに挟んである写真だけあって、彼女の笑顔で溢れていた。どの年齢の咲希もとても可愛らしくて。後日、明日香や芽依にも見せるつもりだという。
ちなみに、アルバムを見ている間に咲希が口づけをしてくることはなかった。
家に帰ると、部活が終わったのか芽依が既にいた。咲希の家にお邪魔していたことを話すと芽依は羨ましそうにしていて。いくつになっても可愛い妹だなぁ。芽依が変な人に絡まれていなければいいけれど。
夕ご飯を食べた後は、月曜に提出する課題をやってから受験勉強。日本文学や日本史が好きなので、文学部の国文学科や史学科を今のところは志望している。学費のことなども考慮し国公立大学を第一志望にしようと思っている。
「お兄ちゃん、宿題で分からないところがあるんだけど、今いいかな?」
気付けば、僕のすぐ側に困った表情の芽依がいた。芽依は教科書やノート、宿題と思われるプリントを持っている。
「いいよ。何の教科の課題なの?」
「数Ⅰ。月曜日に提出しなきゃいけないんだけど、最後の問題がどうしても分からなくて……」
5教科と家庭科なら基本的に教えることはできる。数学は好きだし、芽依も本当に困っているようだから手助けすることにしよう。
「そうなんだね。じゃあ、そこのテーブルでやろうか」
「うん。お願いします、お兄ちゃん」
僕は芽依の課題の手伝うことに。
数学って長い時間考えても全然分からないときがある。それで、誰かに質問するとすぐに分かることもあって。以前、僕も1時間くらいずっと考えてお手上げ状態になったとき、羽村に訊いたら5分もかからずに解けたということがあった。
さて、芽依の数学の課題は……ああ、方程式や不等式の問題か。方程式はともかく、不等式は難しいか。
「芽依。この問題は……」
僕は途中式を書きながら丁寧に説明していく。そんな中、同じような問題を明日香にも教えたことを思い出す。一生懸命に取り組む様子が似ている。
「そうすると、この答えが出てくるんだ」
「ああ、なるほどね! 分かったよ、ありがとう! これで数学の課題終わったし、土日はゆっくりできるよ」
「そうなんだ。頑張ったね、芽依」
宿題を終わらせた芽依の頭を優しく撫でる。金曜日のうちに終わらせるとは偉い妹だ。
「お邪魔しまーす。あっ、めーちゃんと一緒なんだね」
「明日香ちゃん! こんばんは」
「こんばんは、めーちゃん」
気付けば、扉のところに私服姿の明日香が立っていた。ノースリーブのパーカー姿が可愛らしい。そんな彼女は大きめのバッグを持っている。
「つーちゃんと一緒に課題と受験勉強をしたくて来ちゃった。あと、今日はここに泊まりに」
「やっぱり。お泊まりバッグを持っているもんね」
明日香が今持っているバッグは通称『お泊まりバッグ』。明日香が僕の家に泊まりに来るときは、そのバッグに衣服や寝間着、勉強道具などを入れる。何度か壊れたりしたので、今のバッグは確か3代目だったかな。
明日香の家は僕の家から100mくらいしかないこともあり、時折、明日香は僕の家に泊まりに来ている。今日みたいに事前に話すことなく突然やってくることも。小学生の頃はよく行き来していて、夏休みになると、必ずと言っていいほど芽依と3人でどっちかの家で寝泊まりをした。
「めーちゃんはここでお勉強?」
「数学の課題で分からないところがあったから、お兄ちゃんに質問してたの。ついさっき終わったんだ」
「そうだったんだね、お疲れ様。私、数学は得意な分野と苦手な分野があるから教えることができるかどうか不安だな。つーちゃんに教えてもらって正解だよ。分かりやすいし」
「教え方上手だもんね、お兄ちゃんは。あっという間に解けたよ。そういえば、私……放課後に明日香ちゃん達のクラスの教室に行って、咲希ちゃんと会ったよ。綺麗になったよね」
「そうだね。背も高くて、美人で、スタイルも良くて、何よりも明るく元気で……羨ましいな」
明日香は穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。まあ、そんな咲希も明日香の胸について羨ましがっていたけど。
「咲希ちゃんが帰ってきてまた楽しくなりそうだね。じゃあ、私は部屋に戻るね」
「うん。めーちゃんさえ良ければ、あとで一緒にお風呂に入ろっか」
「そうだね! じゃあ、勉強が一段落したら呼びに来てね」
「分かった、またね」
「うん」
芽依は数学の教科書やノート、課題を持って僕の部屋を後にした。
芽依と明日香は姉妹のように仲がいい。特に明日香は1年前にお兄さんが大学進学で東京に一人暮らしするようになってから、芽依のことをより一層可愛がるようになった。小学生のときは僕と寝るのがほとんどだったけど、中学生になってからは芽依の部屋で一緒に寝ることが多くなった。
「つーちゃん、英語の課題終わった?」
「終わったよ」
「じゃあ、分からないところがあったらつーちゃんに訊けるね」
「ははっ、そっか。僕も勉強しているから、いつでも訊いてよ」
といっても、明日香は英語が得意だけれど。それでも、誰かに訊くことができるのは安心できるか。
「うん、ありがとう。それで、質問できるように……テーブルで一緒に勉強してくれると嬉しいな」
「いいよ」
僕は明日香と一緒に勉強をすることに。
そういえば、10年前に咲希がいた頃は3人で一緒に宿題をやっていたな。咲希は僕や明日香に積極的に質問するタイプだったけれど、明日香は黙々と頑張っていくタイプだった。だから、分からない問題にぶつかって困り果てているなんてこともあったな。
「ねえ、つーちゃん」
「うん?」
「……今日、さっちゃんの家に行ってアルバムを見せてもらったんだよね」
「そうだよ。この10年間の写真をね。明日香にも見せたいって言ってた。咲希からメッセージでももらったの?」
「そうだよ。週末の間に私にも見せてくれるって」
いいなぁ、と明日香はどこか寂しげ笑みを浮かべながら言葉を漏らした。僕と一緒に咲希の家に行ってアルバムを見たかったのかな。それとも――。
「つーちゃん」
「うん? 課題で分からないところでもあるの?」
「いや、そうじゃないよ。ただ、その……」
すると、明日香は頬を赤くして恥ずかしそうな様子で、
「……つーちゃんさえ良ければ、一緒にお風呂に入る? しばらく入っていないから……ひさしぶりにめーちゃんと3人で。髪とか体……洗ってあげるけど」
そんなことを言ってきたのだ。まさか、一緒にお風呂に入るかどうか訊かれるとは思わなかったよ。確かに、昔は明日香と2人きりや芽依と3人で一緒にお風呂に入っていたけれど、
「さすがにもう高校生だからなぁ。芽依は喜びそうだけれ。今夜は芽依と2人でゆっくりと入ってきてよ」
いくら幼なじみとはいえ、大人と遜色ない女性になっている。いきなり一緒に入ったら、理性を保てるかどうか自信ない。
「そうだよね。ごめんね、いきなり変なことを訊いちゃって。さすがにお風呂は無理だよね。じゃあ、ひさしぶりに一緒に寝てもいい?」
「うん。それならいいよ」
僕のベッドは広めだし、今の明日香と2人で寝ても大丈夫だろう。物理的にも精神的にも。
「ありがとう、つーちゃん。あと少しで課題が終わるから、それが終わったらめーちゃんと一緒にお風呂に入ろうかな」
「うん。ゆっくりと入っておいで」
それからすぐに明日香は英語の課題が終わり、芽依と一緒にお風呂に入っていった。その間にこっそりと明日香の課題のプリントを見てみたけど……うん、ちゃんと最後までやっているな。答えも多分、僕と同じ。
「もうちょっとだけやろうかな」
明日香と芽依がお風呂に出てくるまで、僕は勉強をするのであった。
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