第8話『ご注文は写真と笑顔ですか?』
「つーちゃん。さっちゃんと一緒に来たよ」
お店の入り口にはワンピース姿の明日香と、パンツルックの咲希がいた。2人とも笑顔で僕に手を振っている。
「明日香、咲希。いらっしゃいませ」
「うん、こんにちは。お昼ご飯を食べに来たよ、つーちゃん」
「……その制服姿かっこいいね、翼」
朗らかに笑う明日香に、うっとりした表情で見つめてくる咲希。
「つーちゃん、制服がとても似合っていてかっこいいよね」
「うん!」
明日香と咲希は笑い合っている。2人がこうして仲良くしている姿を、桜海の街でまた見られるなんて。懐かしい気持ちと同時に嬉しい気持ちも湧いてくる。
「おや、明日香君じゃないか」
「こんにちは、マスター。お昼ご飯を食べ来ました」
「そうかい。嬉しいねぇ」
明日香とマスターが仲良く話すのは、以前からここに何度も来店したことがあるだけではなく、去年や一昨年の夏休みに短期間でアルバイトをした経験があるからだ。
ちなみに、マスターはスタッフや常連客、個人的に親しくしている人に対して、男女問わず基本的に下の名前に君付けで呼んでいる。
「明日香君。隣にいるお嬢さんは……君のお友達かな?」
「ええ。有村咲希ちゃんです。つい先日、10年ぶりに桜海に帰ってきて……今月初めに桜海高校に転入してきたんです」
「そうなのかい。ちょうどそのくらいの時期に、家族連れで来たお客様の中に、有村さんのような少女がいた記憶があるよ。おかえりなさい、有村さん。……そういえば、自己紹介がまだでしたね。私、この喫茶店『シー・ブロッサム』の店長をしております
そう言ってマスターは咲希に軽く頭を下げる。落ち着いていて紳士的だな。
そういえば、マスターの本名を聞いたのはひさしぶりだな……と思ったけど、半月くらい前に鈴音さんがバイトを始めたときに自己紹介していたっけ。ただ、今年はそのときくらいしか聞いていないな。お客様もスタッフもみんなマスターって呼んでいるから。
「有村咲希です。翼と明日香の友人です。翼がこちらでアルバイトをしていると聞いたので、彼が働いているこの時間にお昼ご飯を食べに来ました」
「そうでしたか。翼君はよく働いてくれていますよ。では、翼君。彼女達を席までご案内してください」
「分かりました。では、お席までご案内いたします」
僕は明日香と咲希を席まで案内することに。知り合いを案内するのって意外と緊張するな。
「こちらにどうぞ」
「ありがとう、つーちゃん」
「ありがとう。サマになってるなぁ……」
席へ案内しただけなんだけどね。それだけ、僕の振る舞いがちゃんとできているとポジティブに捉えておこう。
「お水になります。メニューが決まりましたらお呼びください」
「はい!」
「……失礼いたします」
僕はカウンターに戻る。
2人の方をチラッと見てみると、咲希と目が合う。それが恥ずかしかったのか、咲希はメニューで顔を隠した。可愛らしいな。
「翼君、あの子達って学校でのお友達なの?」
「ええ。小さい頃からの知り合いで高校のクラスメイトです」
そういえば、咲希はもちろんのこと、明日香も鈴音さんがバイトを始めてからはこの喫茶店には一度も来ていなかったな。
「へえ、そうなんだね。マスターも知り合いみたいな感じがしたけれど」
「黒髪の子の方が以前、夏休みとかにここで短期のアルバイトをしたことがあるんですよ。朝霧明日香っていいます。明日香とは小学1年生のときから12年連続で同じクラスです。それで、茶髪のポニーテールの子は有村咲希といって、つい先日、10年ぶりに桜海に帰ってきたんです」
「なるほどね。2人とも可愛らしい女の子だね。朝霧さんは優しくてふんわりした感じが伝わってくるし、有村さんは凄く綺麗で男女問わずモテそう」
「さすがは鈴音さん。咲希は以前、女子校に通っていて、そのときに何度か女の子から告白されたらしいですよ」
「やっぱり。でも……翼君もモテそうだよね、女の子に。背も高いし、優しいし、綺麗な顔をしているし」
鈴音さんははにかみながらそう言う。
「どうなんでしょうね。何度か告白されたことはありますが、恋人は一度もいたことはありませんよ」
ただ、2回告白したのは咲希だけだけど。多分、彼女が一番僕に強い好意を持っているんじゃないだろうか。あと1人ほどいるかもしれないけど。
「……そっか、意外だな。出会って間もない頃から今みたいに優しく接してくれているから、てっきり彼女がいるんだと思ってた」
「どんな理論ですか。彼女達もそうですし、2つ年下の妹がいることもあってか、女性と話すことにあまり緊張しないですね」
「妹さんがいるんだね。それなら納得かな」
うんうん、と鈴音さんは満足げに頷いている。彼女の考えも分からなくはないけど、姉妹や彼女がいなくても、初対面の女性と落ち着いて話すことのできる男性はいると思う。逆に、姉妹や彼女がいても女性と話すことに緊張する人だって。
「すみませーん。注文いいですか?」
大きめの明日香の声が聞こえたので、
「はい、すぐに伺います」
僕は明日香と咲希のいる席に向かう。2人はどんなメニューを頼むのか楽しみである。
「お待たせしました。何になさいますか?」
「私から言うね。ええと、オムライスのアイスティーセットをお願いします」
「オムライスのアイスティーセットですね。咲希は?」
「えっと……ナポリタンのアイスコーヒーセットをお願いします」
「ナポリタンのアイスコーヒーセットですね。かしこまりました」
オムライスにナポリタン。マスター曰く、開店当初からある定番の人気メニューだ。僕もマスターからすぐに教えられたな。2人ともお目が高い。
「あと、これはあたしのわがままなんだけどさ、翼。その……スマイルくれますか? それと、素敵な制服を着る翼の写真を撮りたいんだけれど、いいかな?」
スマイルと、ここの制服姿の写真撮影かぁ。
そういえば、以前に学校の友達が、東京にはスマイルくださいって言うと店員さんが微笑んでくれる飲食店があると言っていたな。それって本当なのかも。
他にお客様がいる状況だけれど……カウンターの方に振り返ると、マスターは穏やかに笑いながら頷いた。
「では、今回限りですよ。ちなみに、スマイルと写真は特別価格の0円でございます」
「ありがとう、翼!」
「いえいえ。明日香もよければ」
「……うん!」
咲希だけではなく明日香も嬉しそうだ。ただ、明日香は以前に僕のこの制服姿を撮ったことがあるはずだけれど……きっと、気に入ってくれているんだろう。
咲希と明日香にスマートフォンで写真を撮られる。そのときの咲希は今までの中で一番嬉しそうに見えた。
「ありがとう、つーちゃん」
「ありがとう、翼。家宝にする!」
「……そんなにたいそうなものじゃないでしょ」
「いいの! あたしにとってとても素敵で大切なものなんだから。ちなみに、カウンターにいるあの茶髪の女の子は? 可愛くて胸が明日香より大きいけれど……」
さっき、鈴音さんと喋っている姿を見たから気になったのかな。あと、どうやら、咲希にとって胸というのはかなり重要な要素のようだ。
「バイトの宮代鈴音さん。先月からバイトを始めて、僕が仕事の指導しているんだ。桜海大学の1年生で、確か文学部の国文学科だったかな」
「そうなんだ。じゃあ、あたしの先輩になるかもしれないね。桜海大学の受験しようと思っているから。あたしは言語学だけど」
「へえ、そうなんだね」
咲希は桜海大学に受験しようと思っているのか。今の彼女を見る限り、大学で言語学を本気で学ぼうとしているようだ。そんな彼女が大人に見えた。
「では、ナポリタンとオムライスを作ってきますので、少々お待ちください」
2人のために心を込めてナポリタンとオムライスを作ろう。この2年で培ったシー・ブロッサムとしての腕前を発揮しようじゃないか。
「翼君、いつも以上に気合いが入っているね」
「ええ。いつも以上に美味しい料理を食べさせたいお客様ですから」
「……そっか。いいなぁ」
はあっ、と鈴音さんのため息が聞こえる。何か機会があったら鈴音さんにも料理を作ろうかな。
ナポリタンとオムライスを作り、セットで頼まれたアイスティーとアイスコーヒーを持って明日香と咲希のところに行く。
「お待たせいたしました。オムライスのアイスティーセットと、ナポリタンのアイスコーヒーセットになります」
「ありがとう、つーちゃん」
「ありがとう。美味しそう。これ、翼が作ったの?」
「はい、心を込めて作りました。お口に合えば何よりです。では、ごゆっくり」
軽く頭を下げて、僕はカウンターへと戻る。
「ん~! ナポリタン美味しい!」
「オムライスも美味しいよ、さっちゃん」
明日香も咲希も僕の作った料理を美味しそうに食べてくれるなんて。2人で一口交換もしていて。もしかしたら、バイトを始めてから今が一番幸せな瞬間かもしれない。
それからは咲希と明日香に見守られながら、バイトに勤しむのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます