逃走中

 ハッと気が付く。

 違う。

 きっと私が寝ていたのは二階だったんだ。女はあの時わざと私に聞こえる声で『四階』だと言った。でも何故? 私が窓から下りたのではなく、あの部屋にいると分かっていたのなら何故探さなかったのか。

 覚束おぼつか無い脳でおもんぱかっていると、唐突に『みぃつけた』と先程の場面がフラッシュバックした。

「…………もしかして、遊ばれてる?」

 口にしてみると、しっくりするものがあった。ここで目覚めてから、私を殺す機会ならいくらでもあったはずだ。それに、私は何回『死』を予感させられた? 鮮明にヴィジョンが視えたのは一回。だが、この短時間で数回、似た感覚に身体が支配されていた。

 身体が小刻みに震える。

 これは恐怖? 否──怒りだ。

 ここまで虚仮(こけ)にされたのは初めてだ。腹の虫は沼田中のたうち回って収拾がつかない。ふつふつと顔に熱が灯り始めたその時、私の中の理性がプツリと音を立てて切れた。

「ぶっ殺してやる!!!」

 来るなら来いと言わんばかりに、声を荒らげて叫ぶ。

 そうと決まれば武器だ。私を攫ったのなら、足がつかないように近くに落ちていた所持品も一緒に回収してるだろう。それをここに来る途中で捨てていれば別問題だが、この施設の何処かにそれがあるのなら、サバイバルナイフが手に入る。

 女は『事務室まで道具を取りに行く』とぼやいていた。これが罠である可能性は十二分にある。が、情報が乏しい今、反撃に出るならこれしかないだろう。闇雲に部屋を見て回るよりはいい筈だ。

 一か八か──私は目の前の階段を、二段ずつ飛ばしながら上った。二階分を上りきったところで、右前方に出口と思しき扉が見えた。月明かりが射し込むその場所が、天が印す救いの地のように思えて無意識のうちに導かれる。

 駄目だ。ここが何処かも分からない今、索敵する時間が欲しい。ここに来てからと言うもの車やバイクの音が一切していない。考えられる事は時間的に真夜中だからか、或いはここが森の中だからか……先程一瞬だけ窓から覗いた景色は、真っ暗であまりハッキリとは視認出来なかったが、恐らく後者だと言える。木々が生い茂る森の中。だとすると、出来るだけ上へと上って街灯りがある方角を確認しておいた方がいいだろう。

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桜木恵子の殺人美学 三隈 令 @mi_mi_mi

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