鬼ごっこ

 ぞくぞくと背筋が蠢く。耳元で囁かれた声は恐怖に変わり、全身の身の毛が弥立つ。

 首筋に冷たい線が触れる。

 これは……ナイフの刃?


 死


「──ッ!」

 なんで? 足音はまだ向こうから聞こえてるのに!

 ハッとして女が言っていた事を思い出す。『もう、先生どこにいったのかしら』と、女はそう言っていた。もしかして二人いるのか、いや、それ以上いる可能性もある。

 私は慌てて前に飛び出した。そのまま一切振り返る事なく階段を駆け下りると、無我夢中で廊下を走った。

 恐怖と焦りから息が詰まる。脚が縺れて上手く前に進めない。

「はぁー、はぁー、はぁー、はぁー」

 出口は? どこ? 出口はどこ!!!

 どこをどう走っているのか分からず、ミキサーで脳をぐちゃぐちゃに掻き混ぜたように混乱が生じる。

 息が途切れ、頭痛と吐き気が容赦無く襲いかかる。前へと進む度に耳鳴りが鳴ったり止んだりするのが腹立たしく感じた。

「きゃっ!」

 何かに躓き、正面から盛大に転げた。露出した肌と地面が衝突し、鈍い衝撃が全身に響く。鈍痛と目眩から朦朧とする意識の中、両手を着いてなんとか上体を起こした。その勢いで立とうと踏み出した足が、ぐにゃりと滑って再び地面に這いつくばる。

 点滅する蛍光灯の下、薄暗い廊下の床に落ちていたのは、人の脚だった。いや、よく見ると腕や胴体がバラバラになって転がっている。部位の一つ一つを起点として黒い池が点々と円を描いて広がっていた。

「わぁ、すご。これまだ新しいっぽい」

 

 ヵッン ヵツン カツン


 斃れている死体に関心してる場合ではなかった。

 私は血で滑る脚をなんとか立たせると、前進を始めた。女の足音は依然として止まない。

 なんで、なんで私の位置が分かるの? 向こうは走っている感じでは無いのに、迷う事なくこちらに向ってきているといった足取りだ。黒い半球型の防犯カメラはいくつかあるが、警備用のモニタールームから私の位置まで往復する余裕など無いだろう。

 廊下の角を曲がると、目の前には上りの階段が見えた。

「え?」

 思わず漏れ出す疑問符。斜め上、上り階段の踊場に視線をやると、〈↑B1 ↓B2〉と表示されていたからだ。

「ど、ういう、こ、と?」

 クエスチョンマークが頭の中で数を増やし膨張する。いつの間に二階分も多く階段を下りたのだろうか。確かに三階分を下りたはずなのに。

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