隠れんぼ、鬼ごっこ

 カチャリと解錠する音が聞こえた直後、私は窓に向かってパイプ椅子を思い切り投げた。ガシャン! と大きな音が部屋中に反響した刹那、ガラッと扉が開いた。

「…………」

 カツン、カツンと靴音を鳴らしながら、ゆったりとした足取りで女は窓に近寄った。

「……ここ、四階なんだよねー。身体能力がずば抜けてるのか、それとも──」

 女は踵を返すと、勢いよくベッドの下を覗き込んだ。

「ばあ!」

 ビクリと私の肩が飛び跳ねる。

「んー……いないなぁ、窓のとこに血ぃ付いてるから、やっぱりこっから飛び降りたのかな。これは隠れんぼ? はたまた鬼ごっこ? どちらにせよ、鬼の役は得意なんだよねぇ」

 ブツブツと呟きながら女は再び歩み出した。

 私はその間、息を殺して窓付近に位置する机の裏に身を隠していた。

 息をするな。何も考えるな。私は窓から飛び降りて、今、この部屋にはいない。いない。いない。いない……早く、早くどこかへ行ってしまえ。早く 早く 早く 早く 早く!

 ゆったりとした靴音は次第に遠のくと、女は部屋から姿を消した。

 私の肺の酸素は欠乏し、今にも窒息しそうになっていた。

「ぶはぁ! はぁ、はぁ」

 一気に吐き出した二酸化炭素は地を這いながら、やがて空気中に溶けて無くなった。危機を脱したとは言えないが、安堵の溜息が口から再三漏れ出す。

 窓硝子を割った時、咄嗟に割れた縁で自分の指を切ったのが正解だった。私の思惑通りこの窓から飛び降りたと勘違いしてくれたようだ。

 肉のなか程まで切れた人差し指と中指からは白い骨が露出して見えていた。軽く血を付けたかっただけなのに、深くまで抉れてしまっている。

 あの女は確実に害だ。私はそう確定付けると忍び足で部屋を出た。

 廊下は静寂に包まれていて、薄暗い。蛍光灯がいくつか点滅し、不気味さを引き立てている。極力音を立てないように歩み始めると、角を曲がってすぐの場所に階段が見えた。

 私は後ろを確認しながらゆっくりと下へと進んで行った。廊下と違い、蛍光灯がない階段は視界が不良で、何度か足を滑らせそうになった。

 さっき、女は四階だと独りちていた。あと一階分下りれば出口が有るはず。しかし、またもあの音が耳に掠める。


 カツン カツン カツン カツン


 やばい。あいつだ。あともう少しなのに……仕方ない、ここは一旦身を引こう。

「みぃつけた」

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