拉致、そして──


 目が覚めると、無機質な白い天井が私を迎えた。

「あ、先生。目を覚ましましたよ……大丈夫ですか? 痛い所はありますか?」

 全身に均等に重力を感じていた私は、怠い身体を左手で支えながら上体を起こすと、周囲を見渡した。

「……ここ、どこ?」

「ここは病院です。あなたは歩道の真ん中で倒れてたんです。同級生の方が救急車を呼んでくれたみたいですよ?」

 ナース服を着た看護師が、私の顔を覗き込むようにして言った。

「あ、えと……痛っ」

 今一つ状況が掴めずに、今日の出来事を振り返ろうと思考を巡らせた。しかし、額に電流のような痛みが走り、記憶の回路が即座に遮断される。

「やっぱりまだ痛みますよね。またすぐ戻ってきますから、少しだけ待ってて下さいね……もう、先生どこに行ったのかしら」

 看護師の女はそう言い残して部屋を出て行った。

 

 カチャリ


 え、鍵?

 女をベッドの上で見送った私は、不審に思いながらもゆっくりと上体を倒した。膨らんだ枕に頭が沈む。

 まぁ、どうでもいいか……何だかさっきまで楽しい夢を見ていた気がする。夢の中で、私の欲望が開放されて、自由を手に入れた感じがした。もう一度眠れば同じ夢を見れるだろうか。

 微睡み、瞼を静かに閉じようとしたその時。胸騒ぎがして閉じかけた瞼を開けた。

 何か、何かがおかしい。

 重たい頭をもたげながらベットから這い出ると、胸の中でざわざわとうごめく違和感が膨張していく感覚に襲われた。

 ここは、どこだ。病院じゃない。それっぽく似せてるけど、違う。そう言えば、さっきの看護師もどこかで見た事がある。どこだ、いつ会った? そもそもなんの目的で私を連れ去ったんだ──

 先程とは打って変わって素早く働く思考回路。自分に危険が迫っている事を本能的に理解した私は、周囲を警戒しながら、女が出て行った方とは逆に位置する窓へ歩み寄った。

 あの女が戻って来る前にここを出なければ……。

 緊張から少しずつ早まる心音。どくどくと血液が全身を駆け巡り、覚醒する脳。

 窓の外は闇に覆われており、今が何時なのかの検討が全くつかない。

 どこ? 窓を開閉するストッパーがどこにも無い。

 一面ガラス張りの窓に舌打ちしながら、周囲を見渡す。

 畜生。あそこしか出口がないんじゃん。

 私は先程女が出て行った扉に手を掛け、開けようと試みたが、やはり鍵が掛かっているようで、全く動かない。その時、扉の向こう側から、カツンと靴音が聞こえてきた。

 ! もう戻ってきた……どうする? ベッドに戻って寝た振りをする? それともどこかへ隠れる? それとも──

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